北海道大学キャンパスにて
尺八とは関係ありませんが・・・
札幌に出張でした.北海道大学のキャンパスに行きましたが,想像をはるかに超えた美しいキャンパスで驚きました(たしか2回目のはずですがかなり以前の前回を全く覚えていません).キャンパス内に巨木の林があり,芝生の広場があり,川(ただし半人工とか)があり,原生林(に戻そうとしている林)があり,開拓時代の文化財(または文化財級)の建物が多数ありと,とても国内の大学とは思えません.あまりに感動しましたので,また最近は尺八の練習不足なので,このblogの趣旨には反しますが北大キャンパスの写真を掲載します.「こんな美しい大学で学んだら人生が違ったかなァ」と思わすつぶやいたところ,「お前は季節が一番良いときに来たからそう言うのだ.2か月後に来たらそんなことは言わないはずだ」と,北大出身者に笑われました.
少しだけ尺八;
平取町のパンフを入手してきました.以前,違星北斗(いぼし ほくと)の作品でこの町の名前を記憶していました.
平取(びらとり)はアイヌの旧都懐しみ
義経神社で尺八を吹く
尺八で追分節を吹き流し
平取橋の長きを渡る
以前にも書きましたが,この和歌を私は複雑な思で読んでいます.
義経神社は寛政11年ころに作られ,それ以来住民から大切にされていて,毎年例大祭がもたれているそうです.またこの町は有名なアイヌ民族の聖地「二風谷」がある町でした.
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上越フルートまつり
第3回上越フルートまつり(9月21日)を聴いてきました.知り合いが参加している趣味のグループがこの祭典の中核団体だったので,誘われました.13:30~17:30という主催者も思わず苦笑いするマラソンコンサートでした.
主催者グループの代表の知己ということで,工藤重典氏の友情出演がありました.世界的に活躍しているフルーティストの出演とのことですが,門外漢の私には有難味がわかりません.
工藤氏がすごく上手なのか,またはものすごく上手なのか私には判りませんでしたが,実は,この4時間のマラソンコンサートのうち3時間以上の演奏に工藤氏はソリストとして参加していて,その意味ではトッププロの凄さに圧倒されました.
工藤氏の演奏を聴いていて,工藤氏のフルートの音色が際立っていることに気がつきました.楽器のせいもあるのでしょうが,それだけではないでしょう.他のセミプロ・アマチュアの音色も一人ひとり異なっていたようです.フルートですらこのようであれば,尺八の音色が演奏者によって異なるのもある程度はやむをえないのかもしれません.もっとも尺八の場合は目指す音色も人それぞれ異なるのかもしれませんが.
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茨木市の「ぼろ塚」
大阪府茨木市南清水町にある「ぼろ塚」を見て来ました.
吉田兼好の「徒然草」115段の「梵論の復讐」で「しら梵字」と「いろおし」という二人のぼろが果たし合いをしたという宿河原という場所がこの場所と言われています.
京都から大阪市街を北に外れて山陽道につながる脇街道として西国街道があり,この街道は西国大名の参勤交代に利用され,現在の茨木市の付近は京都と大阪の中間地点にあたり,郡山宿本陣として栄えたそうです.その本陣の西隣に現在の宿河原町があります.宿河原町の西に南清水町があり宿河原町との境に勝尾寺川が流れています.この勝尾寺川はいくつか名前を変えて最後は大阪市街地で中島川となり大阪湾に注ぎます.西国街道が勝尾寺川を跨ぐ場所の川沿いにこのぼろ塚があります.
果たしてこの場所が徒然草の現場かどうかよくわかりませんが,道具立ては揃っています.
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尺八池(京都市)
以前にこのblogでその存在を紹介した京都市の「尺八池」に行ってきました.
京都の市街地西北の大徳寺から少し先にいった山の端にありました.もともとは農業用水の貯池として造られたもののように見受けられました.現在はこの下流に水田はほとんど残ってはいません.ネット上で調べるとこの池はかなり古いもののようですが,なぜこの池が「尺八池」という名前になっているのかは判りません.下流側の堰の上,池への入り口付近には小さな石碑がありました.私が訪問した時は土砂降りの雨だったので石碑の解読は諦めました.ネット上では解読されていますので,探してみてください.
尺八池の畔に「尺八池開運松龍辨財天」という,なんともありがたいお名前の小さな祠がありました.弁財天は一般に技芸の仏様として信仰を集めていますので,いやしくも尺八を志す者はお参りするのが良い・・・かな?
弁財天はインド土着の神様集団の出身で,はやくから仏教活動に参加し,中国での活動を経て日本に渡ってきました.約700年前の室町時代に結成された異分野融合開運活動グループ「七福神」に仏教側を代表して紅一点(注)の琵琶・ボーカルの音楽担当として参加しました.その後現在までグループ活動の傍らソロ活動も続けています.ということで,ここ「尺八池開運松龍辨財天」では祠におられますが,上越市高田の天林寺では仏教を代表して琵琶を抱かれた御本尊として座しておられ,高田瞽女の信仰を集めています.
注:もともとは性別を超越した存在でしたが,中国を経て日本に帰化するまでに女性として活動を始めたようです.
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尺八の話題ではありませんが
尺八の話題ではありませんが,ちょっとした驚きを2題
仕事で金沢の近くに行ってきました.
その途中,富山県高岡市の近くでJR列車の車窓からこんなものが見えました.おそらく給水塔だと思いますが,まだ現役なのでしょうか.同様のものを水戸市でも見たことがあります.
主張先は北陸電鉄石川線沿線だったので,仕事が終わってからそのまま少し足を伸ばして,同線の終点にある加賀一の宮,白山比メ神社(しろやまひめ神社,「メ」は口編に「羊」)に行ってきました.利用した駅が鶴来駅(つるぎ)と加賀一の宮駅(終着駅).いずれも建設後80年~90年経っている木造建築で,風情があり,とても良い感じでした.鉄道マニアと思しき若者たちが嬉しそうに写真を撮っていました.なお,同線の鶴来駅~加賀一の宮駅間は今年の11月で廃止になるようです.
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フルート
知人の関係者が取材を受けているということで,知人からあるフルートの雑誌(*)を借用しました.その雑誌を読んだところ,その取材記事とは別に,フルートの初心者向けの解説を面白く読みました.
というのは,フルートの場合はすでに標準型が決まっているものと私は漠然と考えていたのですが,どうもそうではないということなのです.
頭管部だけをとっても,リッププレートの形に大きく三種あり,歌口の穴に角型・小判型・丸型があり,歌口の穴の角度も様々とか.当然ながらこれらの違いによって音色などが異なり,アンブシュアにも影響があるそうです.しかも30年単位くらいで流行に変化もあるようです.
フルートですらこうであれば,尺八に標準型が無いのはやむをえないのかもしれません.ただフルートの場合は,このような型の違いがどのような効果をもたらすかということについては標準的な理解があるようです.
*:アルソ出版「The Flute」2009年9月号
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尺八古典本曲用四線譜(?)
暴論は承知ですが・・・・
尺八古典本曲の簡単な記譜法はないものかと構想1年余,これがそのひとつの答です.
文字譜は読みやすく,また書き方次第で微妙なニュアンスが伝わりますので,古典本曲用のgaraphical noteとしては最も優れていますが,リズムを表すのがやや苦手であることと,微妙なニュアンスまで表現するためには書道の相当な技術が必要という欠点があります.その意味では私は神譜がひとつの頂点と考えています.
五線譜は旋律のラインが視覚的に判ること,リズムや音程を正確に記述できることが長所ですが,古典本曲を記述した場合,五線譜で正確に記述したことが尺八の演奏ではむしろ演奏者の自由にまかせられていたり,逆に尺八で正確さを求められていることが五線譜上で記述できず,注釈として書かなければならないこともあります.また5線譜では,リズムが正確でない記述はかえって難しい記譜になってしまいます.両者の意図するところのミスマッチで5線譜での古典本曲の記述は実際的ではありません.
両者の中間で何か良い記譜法が無いかと考えました.無いのなら作りましょう.これを仮に尺八古典本曲用四線譜と呼ぶことにします.
