Endangered species

尺八の話ではありません.

15年ほど前のことです.定年間近のある男性と一緒に仕事をしていました.明るくて親切で,人が良く,働き者でした.ただひとつ問題があって,それは彼の話す言葉が理解できないことです.4年半の間毎日一緒に仕事をしましたが,結局,最後になっても彼の話す言葉は半分も理解できませんでした.私が困っているといつも中に入って通訳をしてくる若者がいました.彼は両方の言葉を完全に操るバイリンガルでした.

これは外国の話ではありません.人口50万人(当時)の都市,鹿児島市での経験です.鹿児島弁(「かごんまべん」,しかし私は「鹿児島語」と言いたい!)は,辞書・教科書が無い分,私にとっては英語より厄介でした.

UNESCOが世界の消滅の危機にある2500言語を報告しました.
この中に,日本の8言語が含まれています.

かつてあるベトナム人と話をした際,ベトナムでは主要民族(=majority.importantの意ではない)で人口の80%以上を占めるKin族(たぶん「京」族)以外に80以上の少数民族がいて,それぞれの言語を使用しているということに対して,私は,日本は在来民族としては少なくとも3民族があり,その内の主要民族は「Yamato」で(←これは話を簡単にするための用語です),在来の言語は少なくとも3言語があり,共通語は「Japanese」だと答えました.私としては少々控えめに言ったつもりです.そのベトナム人の反応は「たったの3か?」でした.

日本について「単一民族」という神話もかってはありましたが,自身を客観的に見ることも面白いことです.

つい最近,「The Komuso Shakuhachi player is one of the endangered  species.」と言ったばかりなので,上記の記事が特に気になりました.

さて,最近,また顎の調子が少々良くないと感じていたら,どうも尺八の吹きすぎのようです.1日15分,休日1時間~2時間ですからたいした演奏でもないのですけどね.せっかく長管も思うような音が出てきたし,頭の中にも「うた」が流れるようになって,「絶不調」から抜け出していたのに・・・またしばらく練習は減速します.

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ある古刹にて

先日,ある田舎町を歩いていて予期せず古刹を訪問しました.もちろん大寺院ではありませんが町の大きさには不釣合いな大きなお寺でした.山門を入り木立に囲まれた参道を行くと,3,4の寺院が並んでいました.さらに進むと数段の石段を2回上がることになり,両側の杉の巨木を過ぎるとその先には深い木立に囲まれた静かな境内があり,木漏れ日の石畳の奥に建立後450年以上たつと言われている茅葺の本堂がありました.本堂の前では風にゆれる木々の音だけが聞こえてきました.ここは...この本堂の前は...尺八本曲を演奏するのにうってつけです.

なんのことはない,このお寺は私の郷里のお寺です.正月に帰省した折,連れて行った愛犬の散歩をしながら,かつてワルガキ友達と忍び込んで遊んだお寺に約40年ぶりに行ってみたというだけのことです.月日が経ちものの見方が変わると,こうも印象が変わるものかと驚いた次第です.

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一年を振り返って(その1)

今年の初めに新しくやりたいと思ったことが一つありました.本曲用の記譜法を5線譜風に工夫したら,簡単な記譜にならないかということです.ただこれはすぐ中断してしまいました.切羽つまったところに追い込まれないと作業はすすみません.

その代り,新しい曲には手を出さないというそれまでの気持ちが変わってしまって,「蓮芳軒・喜染軒鶴之巣籠」と「大和楽」(共に神如道譜)に挑戦しました.前者は面白いのですが,すぐに挫折.後者はすぐに身につきましたが曲想がつかめずしばらく保留とし,その後,長管に手を出してからやっと曲のイメージがつかめてレパートリーの一つになりました.

3月末に町田市でふらりと入った古本屋さんで尺八関連本を見つけ2冊を購入.これがきっかけになってインターネット上に多くの古本屋さんが本の情報を出していることを発見.今日までに明治~大正期の4冊を購入しました.買うのは簡単,読むのは大変.それでも今も毎週,在庫・出品状況の検索をしています.

5月にパソコンを更新し,Windows98+ダイアルアップ接続から一気にVista+光回線にジャンプアップしました.ホームページ・blogの更新が楽になりました.よくここまでダイアルアップで我慢してきたものです.

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米国の尺八(1986年)

昔々の写真を整理していたところ,こんな写真を見つけました.

22年前,1986年,米国ウィスコンシン州(中央北部)のArt & Craft Fairで尺八を売っていました.写真の左側のサングラスの青年の作品のようです.Japanese Fluteということで,上に展示されている横置きの笛が横笛,下の縦置きが尺八でした.Shakuhachi; Japanese Meditation Fluteとの表示でした.横笛も尺八も多数のサイズが並べてあります.尺八には$25の値札が見えます.値段相応な造作と思います.今だったら手にしてみるのですが,当時は尺八中断中だったので,写真を撮っただけでした.
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善養寺氏演奏会

善養寺氏演奏会に出かけました.

○「調子」 & 「秋風の曲」

調子は演奏曲として演奏する場合,尺八の音色,一音一音の完成度が完璧に求められる曲です.個人の個性としての音色か,使用楽器のためか,当然その両方でしょうが,強く,柔らかく,流れるような,聴きほれる音色でした.「調子」は一つの盛り上がりを示しながら,「秋風の曲」の序曲として静かに消えていきました.

