天吹

天 吹 (てんぷく)

少し前に鹿児島市を訪問した際に,天吹の展示を見てきました.市内では,歴史資料センター「黎明館」と「維新ふるさと館」に展示がありました.

実際の音を聞いたことはありませんが,小さな5孔を持った楽器で,高い張りつめた音が出そうです.

幕末の薩摩藩では,武道,儒学とともに,天吹が,武家の若者たちの必須科目だったようです.


「維新ふるさと館」の天吹
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「維新ふるさと館」の入口
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桜島と桜島フェリー
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笛(?)の薬味入れ

和食店でこのような薬味入れを目にしました.

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お店の人は「笛の薬味入れ」と言っていました.

この写真にはよく写っていませんが,左の端に尺八の歌口を模した切り口があります.右の端には竹の根のようなものが見られ,尺八の管尻のようです.ところが,指孔の数と節の数が明らかに違うので普通の尺八ではなく,敢えて言えば,一節切か雅楽尺八に近いのですが,それでも指孔の数は違うし,まさかそんなマニアックな楽器を模すとは思えません.

尺八風歌口と管尻を無視すれば篠笛に近いかと思いますが,やはり指孔の数が違うのと,右に一つ外れた指孔が不思議です.

結局,何をイメージしたか判りません.そんなことをとやかく言うようなものではないとはいえ,やはり気になります.雰囲気といっても,もう少し現物を見て作ってもらえないかなと,思います.

ちなみに,この料理は店の手作りのおぼろ豆腐で,たいへん美味しくいただきました.

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夏目漱石「行人」

青空文庫に掲載されています.

夏目漱石「行人」(1912)

主人公の独白として物語が進みます.

主人公が,知人の三沢が入院したという知らせを受け,彼が入院してる病院を訪問しました.その病院の雰囲気を記述するために尺八が使われています.

三沢は看護婦から病院のAという助手の話を聞かされていた。このAさんは夜になって閑(ひま)になると、好く尺八(しゃくはち)を吹く若い男であった。独 身(ひとり)もので病院に寝泊りをして、室(へや)は三沢と同じ三階の折れ曲った隅にあった。この間まで始終(しじゅう)上履(スリッパー)の音をぴしゃ ぴしゃ云わして歩いていたが、この二三日まるで顔を見せないので、三沢も自分も、どうかしたのかねぐらいは噂(うわさ)し合っていたのである。
看護婦はAさんが時々跛(びっこ)を引いて便所へ行く様子がおかしいと云って笑った。それから病院の看護婦が時々ガーゼと金盥(かなだらい)を持ってAさ んの部屋へ入って行くところを見たとも云った。三沢はそういう話に興味があるでもなく、また無いでもないような無愛嬌(ぶあいきょう)な顔をして、ただ 「ふん」とか「うん」とか答えていた。

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鬼頭勝之編「虚無僧雑記」

鬼頭勝之編(2004)「虚無僧雑記」ブックショップマイタウン刊

この本を入手しました.

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江戸時代末期から明治に書かれた文献「虚無僧雑記」の影印印刷の本です.

編者の鬼頭氏によれば,「虚無僧雑記」の由来は次のとおりです.「虚無僧雑記」は奥村得儀の著で,小寺玉晁による右傍,朱注が記入されている.こうして残されている「虚無僧雑記」は玉晁による1843年(天保14年)の写本で,その後何人かの者によって1871年(明治4年)まで追記されている.

影印を見ると,少し前の虚無僧関係書籍に江戸時代の虚無僧について引用文献の記述が無く記述されている内容とよく似ていますので,それらは案外このような資料からの引用なのかもしれません.挿画もどこかで見たようなものが多くありました.

ただし,毛筆手書きの影印なので私は半分も読めません.いつかゆっくり考えてみたいと思っています.

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CD: 錦風流尺八本曲集成

神田可遊氏ら虚無僧尺八研究者らが根笹派の古い音源からCDを作成しましたので,早速入手しました.

錦風流尺八本曲集成 ~よみがえる津軽の竹韻~

企画製作:錦風流尺八本曲集成製作委員会
出版:弘前学院出版会

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神田可遊氏ら虚無僧尺八研究者らが根笹派の古い音源からCDを作成しましたので,早速入手しました.