尺八古典本曲の5音音階の核となる音はロ,レ,リ(ヒ)ですから,これを示す3本の線を引きます.その上に1本の補助線を引いてその上の核音(甲ロ,ヒ五など)を示し,これで4線になります.カリ音は左下がりの楕円(または太線).メリ音は右下がりの楕円(または太線).大きな楕円は長い音,音が短くなるにしたがって小さな楕円,黒楕円,太線とし,さらに早くなった場合はスラーのように線で続けます.3つの核音は線の上に書き,中間の音は実際の音高に対応して線と線の中間に書きます.必要に応じて横線で音の長さや動きを補助的に示します.甲音は上向き矢印,乙音は下向き矢印を注釈とします.基本はこれだけです.
下の譜は,昨日,某HPで公開されている或る演奏家の某古典本曲(的な近代曲?)の演奏を採譜したものの前1/3です.全く問題なくスラスラ採譜できました.文字を使っていない分,崇高さと威厳と品位は,全く!,ありませんが,実用譜としてはほぼ満足しています.メリ音の音高の指定が必要なら記譜の位置を正確にすれば指定できます.
これから実際に記譜しながらもう少し細かいところを詰めていって改善し,私用の記譜の標準になったらいいな,と,思います.また,手書きではなく,パソコン上で作成できるようにもしたいと考えています.
参考にする方は誰もおられないとは思いつつ,「ご参考まで」
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30年前の写真
少し前から古い写真を整理していたところ,こんな写真が出てきました.約30年前の学生時代の最後のころの写真で,琴古流尺八サークルの内輪の発表会です.演奏の格好だけはそれらしい風情です.長い楽譜を見ているので,結構,難しい曲をやっているみたいです.この三絃の先生は口伝でほとんどすべての地唄を習得している方で,今から思えばもっとしっかり習っておくべきでした.尺八をやってみようという若者は,こうして見ると,皆ひと癖ありそうです.私はこのすぐ後から約20年間,尺八をしまい込むことになります.地唄をあまり面白いと感じなかったことと,そもそも,就職してからお手合せをしてもらえる演奏者に出会えなかったからです.
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姫路市・北条天満神社「虚無僧塚」
姫路市の北条天満神社の参道に「虚無僧塚」があるそうです.
平安時代に8つ目イタチを諸国行脚の虚無僧が退治した功績をたたえたものだそうです.
もとより平安時代に虚無僧はいませんから,住み着いていた盗賊を行脚の武士が成敗したことの言い伝えでしょうか?
広報ひめじの記事(2008年9月) ← ここをクリック
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少しずつ練習
尺八が数ある楽器の中で特別に難しい楽器だとは思っていませんが(←他の楽器だって難しい),尺八特有の難しさの一つに,一音の中に起承転結がある場合が多いということがあると思っています.知らない人がこれを聞くと何のことかわかりませんが,直接的には一音がクレッシェンドで始まりデクレッシェンドが続いて最後に再弱音で消えていくという音が多いということです.今の私みたいにアンブシュア(≒息の吹き込み方)を変えると,一音を全うするのも大変になります.
今の練習演奏自体は結構な調子で,気持ちよく演奏しています.ただ,まだ顎の調子が完治していないので1日の練習は30分程度までに抑えています.ということで,尺八の話題はあまりありません.
昔の写真を整理していたら,約25年前のこんな写真が出てきました.佐渡旅行の写真です.
左の写真は「梨ノ木神社」.周りの小さな石地蔵は子供の病気平癒のための願掛けに来た人がそれぞれ一体の石地蔵を「身代わり地蔵」として持参したものだそうです.その数に圧倒されます.
右の写真は道端で撮ったものです.手前の石に「発明神社」,「ユカワヒデキ」,「エジソン」,「マゼラン」,「コロンブス」と彫ってありました.後方の石像は明治天皇でしょうか? もう一体は?? 手前右の石は古い墓石のようにも見えます.これは一体誰が,何を思って作ったものなのでしょうか?
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尺八演奏動画
英語勉強会でObama演説を使おうということでinternet上で探し,知人に動画サイトからのダウンロード法を教えてもらい,その教示のとおりフリーソフトを使ってその目的は達成できました(就任演説は勝利演説よりかなり難しかった).ついでにそのフリーソフトを使って「尺八」をキーワードにして動画を検索してみたら,あるある,結構な数の尺八演奏動画がアップロードされていました.つらつら見ていると今の時代の尺八界の動きが覗き見えるようです.
が...覗き見えるといえばそのとおりで,アップロードされている動画はillegal peepingと思しきものが多く,深入りするものではなさそうな印象をうけました.
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東近江市の虚無僧池
先週末に東近江市にある「虚無僧池」を見てきました.旧能登川町です.東海道本線能登川駅のすぐ近くにありました.琵琶湖東岸地域は鈴鹿山系からの湧水が多いところで,名水選に選ばれている湧水もあるのですが,この「虚無僧池」もそんな湧水の一つです.もともとは水田地域の中にあったと思われますが,今は全くの住宅地の中になっていて,現在は「湧水公園」として整備されています.今でも水が湧いています.水温が一定であることから小さな池ながら希少種の淡水魚ハリヨが棲んでいるそうです.この池の奇妙な名前は,市役所の観光課の方に伺ったところでは,昔,一人の虚無僧が足を滑らせて池に落ちた後,琵琶湖から再び姿を現したという伝説が残っているから,とのことです.虚無僧の伝説はともかくとして,昔はもっと水量があったのかもしれません.3枚目の池の写真の中央から水が湧いていました.
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大津絵「女虚無僧」
次の週末に彦根に行くということで滋賀県の検索をしていたところ,大津絵の「女虚無僧」を見つけました.大津絵の店は大津にあるのですが,今回の日程ではとても訪問できません.そこで,おかしいと言えばおかしいのですが,「大津絵の店」HPからお土産(?)として「女虚無僧」ストラップを購入しました.
「大津絵の店」からは発送とともに丁寧なメッセージをいただき,それによれば,この図柄は江戸初期の元禄時代から描き続けられたものだそうです.この「女虚無僧」の像では虚無僧と言いながら深編笠ではなく浅い編み笠をかぶっていることを不思議に思っていたのですが,そういうことならわかります.これは当時の編み笠なのでしょう.深編み笠をかぶるのは江戸後期以降のはずです.女性像かどうかは定かではないそうですが,派手な衣装でもあり,おそらく当時の流行の「ちょい不良(ワル)」虚無僧風俗を描いたものでしょう.
以下は「大津絵の店」のHPです.
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東近江市を訪問(予定)
再来週の週末に所用で彦根に行くことになっています.琵琶湖の湖東地方には鈴鹿山系の湧水があり,そのいくつかは名水として知られているようですが,その一つに「虚無僧池(こもんそいけ)」という自噴井戸の湧水が彦根市の少し南の東近江市にあります.虚無僧との関係は伝説でしょうが,せっかくなので時間を作って見てきたいと考えています.
今日,家人にたのんで尺八袋を3つ作ってもらいました.今は西陣織の伝統的な尺八袋を使っているのですが,少々使いづらいところがあります.そこで,手芸店でクッションの入った厚手のキルティング地の気に入った図柄のものを数枚買ってきました.こちらは地味めの図柄です.これを細長い袋に縫ってもらい,派手めの色でアクセントになる紐をつけました.伝統的な尺八袋から手触りのよい明るい尺八袋に変わりました.布が厚くなったので取扱いも気楽になりました.
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感謝
気がつけばカウンターが2万を越えていました.驚きました,感謝します.
こんないい加減なblogにつきあっていただき申し訳ないような気持ですが,演奏向上のための悩みを少しでも共有してもらえたら嬉しく思います.
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月不見池
糸魚川市(新潟県)の山の中に月不見池(つきみずのいけ)という池があります.藤の名所としてここでは有名なのですが,夏の様子も見てみたくて,先日,ぶらぶらと行ってきました.岩山から多数の巨岩が割れながらゆっくりと崩れ落ちて積み重なった場所で,まだ風化していない割れたままの大小の巨岩が数多く並んでいます.当然ながら人が容易に入れる場所ではないのでその岩を巨木の林が覆った自然林になっています.山からの湧水が多くて巨岩の間に大小の池があり,その最大のものが月不見池です.巨岩,大木,水となればもののけが棲んでいてもおかしくないところです.私だけがそう感じるのではないらしく,池の近所にはお寺や神社や石碑が集まって並んでいます.写真のように田んぼにも巨岩が突き出していて,田の所有者も感じるものがあるのでしょう,石にお地蔵さん(?)が祀られていました.とても不思議な地域です.
ただ,もののけ・・・と言っても,ここは夏に行くところではありませんでした.