寂寞とした「調子」に続いて静かでしかし色彩豊かな「秋風の曲」の序曲が始まりました.初めて聴いた「秋風の曲」は深い悲しみを美しく歌いあげた曲です.この曲は不思議な曲で,古典的なフレーズを使い,伝統的で堅固な構成をもちながら,曲の流れを乱すように異質で現代的な響きの短い手が曲の中に挟み込まれて聞こえてきました.お二人の演奏全体も現代的で新鮮な印象がありましたが,これは私が筝曲を聞きなれていないせいかもしれません.

「秋風の曲」の序曲に「調子」を置くことで,「秋風の曲」の皮相を透かす光がさして,そうでなければ私には見えなかった曲の奥が垣間見られたように感じました.

それにしても,筝曲を二尺四寸管で演奏するとは・・・

○「残月」

ほぼ30年ぶりに腰を落ち着けて聴いた地唄です.ですから何とも言えません.善養寺氏の演奏会ということで,尺八が全面に出た演奏でした.私としては尺八の演奏を楽しめる合奏でした.尺八が客演だった場合の善養寺氏の演奏はどのようになるのか,また主演客演の関係の無い演奏だったらどうなるのでしょうか.

○布袋軒所伝「鈴慕」

「残月」の演奏のあとの尺八本曲ということで,なんとなく会場にも,ステージ上にも,地唄の余韻が残っているようでした.地唄の難曲の演奏の余韻を完全に消し去るには15分の休憩では不足だったように感じました.ただ,善養寺氏には「ところがいつのまにか・・・・古典本曲にも三曲にも・・・・二つの尺八は融和することが出来るのではないかという夢を見るようになったのでした」との意図があったとのことでした.私の印象では,その意図は「秋風の曲」と「残月」で実現しましたが,古典本曲ではまだ道半ばであったのではないかと思います.私の耳が未熟だったのかもしれません.また,このような機会を経験させていただきたく思っています.

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久し振りの尺八

先週末,ほぼ1か月ぶりで尺八に息を入れました.また顎に異常がくるのではと恐る恐るでしたが,それほどひどいことにはなりませんでした.訪ねてきてくれた知人と話をしながら,吹き合わせをしながら約2時間.なんとか顎はもちましたし,それほど恥ずかしい演奏にもなりませんでした.

久しぶりに実際の音を出してみると,深い息をするのも気持ちがいいし,振動する空気柱を包み込んだ尺八を両手で持っているのも気持ち良く,頭の中だけの演奏とは全く異なった気持ちよさがあります.これだから止められない.

まだ十全の回復ではありませんが,そろそろ復活したいものです.

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雅楽

雅楽の演奏会に行ってきました.演奏者は東京芸大の学生さんです.最近はこの種の演奏会は最前列で聞くことにしています.今夜は屋外で満月(?)を見ながらの演奏会.ちょっとした息使いまでわかるような最前列は良い席でした.演奏を離れて解説をすれば若々しい学生さんでした.

しかし・・・どうして我が国はこのように扱いにくい楽器を良しとして残したのでしょうか.笙は美し音色であるものの半端でなく扱いにくそう.篳篥は楽器と思えないほど音が出しにくそう.龍笛は音がかすれているし,音程が合っているのかいないのか・・・

いつ始まって,どのように曲が動いているのか判別がつきません.よく暗譜しているものだと感心しました.もっとも,以前のテレビで口伝と言っていたような記憶がありますので,それなら暗譜という考え方すら無いのかもしれません.もっとも,私も根笹派「流し鈴慕」を演奏した時にどうやって覚えているのと不思議に思われましたので,それぞれの世界ではそれぞれのやり方があるのでしょう.

そういえば,今日,久しぶりに根笹派の曲を練習していたところ,「虚空」を吹いているうちにいつの間にか「門附け」になってしまった....

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演奏会

善養寺氏の演奏会の案内です.

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Clarimonia演奏会

先週のことですが,Clarimoniaという3人のドイツ人のクラリネットアンサンブルのコンサートに行ってきました.現代のクラリネット以前に18世紀初頭から作られたクラリネット古楽器の復元楽器やそれと同時代のバセットホルン(クラリネット族)を使ったアンサンブルです.すべて柘植の木で作られていて,特に最も初期のものはメカニカルのキーもなく指孔だけで,大きさといい尺八が出てきたかと驚きました.古クラリネットは音程の調整や音出しそのものもやや難しそうでしたが,そこで苦労しているのがいかにもと聞いている者に伝わり,なんとも言えない楽しさがありました.初期のクラリネットはトランペットのような響きがあり,その後のクラリネットは柔らかな暖かな音色でした.演奏会は古楽器の解説,古い曲の解説も入り,和やかで楽しいものでした.

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演奏会

このような演奏会に行ってきました.

尺八は都山流のグループです.

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宮崎神宮にて

仕事で宮崎県と鹿児島県に行ってきました.鹿児島県は個人的に少々ゆかりのある所なので,うろついてみたかったのですがほとんど自由行動がとれませんでした.

旧島津藩下の宮崎県の一部と鹿児島県各地には虚無僧踊りというものが伝承されています.神社に関係した祭りの際に奉納される棒を持った動きの大きな棒踊りの一種で,虚無僧踊りでは棒のかわりに尺八を持って尺八をを打ち合う動作をする踊りです.かつて島津藩に虚無僧跋扈していたはずはないですから,虚無僧ゆかりの虚無僧踊りというより,「棒→尺八」という流れでの虚無僧踊りではないかと推測しています.これも現地で調べてみたかったのですが,時間がありませんでした.