音源はおそらく70年から80年前のものと思われます.津軽地方の根笹派先達の演奏が並んでいます.残念ながら録音状況はあまり良くないのですが,当時の息使いが確実に聞えてきます.

耳を傾けてこのCDを聞いていると,小さな窓から遠くの風景を眺めているような気持ちになります.そこで聞こえてくる尺八の演奏からは,聞きなれた現代の演奏家の演奏と比較した場合,正直言って,今日までの時代の流と共に尺八の演奏技術が進化していることがわかります.しかし,録音ノイズの向こうに聞えてくる尺八の音は太く,たくましいものです.

かつて,津軽という一つの地方で,尺八が力強く輝いていた時代があったことがわかります.

このCDについては,虚無僧研究会または神田可遊氏にお問い合わせください.

【PartⅠ】
永野旭影
     調
     松風之調
     三谷(前半)
     流鈴慕
     通リ・門附・鉢返シ
     獅子

折登如月
     雲井調子 調
     雲井調子 下り葉

柴田峰月
     調
     門附

瀧谷孤瀧 
     鶴乃巣籠


【PartⅡ】
内山嶺月
     曙調子 松風     
     本調子 松風
     雲井調子 松風
     曙調子 三谷清攬
     本調子 三谷清攬     
     雲井調子 三谷清攬
     曙調子 調・下り葉
     本調子 調・下り葉
     虚空     
     本調子 流六段(初段)
     曙調子 流六段(初段)
     宮城鈴慕

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虚無僧グッズ・・・銘々皿

友人からこんな銘々皿を見せてもらいました.

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浮世絵のモチーフを題材にした5枚セットの銘々皿の一枚に虚無僧が描いてありました.

輝く黒の漆地に金線で江戸時代の人々の風俗が描かれた,洒落たお皿です.おばあさんが購入したものを大切にして,お茶に使っているそうです.

友人は,私が虚無僧に入れ込んでいることを知って,これを見せてくれました.

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天吹

鹿児島市に行ってきました.折角なので天吹をみてきました.

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天吹同好会の島津義秀氏にお伺いしたところ,鹿児島県歴史資料センター黎明館と鹿児島市維新ふるさと館に展示があるとご教示いただいたので,両館で見てきました.維新ふるさと館は写真撮影が自由でしたので,この写真は同館の天吹です.音を出すのが難しそうな楽器に見えました.

それはともかく,今年の桜島は大噴火が続いていて,鹿児島市の市街地でも灰が掃除していない歩道はこんな様子でした.砂浜をあるいているようでした.

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ちなみに明治初期には桜島はこれほどの継続した噴火をしていませんでしたので,西郷さんはこれほどの噴火をほとん経験していないはずです.

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今野真二(2012)「百年前の日本語」

今野真二(2012)「百年前の日本語 書きことばが揺れた時代」岩波新書

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尺八関係の本ではありませんが,尺八関係の古い本を読む中でいろいろ疑問に思った明治時代の文章の表記法を記述した本です.

私が明治時代から大正時代の文献資料を読む中で表記法で奇妙に感じたことは,たとえば,この時代はいわゆる「歴史的仮名遣い」のはずが必ずしもそうばかりではない,時代をさかのぼるほどに変体仮名が使われることも多いのですが同じ文章の中でも同じ使い方ではない,送り仮名が同じ文章の中でも一定ではない,などなどです.当然ながら,当て字風の漢字もあるのですが,同じ文章の中ですら一定ではありません.

著者の今野氏によれば,書き言葉の表記法が一定とされて,それが「常識」として徹底さあれるようになったのは終戦後であり,わずか数十年の歴史しかなく,日本語の歴史からみれば表記に揺れがあり,幅があった時間の方が格段に長い,ということになります.

この本を読んだからといって,明治時代の文献が読みやすくなるものではありませんが,なるほどそういうものかと得心した次第です.

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小栗風葉(1900)「戀慕ながし」

相当に古い本を入手しました.