今回,木立に入ると霧がでているほど湿度が高く,小さな虫が無数に飛んでいて,そしてクモの巣だらけ.足元は水で濡れた落ち葉で敷き詰められ,むき出た岩はコケだらけ.虫を追いクモの巣を払いながら少し歩くとすぐに全身汗だくになってしまい,もののけの気配どころではなく,写真をいくつか撮ってすぐ入口にUターン.
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雪の高田
尺八とは関係ありませんが;
私のHPに新潟県上越市(高田)の昨年の積雪の記録を掲載しました.去年は少雪の年でした.最高の積雪で36cm,積雪日数が47日でした.ちなみに,一昨年は近年では最も多かったのですが,最高の積雪が162cm,積雪日数が110日でした.
毎日の積雪量を加算したものを累積積雪量(日・cm)として,1960年からのグラフを作ってみました.ここ上越市高田は都市としては雪が多いのですが,年次変動がとても大きいことがわかります.
今年は,今のところ,最近の平年値よりやや少ないというところです.
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ある葬儀にて
JRで7時間ほどかけて郷里に帰り恩人の葬儀に出席してきました.多くの人に慕われた人でした.半年ほどの闘病の末の永眠でしたので,落ち着いた雰囲気の葬儀でした.
数年前,これとは違い悲嘆に沈んだ葬儀に参列したことがあります.この時,葬儀に流れる読経と声明が,もちろん手垢が付いたように通俗的ながら,悲しみの空間を満たす音楽として強い力を持っていると感じました.それを聞きながら一方でこれに匹敵する尺八本曲があるだろうかと戸惑いました.演奏関係者の了解だけにもとづく自己満足の演奏ではなく,聴く人と逝く人に届く音楽です.
それから数年たって,葬儀に参列しながらかつてのこの迷いを思い出し,その時に欲しかった強い力を持った祈りの曲が少なくとも2曲はあると今の私は思っています.それを私が実現できるかどうかは別問題ですけど...かつての迷いは私の未熟の故,理解不足の故だったのでしょう.
帰路の駅弁は豊橋駅の「いなりずし」でした.豊橋に行かれた方は是非どうぞ.少し味が濃いかも.
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吉田梵仙「拈評三百則不能語」その後
吉田梵仙「拈評三百則不能語」の漢文のテキストを知人の中国人(理系の大学院卒)に見てもらいました.
1時間後,その結果は「ギブアップ」でした.
ペリーさんの和訳を見て,おそらくそれらしい事が書いてあると思われるとのことでしたが,自分では読めないそうです.私が最初の2行くらいを読み下し文として読んで見せたら,何で読めるのかと驚いていました.よっぽど読めないようです.
漢字が旧字のために読めないのか,用語・文法が古くて読めないのか,ゆっくりと話す時間がなくて聞けませんでしたが,ともかく現代中国語とはかけ離れているようです.私たちが源氏物語かそれ以前の古文を読むようなものなのでしょうか.
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吉田梵仙「拈評三百則不能語」
吉田梵仙「拈評三百則不能語」1880年(明治13年)梶田勘助
国立国会図書館の明治時代文献から吉田梵仙「拈評三百則不能語」の普化禅師に関する章を私のHPに入力しました.
この本は全編が漢文です.残念ながら私は漢文が読めません.普化禅師の禅問答が書かれていると何となくわかりますがそれ以上には判りません.とりあえず漢字を並べて入力だけしておきました.
さて,今年国会図書館のHPに追加された関連文献のうち入力できるものはこれで終わりです.また新たに追加されたら検索して入力します.来年後半でしょうか.
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孤峰智サン「日本禅宗史要]
孤峰智■(←サン)「日本禅宗史要」1908年(明治41年)貝葉書院
その前に;
今朝は今年初めての積雪でした.約5cmです.ただ,この地では5cmや10cmでは誰も積雪とは認めません.たとえ一晩で40cm積もってもそれが遅刻の理由にはならない土地柄です.下の写真は今朝の自宅の庭です.当地は意外に気温が高く真冬でも最低気温が零下にはほとんどなりません.ですから積もった雪はどんどん融けます.融けるより多く降るのでだんだんと積もるのです.一昨年は一晩で40~60cm積雪の日が1週間以上続き,そして積雪が2mを超えました.去年は何10年振りかで積雪ほとんどゼロ.では,今年は?
話題を戻して;
国立国会図書館の明治時代文献から孤峰智■(←サン)「日本禅宗史要」の普化宗に関する二章を私のHPに入力しました.
「慶長の掟書」を長々と引用しているので,どうかなと思ったのですが,これについては「虚無僧徒は斯かる如何はしき御掟書並びに御條目を根據として、徳川氏の中世より丕いに跋扈跳梁するに至れり。」とのこと.普化禅師以下の系図についても「此れ固より充分の信を措くに足らずと雖も、時代の順序は畧ぼ斯の如きの徑路を辿れり」の姿勢で,虚無僧史を冷静に見ています.こういう文献こそ,記述の根拠となる文献が紹介されているとなおよかったのですが,この時代にそこまでを求めるのは無理かもしれません.
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西森武城「滑稽記事論説戯範」
西森武城「滑稽記事論説戯範」1890年(明治23年)目黒伊三郎発行
国立国会図書館の明治時代文献から西森武城「滑稽記事論説戯範」の一章「虚無僧の傳」を私のHPに入力しました.
面白可笑しいお話,というところでしょう.行為が常人と異なる「一奇僧」の話です.この僧が体現している「図る所ある者その意を得ずして図る所なき者其意を得る」ことが禅問答ッぽく,また「僧は何れの地の産なるを知らず、其名前も亦た無し」ということで,この僧を虚無僧としておいたようです.しかし話の内容が宗教とはかけ離れて生臭い.さて,いよいよ「虚無僧」ッぽいということでしょうか.「評に曰くヲヤ僧(そう)ですか」
(HPへのリンクが間違っていたので修正しました:11月27日)
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物集高見「新撰国文中学読本」
物集高見「新撰国文中学読本」1897年(明治30年)金港堂書籍
国立国会図書館の明治時代文献から物集高見「新撰国文中学読本」の一章を私のHPに入力しました.
この本は中学の国文の教科書として編纂されたもので,古典の中の漢字かな混じり文をテキストとして集めてあります.ここで引用している「山伏、虚無僧、高野聖など」の章は,おそらく聖応著「胡蝶庵随筆」(1787,天明7年)の一節だろうと思います.江戸時代中後期の随筆です.山伏、虚無僧、高野聖などを一からげにしてボロクソです.虚無僧がややこしい存在としてみられるようになったのはもっと後かと思っていましたが,早い時期,または最初から問題視されていたのでしょう.この本は中学4年生用の教科書ですが,なんで若者にこんな文章を読ませたのでしょうかね.悪い似非宗教にかぶれるなという警告でしょうか?
明治4年の普化宗の廃止は当時の虚無僧集団にとっては大変な災難だったのでしょうが,最近私が思うには,長い目でみれば,「虚無僧」にとって良いことだったのではないでしょうか.その時点で虚無僧の歴史を断ち切ったことによって,「虚無僧」という考え方が新しくなり,結果として新たな宗教的雰囲気をまとうことができたのではないかと思います.外圧によって新たなスタートを強要されることなく,しかしその後に自滅することになった場合,現在のような形で復活するのはとても難かったように思います.
さて,ようやくHPの文章の行間を調節する方法を見つけました.これで私のHPも今までより少しは読みやすくなるはずです.少しずつこれまでのページも再調整していきます.
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中島吉太郎編「琴と笛」
中島吉太郎編「琴と笛」1902年(明治35年)田沼書店
国立国会図書館の明治時代文献から中島吉太郎編「琴と笛」の尺八の記述を私のHPに入力しました.
当時の学校教育のための理科資料として編纂されたと緒言にあります.
「本書第一編に於いては東西の楽器の構造を説明し,第二編に於いては各楽器の歴史を叙し,第三編に於いては第四編の音楽の理論を理解するに必要なる音楽学の大要を述べ,第四編に於いては西洋音楽の理論の初歩を解説し,以て第五編の各楽器の合奏法を説明する準備を与えたり.」
本のタイトルは「琴と笛」ですが,記述の範囲は広くてオルガン,バイオリン,三味線,ピアノ,月琴,篠笛,明笛,尺八,一節切,銀笛,笙,篳篥,手風琴,太鼓,鼓,和琴,一絃琴,八雲琴,二絃琴,胡弓などについて記述されています.説明は当時としては判り易いものだったろうと思います.