宮崎市では自由な時間が少々あったので,宮崎神宮に行ってきました.宮崎神宮は神武天皇を主祭神としています.宮崎県は記紀にゆかりのある場所が多く,いってみればスピリチュアルポイントがごろごろしています.さて,宮崎神宮では丁度まったく偶然に「養正講社月次祭」というものが行われていて,その中で雅楽を聞いてきました.と,どこかで聞いた旋律・・・・ゆっくりと,ゆっくりとしていましたが,黒田節じゃないですか! 帰宅してから調べたら,雅楽の中で最もポピュラーな曲の一つ越天楽が俗楽として歌詞が付けられたものが黒田節だそうです.

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豪州からお客さん

先日,オーストラリアからの客人がありました.元キャンベラ豪日協会会長です.すでに何回も来訪しています.定年退職前は小中学校の日本語教師ということもあって,来訪するたびに英語の指導もしていただいています.歓迎会も恒例行事になっていて新参の私ですら3回目の参加です.今回は初めて尺八の演奏を披露しました.もともと親日家ですのでとても興味を持って聴いてもらえました.記念に一緒に写真をとりながら,「skilled player」という言葉をもらいました.そうか,上手下手は別として(別にしてくれなければ困る),こういう言い方もあるのかと,ひとつ勉強になりました.

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ピアノ演奏

職場の若者が結婚したので関係者でお祝いの昼食会をレストランで開きました.新婦さんは音大出身でピアノ専攻.せっかくなので演奏をお願いしたところ,ショパンの小品を演奏してくれました.音の波のなかに旋律の粒が輝いているような曲でした.生演奏はいいですね.この新婦さんは嫁入り道具にグランドピアノをアパートに持ち込んだとういうので皆が驚きましたが,これだけ弾ければそれも当然かと思いました.

そういえば,私の職場の私の関係者の中にはギタリスト,フルーティスト,ユーフォニウム奏者,マンドリン奏者がいます.つい最近まではキーボード奏者,ベース奏者もいました.集まれば何かできそうですが(私も含めて?),なかなか集まれる時間のとれない職場なので,機会をみつけて一人ずつ何かやってもらいましょうか.

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瞽女宿

連休中に大山真人(1981)「ある瞽女宿の没落」(音楽之友社)をひととおり読みました.先日,古本屋さんで入手した本です.瞽女は旅の途中では大地主の家に宿泊し,この宿を瞽女宿といいます.この本はこの大地主を記録したノンフィクションです.私の近所の話で,余所者の私でも知っている地名が多くでてきます.北陸の大地主の財力と権力は私の想像をはるかに越えるものでした.

彼らは江戸末期時点での財力を元にして田畑を取得して地主となり,明治初期の地租改正で地主としての地位が「法的,制度的に保証され」,所有地を更に拡大してゆき,大正期に絶頂期を迎え,第二次大戦後の農地改革で終焉を迎えました.このような地主が瞽女を迎え入れ,瞽女宿として宿を提供し,小作人たちに娯楽を提供していました.明治・大正期の農村にはたいした娯楽もなく,瞽女の来訪は村を上げて歓迎されていたようでした.一方,地主の家では「夏休みになると・・・前庭の涼み台の上では,毎夜星空のもとで,(家の)下男(たち)の吹く尺八の『追分』や『佐渡おけさ』『さんかい節』に耳を傾け・・・」ということもあったようです.しかし昭和になってラジオが入りはじめるとこれが新しい娯楽になって瞽女を迎える雰囲気にやや変化がみられはじめ,その後に戦争期になると「芸者や芸人の存在そのものを否定する空気が強く」なり,そして戦後に瞽女宿だった地主が没落することで,旅芸人としての瞽女も終焉の時期をむかえました.

「尺八」が出てきましたが,この文脈に思いをはせれば,「虚無僧」は世俗の世界からは全くのアウトサイダーだと,あらためて,つくづく思いました.

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新曲にチャレンジ

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昨夜は天候が回復し,風も無く穏やかでした.満開の夜桜を鑑賞してきました.大変な人出でした.

さて,当分の間は新しい曲には手を出さないことにしていましたが,ふと気が変わってこれを私の最後の曲として,神譜「蓮芳軒・喜善軒 鶴之巣籠」の練習を始めました.2週間ほどかかってほぼ暗譜をしたといっても,通しで演奏してみれば,玉音・タバ音がろくに出来ないことをさておいても,全く曲の体をなさない.まあ,これから2年ほど熟性させるとして,その間のできるだけ早いうちに手ほどきしてもらう機会を得たいと思います.(ただ,これより先に手ほどきしてもらう曲があります.)

お調子者なので,ついでにもう一曲(上の曲が「最後」じゃなかったのか?).神譜を習う者には「大和楽」も基本の一つのようなので,こちらにも手をだしました.この曲の由来はわかりません.簡単な構成の曲なので一晩で暗譜しましたが,これまでの経験では簡単に暗譜したものは簡単に忘れるので要注意です.この曲はテンポを少し変えるだけで曲の雰囲気が一変するようなので,勝手な演奏は慎むつもりです.