小栗磯夫(風葉)(1900)「戀慕ながし」春陽堂
1900年5月23日発行
1900年12月20日三版

尺八本曲「恋慕流」を伴奏のように使った311ページの恋愛を題材とした長編小説です.表紙の尺八の絵は大変丁寧で美しいものです.また,冒頭の絵も丁寧に描かれています.この絵の男性の虚無僧姿は,遊郭・料亭を背景にして,当時の虚無僧というよりは歌舞伎の虚無僧のような伊達姿です.お供の美女が持つ楽器は胡弓で,当時としては三味線よりは上品だったはずです.

善積蓼村による「戀慕流」の譜が巻頭に掲載されています.琴古流の記譜法で書かれていますが,1)蓼村が「名古屋地方に行はるゝ戀慕流を我が琴古風に飜案せしなり」と記していること,2)1900年の出版であること,3)犬山市在住の小川儀蔵による「尺八獨稽古」(1891)に掲載されている本曲譜と酷似していること,4)現在の京都明暗寺で演奏されて
いる対山派「恋慕流し」に類似性があることから,この譜は西園流本曲と考えられます.

この本の続編として「歌戀慕」の予告が掲載されています.こちらにも本曲譜が掲載されて
いるのかどうか,可能なら入手してみたいものです.

善積蓼村の本曲譜の解説

由來尺八の本曲に戀慕ながしなるもの無し,されど中世一節切の名手にして一思庵と云へる人そが本曲十二曲を創作なせし中に戀慕曲あり,既に一節切と尺八と器其ものゝ類似をを見ると共に尺八の本曲鈴慕流の訓音自ら戀慕流に似通へるより,俗謡或は院本等皆相混同して傳ふるに至れるなり,今日關西に用ひらるゝ尺八の戀慕流は,或は一節切の戀慕曲に胚胎せし後世の作にや,琴古流の本曲には固より尺八の正系を受けたる流派に嘗て見ざれば,爰[ここ]に巻頭に出せしは名古屋地方に行はるゝ戀慕流を我が琴古風に飜案せしなり,余固より斯道に熟達せるものにあらざれば,殆ど其曲を成さゞるを危ぶむ,斯道の大家願はくは斧正の勞を惜み給ふなかれ,

子の年五月                             蓼 村 生 識

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寺内直子「雅楽を聴く 響きの庭への誘い」

寺内直子(2011)「雅楽を聴く 響きの庭への誘い」岩波新書

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本書によって日本の雅楽の歴史をおおざっぱに言えば次のようになります.中国の「雅楽」は儒教に基づく音楽で,これは日本には伝わりませんでした.中国にはこれとは別に古くから世俗的な音楽「俗楽」と西域の音楽「胡楽」があり,唐代にこれらが融合されて宮廷の饗宴に用いる「燕楽」ができました.燕楽には中国とその周辺諸国の様々な楽器が用いられました.日本にはこの燕楽が伝わりました.日本では固有の起源をもつと考えられる国内各地に神道系の歌舞があり,これが渡来音楽と共に宮廷を中心として伝承された.日本では奈良時代まで多種多様な楽器がつかわれていましたが,9世紀の平安時代になると,次第に重複が省かれ,日本人の好みに合った編成に淘汰されました.この過程で平安時代中期までに尺八が雅楽から消えました.

一方,雅楽の特性として,著者は雅楽が基本的に屋外または屋外に通じる開かれた空間で演奏されるものとして,室内の閉じた空間で演奏される音楽と異なり,演奏の場(トポス)の重要性を指摘しています.演奏の立体性の効果だけでなく,演奏の周囲の様々な音や,聴衆の雑音もが(さらに話し声までもがが雅楽の形成と発展に影響し,演奏本体とトポスが相互の関係をもって雅楽が変容していくものと考えています.

さて,これがとても刺激的な指摘だったものですから,私はこれに触発されて今年5月に知人と人工の音がほとんど聞こえない山里で尺八を吹いてきました.静けさに慣れた耳には騒がしくも豊かに鳴き交わす鳥の声を背景に,私たちの尺八の音は林の木々に反響するという,とても気持ちのよい体験ができました.

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