著者は音楽学の草分け上原六四郎の弟子とのことです.
ところで,かなりの紙数を費やしている銀笛(フラヂオレット)とは何ぞや? 6孔の金属製の縦笛とのこと.「其の構造は既に読者の熟知せらるる如く簡単なればここには述べず」という記述は不気味.そういえばフルート,リコーダー(ブロックフレーテ)の説明文が無いけれど? ケーナは7孔で金属製ではないし...
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日展
六本木の国立新美術館に立ち寄って日展を見てきました.以前に見たのはほぼ25年前です.その意味でもなかなか灌漑深いものがありました.当時は洋画・日本画を中心にして何かを得たいと食い入るように見たように覚えています.私も当時は若かった.今回は書道と工芸を中心に,しかし比較的サラリと見てきました.この25年間に私もにいろいろあって変わったのだろうと思います.展示作品は力作ぞろいで会場にいると息がつまりそうでした.一方,なんとなく芸風が揃っているような印象も受けました.特に彫刻部門では人物(特に女性)像ばかりがずらりと並んでいるのには驚きました.ただ,そうであればこそ技術が競われることになるのでしょうね.書道部門では武満徹の尺八に関する文を書いている作品がありました.その文章は読んでいて知っていますが,少々の違和感があるのでそれが気になってしまうと「書」自体は目に入らなくなってしまいます.
さて,その後,歩いていると汗ばむような東京を離れ,「トンネルを抜けて」新潟県の湯沢に出ると,急に気温が下がり,雨になっていました.日本海側では冬が始まっています.
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尚文館「国民百科全書」
尚文館編輯局編「国民百科全書」1910年(明治43年)尚文館
国立国会図書館の明治時代文献から尚文館編輯局編「国民百科全書」の尺八の項を私のHPに入力しました.
この本は明治天皇の序文がある本です.どういう背景の本なのでしょうか?
さて,編集者の序文によれば,既にこの頃には百科辞典類の発行は多いが,その中で本書は「一般国民の」「実用的知識を速成すること」にあるとし,記述は「簡易通俗」とし,「摘要に止」めたと言います.
しかし,この尺八の項に限れば,尺八吹きの私にとってもとてもわかりにくい説明文で,これで何を説明しようとしているのかがわかりません.不思議な本です.
なお,尺八の音名はフホウエ式です.
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正倉院展にて
奈良特派員からの今年の正倉院展の情報です.
今年の代表的な展示のひとつに墨絵弾弓(すみえのだんきゅう)がありました.弾弓は矢ではなく丸玉を弾く弓で,もともとは武器ですが,後に遊具となったものだそうです.展示されている弾弓には墨絵で生き生きとした散楽図が描かれています.この中に縦笛の奏者が三人いました.これらの縦笛はもちろん私たちの尺八ではないでしょうが,座っている演奏者は尺八の演奏法と良く似ています.横向きに立っている演奏者はネイのように少し斜めに吹いているようにも見えます.正面を向いて踊りながら演奏している演奏者は逆手です.これらの縦笛は私たちの尺八よりやや短く,細くみえます.
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山崎恒吉「音楽と其趣味」
山崎恒吉(山崎頼有膓)編「音楽と其趣味」1906年(明治39年)
国立国会図書館の明治時代文献から山崎恒吉編「音楽と其趣味」の尺八の項を私のHPに入力しました.
音楽論の書で,古今東西の楽器や音楽史,音楽理論が広く概説されています.日本の音楽,楽器にも多くの紙数が使われていて,その中に「尺八楽」の項があります.
この本でも「尺八」の語は一尺八分の一節切に由来するとされています.また,八十四歳になる荒木竹翁の三弦と合奏での「鶴の巣籠」を聴いて,「老たりと雖も其精神や尚ほ壮者の如き」と記述しています.
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堀成之「今古雅談」
堀成之「今古雅談」(1892年(明治25年)金港堂書籍)の尺八の項を私のHPに入力しました.
本書の尺八の項の要点は;
尺八は古くから存在したものの,身分の高い者が使う楽器ではなかった.一尺八分の一節切が本来の尺八で,それが一尺八分だから「尺八」という.一尺八寸の楽器だから「尺八」というのではない.浪花のヤクザ物たちが喧嘩の道具として一節切よりもっと長く,強いものが欲しかったので今の尺八ができた.そこで「尺八は一(ひとつ)の喧嘩道具なりしのみ」.
今の尺八をこれほど貶(おとし)めて(?)いる記述は初めて見ました.この本は古今東西の面白話を集めていますので,そういう視点からの記述でしょう.なお,先日の橋本海関「百物叢談」も,この本も,また次に入力する本も,一節切の長さの一尺八分を「尺八」の語源としています.ところでこの本では一節切を「ひとふぎつ」と呼んでいます.
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戸隠で
紅葉を楽しもうと戸隠奥社に出かけてきました.残念ながら戸隠では紅葉の時期はすっかり過ぎていてもう冬の始まりでした.インドア系の愛犬を連れていたので2キロの坂を登って奥社までは登れませんでした.それでも愛犬をはげましながら山門をすぎて法燈国師母公祈願観音堂跡の入り口までは行ってきました.この手のことに全く興味のない同行者をダマしながらともかくそこまではたどり着きました.折角なので同行者に法燈国師と虚無僧の説明を始めたのですが半分も聞いてくれない・・・まあ伝説なのでそれでもいいか...
戸隠奥社では明治初期までは山門を過ぎたところから僧坊が並んでいて興勢を誇っていたようです.法燈国師の母もそういう場所にお参りしたのでしょう.今は石垣と一部の僧坊の礎石だけが残っています.当時,おそらく「仏教」+「神道」+「修験道」の信仰が行われていたのだろうと思いますが果たしてどのような信仰だったのか.私どもになじみの深い「一音成仏」という言葉の「一音」を「般若心経」という言葉に置き換えたような信仰じゃないかと推測をしているのですが,さてどうなのでしょう.そうはいっても戸隠奥社は不思議な印象を受ける場所で,その前に立っていると,そこにいろいろなものが集まってきて静かに空にたち上っていっているような印象をうけるところです.ここが信仰の場所に選ばれたのは私は理解できます.
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橋本海関「百物叢談」
国立国会図書館明治時代文献の橋本海関「百物叢談」の尺八の記述を入力しました.
「管絃記」や「吉野拾遺」などを引用しながら伝説的な尺八の歴史譚を記述しています.
「尺八といへるは日本にて定たる名」であって「節を一ツこめて一尺八分に切るゆゑに名とせり」という説は私は初めて読みました.一節切尺八のことを言っているのだと思います.同様な説はあるのでしょうか.
「竹の細きと太ときににより調子もちがふゆゑ調子定ありて定まらず」とは,初期の楽器ならそういうものなのでしょうね.
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川本逸童「尺八独習初歩」
国立国会図書館明治時代文献の川本逸童「尺八独習初歩」の一部を入力しました.
筝・三弦との合奏の場合には,やはり,八寸管または九寸管のいずれかとしています.岩津庄兵衛「一閑流尺八本曲独習解」での記述と同じです.
合奏についての注意書の部分では当時の三曲合奏の様子が伺えます.筝・三弦は多くの場合に譜面無しの口伝で習っていたようです.その結果,同じ曲でも演奏が異なる場合があるので,そのような場合は尺八の方が筝・三弦に合わせることが必要とのことで,その逆ではないようです.著者の譜面は「數多ノ專門家ト合奏シテ正確ト認メ得ルモノヲ採用シタ」にもかかわらず,演奏ごとに尺八は筝・三弦の演奏の方に合わせるのだそうです.やはり三曲合奏に後から参入した者としての礼儀があったのでしょうか,それとも遠慮? それとも尺八はあくまでも「伴奏者」としての立場との認識でしょうか.
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極道酔人「尺八音譜集 第三編 雑曲集」
極道酔人「尺八音譜集 第三編 雑曲集」
国立国会図書館明治時代文献の極道酔人「尺八音譜集 第三編 雑曲集」の一部を入力しました.
「尺八ハ高尚」なので「俗曲ハ好ンテ吹クベカラザルモノ」だけれども,「隠シ藝トシテ酒席等ノ座興ニ」演奏することもあるので,この譜を出版したとのこと.明治時代末の尺八風俗が垣間見れるようです.