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自衛隊中央音楽隊の演奏会

自衛隊中央音楽隊の演奏会に行ってきました.吹奏楽団です.君が代斉唱から始まった演奏会,全体をとおして「ブラスバンド部」出身の私にはとても懐かしい曲目,合奏の響でした.とても良い演奏でした.「軽騎兵」序曲は吹奏楽では定番のレパートリーですが,この曲で一糸乱れぬクラリネットセクションを生で聞くのは初めてのような気がします.久しぶりに吹奏楽を聞いてみると,金管,打楽器セクションはオーケストラの同じセクションのほうが随分とワイルドな演奏法のように感じます.オーケストラの場合には各楽器に独奏的な性格が強いのでしょう.今日の演奏会は楽しみました.アンコールの一曲がマーチ「双頭の鷲の旗の下で」で会場全体が大いに盛り上がりましたが,演奏者が自衛隊...何か象徴的?とは,考えすぎかな....

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チャングム

妻からの冷たい視線に耐えながらも遂にチャングム完全版全54話を見通しました.前半は豪華料理・薬膳料理が並び,後半は健康問題・医食同源の話題で楽しませてもらいました.音楽には韓国の伝統楽器がふんだんに使われていて,旋律は韓国特有にしても,楽器の音色は私の耳にはなぜか懐かしく響きました.主題歌は伝統歌謡パンソリの歌手(少女や大人)が力を込めて歌っていました.これがなかなかよかったので採譜してあります.私はコードが判らないので旋律だけです.尺八で演奏できます.

この一年間,いつも週末はこの番組を楽しみにしていたのに,これからはどうやって週末を迎えたらいいのやら.実は,全話の録画に成功したのでDVD27枚に全てを焼いてあります.これは老後のお楽しみ(?)

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尺八の密かな楽しみ?

尺八古典本曲の場合,演奏する曲を決めずにテキトウに第一音を出して,次の第二音もテキトウに選んで音を出すと,その音の並びで曲が決まってそのまま最後まで行ってしまうことがあります.根笹派錦風流の曲は最初の3息までで全ての曲が決まります.最初の音を出すときのテキトウ感と,その後に曲が決まるまでの緊張感のバランスに面白いものがあります.布袋軒の「鈴慕」と「三谷」は6息めで曲が決まりますので,どっちにするかを5息の間に考えます.対山派「瀧落」と「虚空」は,最初のツレーを吹き始めた後,右手の薬指を動かしたくなるかどうかが分かれ目です(この一瞬はかなりキンチョウする).

もちろんこれはマトモなやり方ではないので不謹慎と言わるでしょうし,一人の練習時に限られますが,それでも気楽に尺八を楽しむことができます.

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ストレスと尺八

私は,間違いなく,尺八を気ままに演奏していますが,尺八に触れる時間には波があります.その波が下記のようなものだということに気が付きました.1(演奏する),2(演奏しない),3(僅かに演奏する),4(演奏できない)の順です.

1.1日の内で尺八に触れる時間を少しでも見つけて演奏を楽しむ.
2.諸事に忙しくなると尺八を演奏する時間がなくなる.
3.ストレスが高まってくると僅かの時間でも尺八を演奏することでかろうじて心の平衡を保つ.
4.さらにストレスが高まると,その僅かの演奏でも負担に感じるようになる.

今の生活の中でストレスがあることはどうしようもないとして,いずれは4を無くして3にならないものかと思っています.尺八の演奏という行為が特別な負担ではなく,あたかも呼吸をするように尺八を演奏できたらいいなと思っています.

ちなみに,今は4の状態です.まあ,長くは続かないとは思っていますけど.

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虚無僧の歴史(一般向け)

昨年末に知人の前で尺八の演奏を披露しました.普段は邦楽とは全く縁のない人たちです.その時,以下のように虚無僧と尺八について説明しました.少々乱暴な説明ですが,「虚無僧」には誤解が多いのでそれを正すという意図も含めています.ご参考まで.私のHPにもアップしておきました.

ところで,明治4年の禁止令はいつ解除されたのでしょうか?

虚無僧の歴史
尺八の起源は不明。室町時代末期、尺八を吹いて路傍でたむろする浪人が出現した。江戸時代になり戸籍管理が厳しくなると所属不明の浪人たちの一部が組織化され、普化宗という、禅宗の一派を詐称する集団を形成し虚無僧寺に住んだ。これが幕府の浪人管理対策の思惑と一致したために、その後は半ば公認、半ば黙認のような形で存続した。虚無僧は僧籍を持っていなかったので仏教儀式は行えず、尺八を吹きながら托鉢をして糊口をしのいでいた。虚無僧寺は最盛時には全国で九十か所以上あったといわれているが、ほとんどが小さな民家程度のものだったらしい。虚無僧寺=風呂屋という記録も少なからずある。尺八での托鉢の評判は極めて悪く、寺に寄進をするから集落には托鉢に来てくれるなという文書が各地に残っている。尺八の技量に優れた者は一般人に尺八を教授して生計の足しにした。これは本来は禁止されている行為である。今知られているような天蓋を被るようになったのは江戸時代後期。江戸時代初期には何も被っておらず、中期には浅い編み笠を被っていた。明治四年に、出所不明の不法集団として修験道と共に普化宗の禁止令が明治政府からだされ、普化宗と虚無僧寺の歴史はあっけなく完全に終わった。政府による宗教弾圧とは誰も考えなかったらしい。その後まもなく、尺八は庶民の楽器として復活した。そして琴・三味線との合奏も本格的に行われるようになった。

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謹賀新年

明けましておめでとうございます.