そういえば,先日は,私も「酒席」で根笹派の本曲を演奏したような...
この本には月刊雑誌「尺八界」の広告があります.どんな雑誌だったのか興味があります.
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国立国会図書館「明治時代の文献」
国立国会図書館で公開されている明治時代文献が今年の春に追加されていました.そこで以下の11冊の文献を新たにダウンロードしました.これらは私のHPの「明治時代の文献」に追加しておきました.重要な部分,面白そうな部分を少しずつテキスト化していますが,なかなか進みません.
尺八:山崎恒吉(頼有膓)編「音楽と其趣味」1906年(明治39年)
尺八:堀成之「今古雅談」1892年 (明治25年)
尺八:尚文館編輯局編「国民百科全書」1910年(明治43年)
尺八:中島吉太郎編「琴と笛」1902年(明治35年)
尺八:橋本海関「百物叢談」1903年(明治36年)
尺八演奏法:中尾都山「尺八音譜解説」1908年(明治41年)
文学:桜井祐男「生を教育に求めて」1921年(大正10年)
文学:吉田絃二郎「草路」1921年(大正10年)
文学:西森武城「滑稽記事論説戯範」1890年(明治23年)
文学:柾木正太郎「敵討御堂前実記」1888年(明治21年)
普化宗:物集高見「新撰国文中学読本」1897年(明治30年)
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岩津庄兵衛「一閑流尺八本曲独習解」
岩津庄兵衛「一閑流尺八本曲独習解」1897年(明治30年)愛知堂
この本も昨日の小川「尺八獨稽古」も共に国立国会図書館の公開書籍です.
関係があると思われる部分をテキストとして入力しておきました.
「尺八獨稽古」
この本は別本として出版されている楽譜(本曲,外曲)の解説本のようです.本書掲載の出版広告に「一月寺冷法寺両本山吹合正印附 尺八本曲譜」があります.明治30年には両寺の伝承があったようです.著者は荒木古童とその同時代人に接する機会があったのでしょう.この譜本がどこかにあるといいのですが...
ところで何故「鈴法寺」が「冷法寺」なのか? 「器譜共に專門大家に乞ふて一々削正を加へ努めて其完全を期す」とうことですから知らなかった訳がなく,あまり漢字にこだわらなかったのか??
「筝三絃等に合するには成べく音調低き方宜しきゆゑ尺八は一尺八寸より九寸位の竹を用ふべし」これは地唄のことだと思うのですが,当時の地唄(著者の周りでは?)は今より音程のピッチが半音ほど低い演奏だったのでしょうか??
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小川儀蔵「尺八獨稽古」(西園流)
小川儀蔵「尺八獨稽古」1891年(明治24年)
5月ころにこの本を紹介しましたが,この中に尺八製作法が書かれていましたので,テキストとして紹介します.
http://homepage3.nifty.com/umiosa/literature3/ogawa.htm
所謂「十割法」と「九割半法」が紹介されています.どちらが良いと云うのでなく,両方紹介されていますが,どちらを採用するかで音律が違ってくるはずで,それでもどちらでも良いのでしょうか? また,管長に対する孔の位置として製作法が紹介されていますが,音律の調整については全く言及されていません.「正確な位置」に孔をあけることが「合式」で,音律を合わせることは重要ではなかったのでしょうか? とても不思議です.
さて,以前に紹介したとおりこの本には「山夜」,「戀慕」,「瀧落し」,「鶴のすごもり」の4曲の本曲の譜が紹介されています.外曲として地唄の譜が9曲紹介されていますが,いずれも中伝以上の本格的な曲です.
著者は愛知県犬山町(たぶん今の犬山市)在住です.そこで,ひょっとしたらと考えて先日のろめいさんがblog(日曜虚無僧)で紹介されている西園流「三谷」の演奏と比べてみたところ,そのとおり,西園流の譜でした.
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海底古木(の中の竹)
7月16日の中越沖地震のあと,震源地に近い柏崎市から出雲崎町の海岸に古木の切れ端が大量に出現しました.調査によってこれは縄文時代中期から後期(3100年から6500年前)の木が海底に埋まっていたものであることがわかりました.新潟県がこれを配布してくれるというので,早速,出かけてもらってきました.古木の多くは10~20cmに折れ,削られて丸みを帯びていました.当時の大災害で一気に流され,土石流の中で削られ,海底深く(数10m)土と共に沈んでいたと考えられます(他の推定もありえる).地震によって長い眠りからさめて出現したのです.地史のロマンです(と,感じるのは私だけ?).ただかなり風化していて,空気に触れて乾くと崩れてしまいそうです.
ところでその中に竹を見つけました.縄文時代の竹? と,尺八吹きの私は一も二もなく拾ってきましたが,よく考えれば,マダケは中国原産の帰化植物なのでおそらく縄文時代に国内にはマダケは無かったはず.地震のどさくさの中で海底古木といっしょに海岸に浮いていて,まとめて陸揚げされたものでしょう.残念...
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「授業をふける」
かねてから疑問に思っていたことひとつ:
「ふける」という動詞があります.
同音意義語が多くある中で(老ける,更ける,耽る・・・),漢字が使われていない自動詞で逃げて姿を消してしまう意味の語があります.
「逃げだす.脱けだす.姿をくらます.」例:授業をふける(大辞林)
「逃げる.」例:侍はふけった,ふけった(大辞泉)
「逃げる.行方がわからなくなる.駆け落ちする」(広辞苑)
少々,古い言葉ですね(「授業をふける」はその昔に使った覚えがありますけど).
語源が気になって調べても判らないのですが,これって,臨濟録の中の普化禅師の逸話;
市人競往開棺 乃見全身脱去 祇聞空中鈴響 隱隱而去
(普化禅師が入っているはずの棺桶を開けてみたら中は空っぽで,空中から鈴の音が響いていていて,それが次第に消えていった)
に由来する言葉なのでしょうか?
誰かご存知ないでしょうか?
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山形県鶴岡市にて
先週,山形県鶴岡市に行ってきました.半日の自由時間があったので,ホテルで借りた自転車にのって市内観光をしました.
鶴岡市の中心に鶴岡城跡があり,ここに歴史的建造物が集められた至道博物館があり,またその近くにも幾つかの歴史的建造物がありました.明治から大正にかけて建設された擬西洋建築の3棟が良い保存状態で残っていました.ちなみに私の住んでいる上越市にも1棟が保存されています.その内の一つが写真の大宝館(1915年の完成)です.現在は郷土人物資料展示施設として使用されていました.その展示の中に佐藤忠三(1896~1976)の展示がありました.剣道の達人だったそうですが,尺八・書道もプロ並の腕だった由,愛用の尺八の展示がありました.
市内の南岳寺には鉄竜海上人の即身仏があります.拝観はできないだろうと思いながらも訪問してみたところ,丁寧な説明をしていただきながらゆっくりと拝観ができました.同じ部屋に故人の生き生きとして力強い書が何幅もの掛け軸として展示されていました.生と死が同居しているような空間で,とまどい立ちすくんでしまいました.即身仏というのは真言宗の現世利益と修験道が結びついた考え方のように感じます.自然な気持ちとして敬意は払いますが理解はなかなか難しそうで,遠い国の宗教のように感じます.ここ上越市からJRで約4時間ですが.
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通訳ボランティア(のお手伝い)
日付は遡りますが,また尺八には関係ありませんが,8月10日~12日に上越市で汎太平洋BMX選手権大会が開催されました.いろんな経緯でこの上越市に国際大会級のBMX(バイスクル・モトクロス)のコースがあるのです.今回の大会には,海外8か国からも約30人の選手が参加しました.私はボランティアで通訳のお手伝いをしました.写真は競技に先立つ練習風景と,上越市が競技前日に外国人選手を招いて開いたパーティーの様子です.体育会系なので元気の良いパーティーでした.こういうときはバンドに出てきてもらって歌でも歌うといいのでしょうが,「市」はそこまでの色気はないようです.尺八は似合いそうもない.もっとも試合前日のパーティなのでアトラクションが無くてもお互いのご挨拶だけで充分かもしれません.それにしても選手は誰一人としてアルコールを飲まなかったのには驚きました.体調管理とドーピング対策だそうです.
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感謝
うっかりしていたら,いつの間にかカウンターが1万を超えていました.
こんな独り言のブログにお付き合いいただき,ありがとうございます.周囲に尺八仲間がいないので,このwebの中でつながりができていることはとても心強く感じます.
最近の変化として,周囲に尺八仲間は依然としていないものの,異分野の好事家の仲間のつながりが出来つつあるので,楽しみにしています.
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地震
今朝の地震には驚きました.ここ新潟県上越市は震度6弱.私にとってはこれまで体験した最大の揺れでした.2004年10月の中越地震の時は震度5でした.そのときに比べて大きく,また激しい揺れでした.
幸い,私のまわりの上越市では目立った被害はほとんどありませんでした.前回の地震以来,市町村合併によって震源地の柏崎市に近いところまで「上越市」になりましたので,報道によれば,そちらでは断水などの被害がでたようです.
私の自宅も,近くにある職場でも,もともと不安定に置いてあったものが落下したり,引き出しが出てしまったり,窓があいてしまったり....という程度の「被害」で済みました.
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酒井松道氏CD
少し前にCDを購入しました.
《鶴の巣籠》五態 酒井松道(尺八助演 志村禅保)
布袋軒 鶴之巣籠
蓮芳軒・喜善軒 鶴之巣籠
明暗対山派 巣鶴
明暗対山派 鶴巣籠
竹保流尺八本曲 鶴の巣籠
対山派の両曲はかつて簡単におさらいをしたことがありますが,その時の印象とあまりに違っていて驚きました.若気のためか当時は全く理解できなかったのですが,そうか,こういう曲だったのか.何と,シュールな演奏...合いの手が入って更にシュール度がアップ...
これなりにとても楽しい曲です.演奏者はどう思って演奏しているのかは判りませんが,聞いている私は楽しみました.ただこれを「尺八経」(対山派譜面)と言うとかなり違和感があり,ましてや虚無僧姿でまじめに演奏するとなにやらちぐはぐの感があります.このあたりが直情的だった若いときに理解できなかったのかもしれません.
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石原即聞「日本仏教史」,小川儀蔵「尺八独稽古」
私のHPの明治時代文献のページに石原即聞「日本仏教史」の普化宗の関係部分と,小川儀蔵「尺八独稽古」の本曲譜リストを記入しました.
こうして明治期の仏教書を幾つか見てみると,普化宗を仏教の一派として一定の地位を与えているものがあることがわかります.ただ,どれを見ても普化宗の宗教教義の記述は少なく,「虚無僧」集団としての扱いのように思われます.また,いずれの書籍でも,明治四年の普化宗・修験道廃止前後の明治政府の動きは,ほぼ同時代であるだけに生々しく記述されていると感じます.廃止される方に宗教弾圧という抵抗が見られないので,廃止もやむを得ないという意識があったのでしょうか.ところで,修験道も普化宗と同時に「廃止」されたことを私は知りませんでしたが,修験道はその後現在までに宗教として見事に復活していますね.
小川氏著の「尺八独稽古」には「鶴のすごもり」が外曲と本曲の各一曲の譜が掲載されていますが,いずれも実際上は尺八の独奏曲とのことです.
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上村雪翁「尺八独案内」
竹兄ろめいさんが上村雪翁「尺八独案内」を入手して読んでいるそうです.私は,安直に,国会図書館でオープンになっているデータベースから同じ本をダウンロードしています.こちらは矢島誠進堂から1895年(明治28年)に発行されたもので,おそらく初版ではないかと思います.曲名の変な(?)読み方をろめいさんはご「愛嬌」と紹介していましたが,明治28年から大正期までずっとこのとおりだとすると,本気ではないでしょうか.おかしな読み方はいっぱいあります.根拠はなんだったのでしょうかね? また,古伝三曲はともかく,秘曲の区分が今とかなり違うみたいです.それにしても,いつもながら,ろめいさんはすごいですね.
解説に出てくる本曲の曲名
古伝の三曲
霧海■鈴慕(むかいこれいぼ)[■はタケカンムリにトラ:つまり「ジ」!]
虚空鈴慕
真虚霊
本曲名目
鉢返調(はちかへしのしらべ),瀧落曲(たきおとしのきょく),秋田管垣(あきたくだかき),転管垣(てんくわんけん),九州鈴慕(きうしうれいぼ),志図曲(しづのきよく),京鈴慕(きやうれいぼ),盤渉調(はんしやうちやう),琴三虚霊(きんさんきよれい),吉野鈴慕(よしのれいぼ),栄獅子(さかえじし),打替虚霊(うちかへきよれい),葦草鈴慕(ゐそうれいぼ),伊豆鈴慕(いづれいぼ),鈴慕流(れいぼなが)シ,下野虚霊(しもつけきよれい),目黒獅子(めくろじし),吟龍虚空(ぎんりようきよくう),佐山管垣(さざんくわんけん),三谷管垣(さんこくくわんけん),下(さか)リ葉曲(はのきよく),波間鈴慕(はかんれいぼ)
秘曲
巣鶴鈴慕(そうかくれいぼ),鹿遠音(ろくえんいん),曙調子(あけぼのちやうし),雲井調子(くもゐのちやうし),
本曲の譜面は以下の2曲(フホウエ式)
鶴(つる)の巣籠(そごも)
本曲鈴慕(ほんきよくれいぼ)
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虚無僧墓伝説
私のHPに,千葉県香取市(旧山田町)の虚無僧墓を追加しました.この虚無僧墓がある場所の字名が「こものはか」です.仇討ちに敗れて死んだ虚無僧の墓という言い伝えだそうです.各地の虚無僧墓はこのような血なまぐさい伝が多いですね.墓が大切にされていることは良いことです.
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明治時代の尺八資料追加
HPの明治時代文献のリストに幾つかの文献を追加しました.
また,以下の3つの文献の尺八に関係した部分を入力しました.
しかし...こうして入力してみると,当時の文章は意外に字数がすくないものなのですね.(その割には入力が大変ですが)
「当世名家蓄音機」
荒木竹翁のインタビューです.以前に一部をこのblogで紹介しました.伝説部分はさておくとしても,普化宗廃止時に虚無僧寺に在籍した人の話です.私のパソコンでは入力できない字が幾つかありますが,虚無僧尺八関係者なら良くご存知の字です.そのうちVistaに乗り換えたら修正します.
「さへづり草」
編集者によれば,天保年間から文久三年(1863年)までの約30年間に雀庵長房が「見聞に任せて座右消閑にものしたるもの」を明治時代に井上頼■(こく)が収集したものだそうです.この中に暮露の記述があります.ただ,ここでは「暮露=ぼろ=襤褸(ボロ)」とされています.
「徒然草」
ご存知,宿河原での決闘の話.
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毎日写真グラフ記事
毎日新聞のフォトバンクで「虚無僧」を検索すると,1951年12月20日の写真雑誌「毎日写真グラフ」に虚無僧の記事があることがわかりました.同年の11月19日に京都市で撮影撮影された虚無僧(たぶん3人)の生活と托鉢の写真記事です.
実際の写真はそのHPで見てもらうことにして,11枚の写真の概要は次のようなものです.
1.月に二回,明暗協会に虚無僧たちが集る.
2.虚無僧は観光客の集まる場所にも出かける.
3.家で尺八を作り,指南している専業者.
4.旦那さんは会社員,奥さんが琴と長唄の先生.その余暇に托鉢に出る女虚無僧.
5.子供を近所に預け,食事の用意をしてから托鉢に出かける女虚無僧.
6.托鉢の後,わが家に帰ってきて初めて母の笑顔を見せる女虚無僧.
7.奥さんが入院して四人の子供の面倒を見る虚無僧.托鉢が終って夕食を買って帰る.
8.普通の家ではあまり歓迎されないが,商売人は「吹き込む」として虚無僧の来るのを喜ぶ.
9.街頭に立つ傷痍者に出会うと,托鉢した金を割いて反対に恵む.
10.虚無僧と会ったときの吹き合わせのエチケット.
11.京童は虚無僧姿をあまり怖がらない.
ところで,この人たちは何のために虚無僧姿で托鉢をしているのでしょうか? 仏教の修行や普及のためとも思えないし,演奏という演芸の対価としてお金を受取ってるとも思えません.自分の生活費の足しにしているような文脈にも読めますが...??
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国立国会図書館蔵書から
このところのストレス解消の気分転換のつもりで,文献の入力を続けました.
「諸芸人名禄」には明治初期の東京の尺八演奏家の名簿が掲載されています.明治8年ですから普化宗廃止の直後ですね.