今年は,30年ぶりくらいになりますか,帰省せずに自宅で正月を迎えました.静かな元旦になりました.帰省すると遠州灘で初日の出のご来光を仰ぐことにしているのですが,上越で初日の出は無理.特に今年は積雪の元旦でした.大晦日から今日(2日)までに40センチの積雪でした.雪かきに始まった新年になりました.順調(?)ならこれから2月中旬までに増えたり減ったりしながら,1メートルくらいの積雪になるはずです.

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さあ,今年はどんな年になるか.尺八については,昨年はなんとなくそれまでの練習を繰り返すことにしていましたが,今年は,新しくやってみたいことが一つあります.そういうことを思い付くと楽しくなります.

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年末に思う

尺八古典本曲の音階・音程が,平均律や純正律に合っているかどうかと言っても世界には様々な音程・音階があるのですから,そのうちの一つや二つに合っているとか近いとか言うのは大した意味が無いように思います.

尺八の音は倍音成分が多くて複雑な音色だと言っても,音又のような響きの楽器は世界のどこにもありませんし,複雑な音が出るように意図的に工夫された楽器はいくらでもあります.

音によって音色が変わるのは楽器の常で,音高で音色が変わりにくく作られているはずの西洋クラシック音楽の楽器ですら高音と低音ではかなり違った響きになりますし,ピアノですら強音と弱音では相当に違った響きがします.音色の複雑なことが尺八の特徴とは言えません.

尺八にはメリ音があると言っても,演奏法を工夫して音程を補正するのはすべての楽器で演奏の常識ですし,メリで音色を変化させると言っても,西洋クラシック音楽で使われる楽器ですら弱音器を使ったり,弦楽器なら弦に指をかけたりして,音色を変化させます.

尺八には特殊技法があると言っても,「特殊」はあくまも特殊の話で基本の話ではなく,一方,楽音以外の音を出そうと思えばどんな楽器でも可能で,多くの民族音楽楽器では実際に使われているし,西洋クラシック音楽でも曲のスパイスのように時に使われます(一時の「現代音楽」では流行りました).

尺八では微分音とか中間の音があるといっても,リコーダーをはじめグリッサンドなどで音程の中間の音を使う楽器はいくらでもあり,当然ながらフレッドのない弦楽器では中間音など自由です.

私は草木の間を歩くことが多く,この時には水の音,風の音,草木の音,鳥の声など,多くの音が聞こえてきます.しかしこのような音を楽器で直接的に模すことに重要な意味があるとは思えません.それが竹林の風音であってもです.楽器から出てくるのは音楽でしかなく,私たちが楽器から受取るのも音楽でしかないからです.尺八の音が「自然」と直接につながるという感覚も私には良くわかりません.

尺八が世界の楽器の中で特殊・特別なものと考えることを,私はやめようと思います.

また,尺八を他の楽器,特に西洋クラシック音楽で使われる楽器と比較しながら,そのとき見つかる差異を強調することで尺八のアイデンティティーを確立しようというのは,それこそ尺八を「特殊」な楽器として追い詰めてしまうことになるように思います.

竹筒に息を吹き込めば音が出る,それをうまく工夫すると「うた」なる...というような原初的な喜び,楽しみを基本に置いて,来年は練習をしてみようかと考えています.

莫とした意見はできるだけ書かないことにしていましたが,年の最後の一回は禁を破りました.皆さん,よいお年をお迎えください.

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学生時代のサークルが・・・

私が学生時代に在籍した琴古流尺八のサークルが遂に終わりを迎えました.私はここに遅れて入部し,2年半ほど在籍しました(その後,私の尺八は20年以上中断).私の在籍した約30年前は各学年5人くらいの部員がいました.当時,他大学では琴・三絃も含めた「邦楽部」だったのに,地域で(たぶん全国でもほとんど)唯一の尺八だけのサークルでした.このところ新入部員が入ったり入らなかったりが続き,ついに来年の3月で最後の在籍者が大学院を修了するので(つまり,すでに2年前から学部生は不在!),サークルも修了ということになったようです.時代の移ろいを感じます.そこで,世話人がいて,サークルに残されていた10数本の尺八を,この際,すべて修理し,希望のOBに貸与することになりました.で,私のところに2尺管,2尺4寸管,木製八寸管が来ました.前2者は私が今使っている八寸管と同じ製管師の楽器なので,違和感なく演奏できました.クリスマスプレゼントですね.大切に使っていきたいと思います.

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善養寺氏演奏会

12月20日の善養寺氏演奏会を聴きに出かけました(はるばると...)

松巌軒「鈴慕」
メリ音の美しさが際立つ演奏でした.特にメリ音の中に節目のように入る打ちの手が力強くコロコロと美しく感じました.CDでの演奏と比較すると,最終節が柔らかく演奏され,また最終音も変更され,帰結の感が強くなっていたようです.

普大寺「虚空」
演奏会中で善養寺氏でのお話で,氏がこの曲にもつ印象は私の印象と全く違ったものであることが判りました.演奏でもその違いは明確でした.どうもこれは譜の違いにあるようです.私は対山譜,氏は神如道譜です.両者は一部のフレーズの順に入れ替えがあるものの,音の並びは殆ど同じです.しかし神譜では音の一つ一つに細かな指示が入り,その結果として生まれてくる音楽は対山譜の曲とは異なるものになっているようです.僅かな違いから生まれてくる異なった音楽ということで,私にとっては消化の難しい演奏でした.

佐藤聰明「魂招琴」
ゆったりとリズムを刻みながら流れる音楽です.善養寺氏の六寸管は乾いた響きがしていました.調性は無いか弱い構成の曲なのでしょうがC音への指向があるらしく,安定した音の流れに感じられました.

布袋軒「鈴慕」
私がとても好きな曲で,特に善養寺氏のこの曲の演奏が好きです.曲そのものは劇的な変化と抑揚を持つものですが,氏はこの変化を抑制して演奏しています.弱音の並びにも強音の変化が入り,一方で高揚した音列が最弱音で演奏されます.善養寺氏の長管の柔らかな音と抑制された演奏が相俟って,一条の光の中に引き込まれる演奏でした.

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善養寺惠介氏演奏会

善養寺惠介氏の演奏会の案内です.

12月20日(木) 4時から,および7時から
代々木上原のMUSICASAにて

  松巌軒「鈴慕」
  普大寺「虚空」
  布袋軒「鈴慕」
  佐藤聰明「魂招琴」

チケット申し込みは善養寺氏へ
04-2924-0636

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論より練習

ともかく練習しなくてはお話にならないし,楽しくもない.出来ない場合は仕方ないとして,この週末は先週に続いて1日2時間ずつを使えました.昨日は根笹派の全曲1回のあと,根笹派「虚空」を前半5回,後半5回,全体とおして2回,そして明暗対山派の「瀧落」を1回半.今日は根笹派全曲通しで2回(に実は少々足りず).これからも週末は最低このくらいはやりたいものです.まだ曲の風情などの段階ではありません.平日も毎日30分くらいは何とかしたいのですけど,なかなかそうもいかない..

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練習

このところ,時間的にも精神的にも忙しくて練習がおろそかになっていましたが,昨日・一昨日の週末はわりと練習ができました.昨日は2時間を使いました.根笹派の全曲を通しで1回演奏し,次にその中の「通り」を5回,「門付け」を5回,「鉢返し」を5回,これらを通しで2回,そして2尺1寸管に持ち替えて「霧海ジ」を2回.十分ではないのですが,これだけ吹けば気持ちよくなります.もう少しの間はこのようにしてレパートリーの総ざらいをしたいと思います.しばらくご無沙汰だったので.

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雨の連休は読書

最新刊の小方厚「音律と音階の科学」(講談社ブルーバックス)を入手して読みました.ピタゴラス音律,純正律,平均率,音の協和,和音,コード進行・・・などについて,アマチュアによるアマチュア向け解説で,私にとっては類書の中で最も判りやすい本でした.これまで何となく疑問に思っていたことで初めて理解できたことが幾つかありました.お薦めの一冊です.

民族音楽についても一章がありました.そのタイトルが面白くて,「民族音楽に理屈を付ければ」,サブタイトルが「当事者には無縁な理論だが・・・」.そのとおりでしょうね.虚無僧尺八本曲の音律はここに入ります(が,言及されていません).

私が琴古流で尺八を始めたころに地唄を合わせていただいた先生は,譜を使わずに口伝で習った方だったので,西洋音楽で育った私としては,常識と思っていた12音と違う音高で音が演奏され,また譜の上では同じ音でも旋律の中で音高が変化するなど,かなり戸惑った記憶があります.もちろんその先生の演奏が地唄の伝統として正しいことはすぐにわかりましたが,地唄に興味が持てなかったので,結局,身につきませんでした.惜しいことをしたものだと思います.

伝統

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学生時代の・・・

かつて私が尺八を始めるきっかけになった学生時代の某友人がいます.彼も私同様に就職以来(約25年間)尺八から離れていましたが,最近,京都明暗寺の師匠に入門したとのことです.これから6年間を目標に免許皆伝を目指すそうです.実は同郷の友人なのでこの正月に会うのが楽しみです.

彼が先に大学の琴古流尺八サークルに入り,そのつてで私も入会したのです.細々と続いてきたこのサークルが,今年,最後の一人になったサークル員の卒業のため,終に自然消滅になりそうです.まあ,尺八だけのサークルがここまで良く続いたものだとも言えます.今であれば,本曲にシフトしたほうが興味をもつ学生がいたかもしれません.ともかく,有志で後始末をすることになりました.

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海童道宗祖「神秘の竹の音」

海童道宗祖「神秘の竹の音」のCDを入手しました.
2001年6月11日 日本クラウン CDP-1079

  霊慕
  吾妻獅子
  三谷
  臨門
  浮雲
  曙獅子
  武蔵調
  大菩薩
  心月
  根笹調
  音取
  虚鈴
  堅笛「無題」
  古代笛「花の風」
  乗管「流れ」

音源は1968年11月LP「神秘の竹の音」

海童道宗祖の世界が広がっています.特定の音楽を安易に「神秘」と片付けたくないのですが,氏の音楽の魅力は何なのか? という意味では,確かに「神秘」です.

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浜松市楽器博物館

所用があって浜松市を訪問し,浜松市楽器博物館に立ち寄りました.2回目の訪問でした.展示のりニューアル1周年ということで,前回とは展示が大きく変更されていました.尺八の展示は,残念ながら半分になっていました.同行者が筝の心得がある人だったので,日本伝統楽器の展示では話がはずみました.