「翁草」には尺八本曲「夕暮」の成立逸話の伝説が書かれています.
「通俗十七宗綱要」と「日本仏教史綱」上・下は普化宗の解説,後者には明治初期の明治政府の仏教管理政策が記述されています.いずれも明治中期の出版で,普化宗廃止から時間がたっていないころです.
ところで,2年半ほど前に調べてリストアップした虚無僧関係HPのリンクを確認してみたところ,半数以上がリンク切れになっていて,ショックです.仕方ないですね.今,新しいリンクを探す手間がありませんので,興味があればリストをキーワードとして利用してください.旧島津藩領内に「虚無僧踊り」という芸能がいくつも伝承されていることはとても面白いと思いました.天蓋をかぶり,尺八を持って踊るのです.南九州に虚無僧寺があったという話は聞かないので,何でここにあるのか不思議です.
ここです ⇒ 虚無僧遺跡,虚無僧資料,虚無僧踊りなど
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竹友社HPで・・・・
竹友社のHPで私のHPとこのblogが紹介され,また分不相応な褒め言葉をいただき恐縮しています.田舎の素人尺八吹きとしては少々戸惑っていますが,正直言って,職場や家庭で褒められるよりもずっと嬉しいですね.竹友社HPの雰囲気は好きですので,声を掛けていただいたことを感謝しています.
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斎藤弔花「都山小伝]
国立国会図書館蔵書から
斎藤弔花「都山小伝」1911年(明治44年)
若き中尾都山が尺八を手にして,京都明暗寺に赴いて「虚無僧」になった経緯の前後を入力しました.
読んでみて少し思うところがありますが,それはまた,他日に.
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関如来「当世名家蓄音機」その2
国立国会図書館蔵書から
関如来「当世名家蓄音機」1900年(明治33年)その2
荒木古童のインタビューが記述されていて,末期の一月寺での虚無僧の様子が語られています.古童は1844年(天保15年)から1871年(明治4年)まで一月寺と鈴法寺に用達(←これ何?)として勤めていたと言っています.
========
虚無僧と言へば,昔は誰れでも彼れでも,尺八を吹いた者だと思ふと間違いだ,尺八を吹くというのは,住持(じゅうじ=一寺の主長の僧)と外(ほか)二三人位で,あとは吹くのではない,鳴(なら)すのだ.
さて虚無僧は朝未明に起(おき)ると,暫時(しばし)は無言の行で,往時まづ普化禅師の像に向って合掌する,次に役僧(やくそう),法弟(ほうてい),カクマイ(隠匿)・・・・これは隠匿(かくま)はれて居る浪人で,始めは直ぐ法弟(でし)とはせず,永い間カクマイという名で其人物を試し,愈々(いよいよ)これなればと見抜いた上で,本人の志により,我宗門に入れるので,これから武士は両刀を一竹にかへて,全くの虚無僧になる,・・・・と順次三十人が三十人,残らず合掌をすませて後(のち)朝餐(あさめし)にかかり,四ツ時分(今の十時)から七ツ時分(今の四時)まで,天蓋に尺八を手にして表へでるのだから,虚無僧といへば誰れでも,尺八を吹く様に思はれるが,そうではない.
吹くといふのは,なかなか容易の事では出来ず,多年の習練に因って,初めて許されるのだが其時には必ず立寄られて,御晝餐(ごちゅうさん)の御小憩所(おこやすみところ)と定められる例となった.
========
( ):「住持」以外は原注です.
「吹く」と「鳴す」の違いがよくわかりません.また,3段落目の文が前文と文意がつながっていないので何を言っているのか不明です.が,ともかく,これが江戸末期の一月寺の様子でしょう.虚無僧とその見習が概ね30人くらいいて,法器尺八の演奏が自由に(?)に許される高位の者はそのうち数名ということでしょうか.
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関如来「当世名家蓄音機」
国立国会図書館蔵書から
関如来「当世名家蓄音機」1900年(明治33年)その1
各界有識者28人にインタビューして,本人談の形式で斯界の様子が記述されています.この中に二代目荒木古童の談があります.
一月寺の仙石騒動,普化宗の由来と日本への伝播と国内での展開,一月寺の歴史と同寺での虚無僧の生活ぶりなどが語られています.
古童は1844年(天保15年)から1871年明治4年まで一月寺と鈴法寺に用達(←これ何?)として勤めていたと言っています.そして1871年11月の普化宗門廃止の際に一月寺の什器類を預かって所持しているとのこと.
記述された談話のうち,歴史部分は伝聞(=伝説)がほとんどでしょうが,経歴からして末期の一月寺の様子や虚無僧の生活ぶりは実話でしょう(次回へ).
古童は一月寺の喜国(きこく),小烏(こからす)という二人の豪傑の雲水が使った尺八を持っていたそうです.喜国の尺八が長さニ尺一寸八分で周囲八寸,小烏のものが長さ二尺四寸で周囲九寸だそうです.著者のインタビュー時に実物があり,著者はそれを見て「共に煤けて割れたる,古色蒼然として三百年以上のものなり」と書いています.
「三百年前」は怪しいにしても,江戸期(末期か?)の虚無僧も長管を使ったのですね.そしてずいぶんと太い竹もあったということですね.今の尺八は周囲4寸(約12cm)くらいでしょうか,5寸(約15cm)ならかなり太いほうでしょう.
原文の一部は近日中にHPに書き込みます.
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「明治時代文献」まとめ
国立国会図書館のHPからダウンロードした明治時代の文献を私のHPに追加しました.また,数が多くなったので整理しました.国会図書館での検索はとりあえずこれでお休みとして,これからは読み込んでいくことにします.
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上原六四郎「荒木古童翁之小伝」
国立国会図書館蔵書から
このところの勢いにまかせて上原六四郎「荒木古童翁之小伝」を入力しました.
荒木古童が上原の記譜法を習い,地唄の尺八譜を書いた経緯,尺八の製管法を工夫して「十ニ律」に合う尺八を製作した経緯なども書かれています.(入力できない旧字が多々あります.いずれVitsaに更新したら対応します.)
時代の雰囲気が伝わってきます.ご参考まで.
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啓蟄
雪国に暮らして10年になります.太平洋側の生活からは考えられませんが,こちらでは11月からは曇り~みぞれ~霰~雪の日が続き,陽の光を見ることがほとんどありません.ところが,3月初旬になると,雲が晴れ,明るい空がある日突然にやってきます.この日から春になったと確信できる日があるのです.今年は,まさに今日がその日でした.暖冬だった分,今年は1~2週間早かったようです.気候も気分も今日から「啓蟄」です.
あまりに嬉しくて,尺八以外のことを書かないという禁をやぶってしまいました.
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阪井弁「明治畸人伝 その2
国立国会図書館蔵書から その5
阪井弁「明治畸人伝」から川瀬順輔の言葉を引用したところ,@単管丸さんにいたく喜んでいただきましたので,調子にのって,同書の「川瀬順輔」と「荒木古童」の項の全文を私のHPにアップロードしておきました.今回は,できるだけ旧字のままとし,句読点等も原文どおりとしましたので,とても読みにくくなっています.(@単管丸さんへ,読みにくかったらコピーしてご自身のワープロ上で拡大して読んでください).
原著pdf(抜粋です)が必要ならご連絡ください.
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CD入手
ここ2週間の間に2つのCDを入手しました.
海童道祖「海童道の世界」
樹海
鹿の遠音(道曲)
日本今様
青い土(道曲)
LPは絶版,CDは未発売なので,LP音源を入手しました.いつものとおりとても魅力的なのですが,真似て真似られるものではなく,学んで学べるものでもなさそうです.「日本今様」で典型的のとおり,尺八楽と言うよりは総合芸術の世界です.
浦本淅潮「浦本淅潮の尺八」稲垣衣白・高橋呂竹編
(財)日本民謡協会
調子(虎眼作 一尺八寸管)
虚空(虎眼作 一尺八寸管)
布袋軒鈴慕(小笠原清太郎作 一尺九寸管)
大和調(小笠原清太郎作 ニ尺ニ寸管)
阿字観(小笠原清太郎作 ニ尺ニ寸管)
阿字観(小笠原清太郎作 ニ尺ニ寸管)
三谷(小笠原清太郎作 ニ尺ニ寸管)
追分(小笠原清太郎作 一尺九寸管)
これでいいのだという強い音の数々は説得力があります.