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丁度,ピアノ類の演奏があり,チェンバロ,ハンマークラビア,初期ビアノ(複製)の音を聞くことができました.ハンマークラビアの生演奏を聞いたのは初めてでしたが,柔らかく暖かい音でとても気に入りました.小さな音の楽器ですが,長い間愛されてきた理由がわかるようです.写真はチェンバロの演奏です.


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ウクレレ講習会にて

気晴らしというのが主な理由で,年明けからウクレレを始めました(←なんと不釣合いな!).全くの初心者なので町で開かれている6回の講習会に参加し,昨日,卒業しました.講習会ではこの楽器の性格のために音楽の初心者がほとんどでしたが,それを見て驚くことがありました.決して,初心者をバカにしているのではなくて,本当に心から驚いたのです.

最近はデジタル表示のチューナーを使って調弦をするようなのですが,これを使ってもほとんどの人が音を合わせられない.

ある人は,別の弦と間違って調弦してしまって,それに気が付かない.

別のある人は,調弦しているつもりで弦を巻きすぎてしまい,弦を引きちぎってまた楽器も壊してしまった(←1オクターブ上に合わせ始めたらしい).

私とて1Hz,2Hzの違いは唸りを聞くまで判別がつかなくて,だから平均率も純正律もほとんど聞き分けられず,ましてや尺八での和音は唸りがほとんど聞き取れないので尺八での和音は良くわからないのですが,それは別としても,初心者にとっては音高の感覚というのはそこまで難しいものだったのかと,本当に驚きました.

ちなみに,私に絵を描かせたらその方面の人からはきっと同じような驚きをされるだろうと思います.

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市のお祭りにて

私が住んでいる市のお祭りがあって,そこに某邦楽アンサンブルグループが尺八の展示をしていたので覗いてきました(私は名乗らなかったので,グループの名前もここでは出しません).20本くらいの尺八を並べて,尺八の説明と試し吹きをしていました.尺八は一尺八寸管で主に木管の「胡蝶」でした.丁寧で親切な説明がされていて,尺八を普及しようという努力に感心しました.このグループの主なレパートリーは斯界でいわゆる「新曲」と呼ばれるもののようでした.

ところで,新しく「楽器」を始めようと考える動機は何なのでしょうか.楽器そのものというより,それが使われている音楽への興味かと思うのですが,そうであれば私のやっている尺八⇒虚無僧本曲というのは,入門者への動機としての説明が難しいのかなと思います.

他人のことはともかく・・・・根笹派の「通り」~「鉢返し」の練習を始めて1年半になり,ようやくこのごろ,曲の流れを楽しめるようになったような気がしています.私のような独習の場合は,カリカリ練習をするより練習をしながらじっくり熟性を待つしかなさそうです.同時期に練習を始めた「虚空」に,またこれから1年以上かかるのかな?

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練習再開・・・できるかな?

練習を長く長~くお休みをしてしまいました.

今日は根笹派の曲を一通りおさらいしました.一日でも休むと音の響きが変わってしまうと日頃は言っているにもかかわらず,思ったより音が出たので,まあ,満足しています.その替わり曲への感覚は全くバラバラ.でも,尺八の音の響きが新鮮に感じられたので,尺八への感覚がリフレッシュしたような気がしています.また,1時間以上吹いていても音が変わらなかったので,悪い癖が落ちたかもしれません.そういえば右肩の「五十肩」の状態も改善していました.

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野に出よう

この歳になっていまさら町に出てもしかたがなさそうなので,それならば,「中高年よ,たまには尺八を置いて(捨てられない..),野に出よう!」

と云うことで,水芭蕉を見に行ってきました.

最初の2葉は先週の写真で,新潟県妙高市の池の平にある「いもり池」
以下は今日,左が長野県の「黒姫高原」,右が長野県の斑尾高原の「沼の原湿原」です.

今年は,初めて夏にも行ってみようと考えています.その頃には水芭蕉の葉は80cmにもなっているとか.

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Kurohime Numanohara

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坂東俘虜収容所跡

尺八とは関係ありませんが...

先日,徳島県鳴門市の坂東俘虜収容所跡地を訪問してきました.ここは1917年から1919年にかけて,第1次世界大戦中国戦線でのドイツ人捕虜が収容されたところで,しかし,例外的に収容所内に自由な雰囲気があり,活発な文化活動と,地域住民との交流がありました.昨年の映画「バルトの楽園」で描かれた場所です.驚いたことに収容所内にオーケストラだけで3団体あり,僅か3年間に,ベートーベンの交響曲1,4,5,6,9番,ハイドンの交響曲1,6番,シューベルト未完成等々,年間30回ほどの演奏会が開かれたそうです.収容所跡地は公園に整備され,慰霊碑と記念碑が設置されています.近くには鳴門市ドイツ館があり当時の沢山の資料が展示されています.

鳴門市ドイツ館

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ピリオド奏法

しばらくクラシック音楽の世界から遠ざかっていましたが,このところ新しい演奏法が大きな潮流になっているのだそうです.それは「ピリオド奏法」という奇妙な訳語で言われています.

現代の楽器を使っているにしてもできるだけ作曲された時代(=period)の奏法で演奏するというものだそうです.詳しくは理解できないのですが,モーツアルトやベートーベンの曲の演奏で目立って顕著なところでは,ビブラートをかけないとか,演奏速度が速いとかです.

演奏は微妙なバランスで成り立っていますので,尺八本曲の演奏でも体験しますが,小さな一か所でも修正すると全体に影響して結局は全体の修正になります.単にビブラートをかけないといっても,その結果で演奏方法が大きく変わり,私にとっては驚くような新しい響きになっていました.

翻って尺八本曲はどうでしょうか.同じ18世紀に起源をもつ曲が多くあります.もともと私は安易にビブラートをかけるべきではないと考えいました.では,演奏速度は? その他の手は?

単に昔の演奏に戻るべきだと言うのは安直だと思います.また,さまざまな経緯でもともとの演奏法はほとんどわからなくなっています.困ったことです.先生から学んだことを素直にコピーするのではなく,よく考えて演奏を作り上げることが必要だと,少なくともそのように感じました.

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正倉院尺八

今,奈良国立博物館で第55回正倉院展が開かれています.

今年は南倉に保管されている「牙尺八(げのしゃくはち)」が展示されています.長さ35.2cmの象牙製の尺八です.「牙(げの)横笛」と一対で保管されていたと考えられているそうです.正倉院の尺八については上野堅実(2002)「尺八の歴史」に詳しく考察されています.上野氏は正倉院の尺八は「実用的というよりは象徴的な意味が強い宝物」としています.今年の展示には,また,「国宝珍宝帳」も展示されていて,ここには正倉院が保管する8本の尺八のうち5本が記載されています.

以上,奈良特派員からの報告でした(私は残念ながら行っていないのです)

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LPの処分

聴かなくなった(注)昔々のLPの処分を迷っていたところ,知人がその中のクラシック部門を引き受けてくれることになったので,手持ちのLPの半数弱46枚/セットを譲ることにしました.(注:10数年前にコンポーネントステレオが壊れたままのため)

若いときになけなしのお金で買った思い出のLPですが,バッハ,デュパルク,ヤナーチェク,バルトーク,メシアン・・・と,かなりマニアックな品揃えです.

残ったジャズ(コルトレーン他),民俗音楽等々の約60枚のLPはまだ行き場がありません.

さあ,これから尺八音楽に専念します...ということは,あり得ない.

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善養寺氏演奏活動予定

善養寺氏の今後の演奏活動予定とのことす.

Schedule2006

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善養寺氏リサイタル その2

善養寺氏リサイタルの演奏曲目の大ざっぱな感想を一言ずつ;

「獅子」
最初のハローから,東北の寒風が聞こえきたようで驚き,すっかり引き込まれてしまいました.ただ,一か所,私は音を間違えて演奏していたことがわかってしまいました(汗;).

「滝落」
乙音は力強く滔々と流れるように響き,高音は飛沫が輝いたようでした.抑制した表現の中に,煌めくものが垣間見えたような演奏でした.

「霧海ジ」
単調な曲だとして,門人からは演奏会の曲には評判が悪いと冗談を言っておられましたが,私はそうは感じませんでした.最近,この曲を2週間ほど集中して練習したことがあったためかもしれません.この曲に限らないのですが,譜の一音一音を確かめるような聴き方をしてしまい,その結果,曲全体を楽しむことができなかったような気がしています.

「越後三谷」
激しく,力強い曲でした.大きなユリの他に,音の隅々に小さな様々なユリを入れて,音の表情を作っておられました.少しずつでもお手本にしたいものです.

なお,演奏を間近でみていたところ,高音で音程などの補正のために,いくつかの運指を変えておられました.この運指について,今,少々の迷いがあったので安心しました。

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善養寺氏リサイタル その1

10日の善養寺氏のリサイタルを聴きました.

小さなホールのため間近で演奏を聴かれました。1列め(演奏のすぐ前)と3列めで聴いたところ,驚いたことに,尺八の音がかなり異なって聞こえました.私は,1列めで聞いた,細かい雑音まで聞こえた音が好きです。

間近で演奏を聴いて,弱音の美しさに強い印象を受けました.むしろ弱音の方に竹筒の響きがあったようにも感じられました.もちろんこれは単に音色だけの効果ではありませんし,また強音あってこその弱音です.

永田砂知子氏の創作楽器「波紋音(はもん)」との「調子」での合奏は,善養寺氏が表現した通り,墨絵に金粉を効果的に塗したような演奏で,とても美しく,楽しい演奏でした.二人の演奏の受け答えは,二回めのほうがずっと良くできていました。

前回2004年のリサイタルでも小澤明彦氏のライティングは良いと思いましたが、今回の滝落のライティングは特に良かったと思います.

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善養寺惠介氏演奏会(10月10日)

善養寺恵介氏の演奏会です.

10月10日(火) 4時~, 7時~
ムジカーサ(代々木上原駅近く)

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善養寺惠介氏演奏会(10月11日)

善養寺惠介氏が壱太郎氏のリサイタルにゲスト出演されます.

10月11日(水) 東京文化会館小ホール

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井上照影氏CD

井上照影氏のCDを入手しました.1996年の録音.

根笹派錦風流宗家井上照影氏の演奏する根笹派全10曲の演奏です.

「調」は照影氏の独奏,他の9曲は連管.

コミ吹きが,聞えてくる範囲ではユリ(ビブラート)に感じられるのに驚きました.

宗家の演奏ですから,これをその流派伝承の演奏法として聴いてみます.ただ,演奏以前の問題として,毎回の息を吸う際にズズッという音を出す癖はやめられたほうがよいと思います.

ところで,連管の相手は誰?

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