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文献類のまとめ
昨年末にこのblogに幾つか書いた「文学作品の尺八」を私のHPにまとめておきました.
今後も少しずつ追加します.
また,最近,国立国会図書館で公開されている明治時代の文献の中から,尺八に関係した文献を入手しましたので,それのリストをやはり私のHPに列挙しておきました.
少しずつ解題を書いていくつもりです.ただし,時間がかかりそうです.
これらの作品・文献はすべて著作権フリーなので,必要とされる方には配布できます.
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阪井弁「明治畸人伝」
国立国会図書館蔵書から
その4 阪井弁「明治畸人伝」1903年(明治36年) (「弁」は旧字)
この本の中に48人が紹介されていて,その中に尺八家として川瀬順輔があげられています.幼き頃からの尺八の名手で,富や名声を求めず尺八楽の追求に生涯を捧げた人物として記述されています.さて,そこに川瀬順輔が著者に語ったとされる言葉が引用されています.
「今や楽界の革新期なり,尺八の如きも琴古流の如きに至っては単に琴曲の伴奏者として生命を存ずる者のみ,これ豈(あに)楽器の本来ならんや,然れども其本曲に至っては,古来虚無僧なる者の読経代用の為に作曲せし者なるが為に,余りに陰気にして正しき音楽とは云うべからず,これ新たに作曲を要するの時なり,然るに世の音楽家多く姑息の状態に安んじ,少しく進取的の態度に出づる者を目するに山師を以ってす,是れ憂うべきのことなり,而して其作曲に意ある者も,衣食に資せんが為に,教授を専門とせざるを得ず,故に熟思考慮するの暇無し,歎ずべき哉」(新字で引用)
強烈ですね.三曲での尺八の演奏は「単に琴曲の伴奏」で「楽器の本来」ではなく,また本曲を「正しき音楽とは云うべからず」とし,「新たに作曲」しなくてはならないが世の中はそれができる状況ではないとのこと.川瀬順輔はどのような音楽を求めたのでしょうか? 私は地唄や本曲が悪いとは思いませんが,最近の若い演奏家の活動をみていると,私見ですが,100年たってようやく川瀬順輔のフラストレーションへの回答が出始めたかなとも思います.
なお,この本には荒木竹翁(二代古童)についても48人のひとりとして少々の記述があります.
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昔の尺八の値段
以前,ろめいさんから大正時代の尺八の値段を教えていただきました.
1923年(大正12年) 琳風社 低級10円~高級100円 竹友社川瀬先生水野呂童先生監修琴古流尺八, 青木楽器店 低級8円~高級100円 青木誠造.
上村雪翁「尺八独案内」に明治時代の尺八販売の広告を見つけました.
1895年(明治28年)京都俣野眞龍製造尺八 極上壱等 3円,ニ等 2円50銭,~ 六等 80銭,番外 60銭.
比較するものがないのでまた以前のように米価で比較すると,10kg当たりで1895年には69銭,1923年には2円18銭です.この間に米価は約3倍になっています.一方,尺八は安いものが約15倍,高級品は約30倍ということになります.
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新文献(偽)
このような文献を見つけました(ウソです).
尺八の表四孔は水,金,地,火の地球型各惑星を表し,中を抜く管孔は火星軌道に外接して公転する小惑星群ヴァンアレン帯を表し,裏一孔と上下二孔は木,土,天王のガス型巨大惑星を表し,継ぎ手に現れる上下二孔は海王,冥王の二惑星を表すが,冥王星の惑星資格を欠くにより継ぎ手を継いで二孔を合わせて一孔とす.かくの如く尺八は太陽系を表し,その音は地球を発し太陽系隅々まで響くものなり.
尺八の表四孔は生命の根幹たる遺伝子を構成するDNAの四要素なるアデニン,シトシン,グアニン,チミンの四塩基を表し,裏一孔はRNAでチミンに替わるウラシルを表し,管中を貫く管孔は細胞の中心に縷々として存在するDNA分子を表す.七節六節間を掛けた七六四十ニは人の染色体四十ニ本を表し,また七節六節間五孔に上下のニ開孔を加えた二十は生物を形作る二十アミノ酸を表す.かくの如く尺八の音は演奏者聴者の細胞の隅々まで沁み入りその分子の一つまでことごとく響振させるものなり.
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明治時代の尺八資料 2
国立国会図書館蔵書から その2
川本逸童「ヴァイオリン尺八追分節」東京尺八講習会,1912年(明治45年)
変な書名だと思ったところ,これがとんでもない楽譜でした.書名どおりの追分節の楽譜なのですが,尺八用のロツレチ譜と,ヴァイオリン用と称する五線譜と,さらにそれらで表しきれない細かな節回しを「図解」譜で記述してあります.この時代にこんな試みが行われているとは驚きました.この図解譜が秀逸で,もし記述されている音程が正確なら著者は相当な耳を持っていた人です.尺八は2尺1寸管の音程に相当します.尺八譜と五線譜はほぼ正確に対応しています.五線譜には,尺八のユリの指定は書かれていないものの,それ以外は装飾音も含めて同じ旋律がすっきりと書かれています.五線譜は手書きです.この五線譜をもう少し工夫すれば,実際の旋律をかなり正確に表現できるのではないでしょうか.このような曲の場合は,五線譜のほうがロツレチ譜より正確な記録が可能だと思います.
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明治時代の尺八資料
このところ,国立国会図書館ホームページの尺八関係の本を眺めていますが,その中から...
著者がどこまで本気かわからないものの,ここまで理屈を並べられるのはたいしたものです
藤田松調「尺八音譜解説」1910年(明治43年)の序文の一節;
笛(←尺八のこと)は陰陽五行を表し天象にも象(かだど)る所あり唄口の半月形なるは大陰の象り管尾孔の円形なるは太陽に象り表孔四箇を有するは四季を表し裏孔一箇は四季相通ずる所の土とし指頭を用いて抑放するは相生相尅(こく)に比す七節あるは東西南北天地人を表せしものにして之れを四倍すれば四七ニ十八宿と為り定寸一尺八寸表裏合して三尺六寸は三十六禽(きん)を象り尚又四倍して七十ニ候を表し歌口を陰とし管尾を陽とす斯の如く天地陰陽等の徳備はり正雅嚠喨(りゅうろう)の音を発す楽は人の性情を安んじ楽ましむるの神器なり就中(なかんずく)尺八の如きは邪念を払ふに於(おい)て特に適(かな)へるものとす
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年頭のご挨拶
新年あけまして,おめでとうございます.
尺八については今年の抱負としては今のところ特段のものは無く,なんとなく楽しんでいきたいと思っています.
これまでに習得した曲を仕上げていくことになると思います.
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年末のご挨拶
blogを初めてほぼ1年半になります.半年くらいは続くだろう,でも1年が限度かと思っていましたが,まだまだ続きます.
こんな勝手なblogでも読んでくださる方がおられることには,驚くと共に感謝の念が絶えません.今年はこれで終わりです.新年は10日ころから再開します.
よいお年を!
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尺八の音は?
文学作品の尺八シリーズ:その9 番外編
尺八の音はどのように聞こえるか?
幾つかの作品からの抜粋です.
樋口一葉:「あきあわせ」から「月の夜」
村雲(むらくも)すこし有るもよし、無きもよし、みがき立てたるやうの月のかげに尺八の音(ね)の聞えたる、上手ならばいとをかしかるべし、三味(さみ)も同じこと、琴(こと)は西片町(にしかたまち)あたりの垣根ごしに聞たるが、いと良き月に弾く人のかげも見まほしく、物(もの)がたりめきて床(ゆか)しかりし
Yatouの感想;
秋の夜の風情でしょうか,実にさわやか.この尺八はゆっくりと静かに流れる音だと思います.地唄か筝曲の前唄あたりの印象をうけます.手事の印象ではない.尺八本曲にも静かなものがありますが,月との取り合わせでこの文章の雰囲気とは違うように感じます.
徳田秋声:「足迹」
広々した廓内(くるわうち)はシンとしていた。じめじめした汐風(しおかぜ)に、尺八の音(ね)の顫(ふる)えが夢のように通って来て、両側の柳や桜の下の暗い蔭から、行燈(あんどん)の出た低い軒のなかに人の動いているさまが見透(みすか)された。
Yatouの感想;
狂おしいほどに陰鬱で艶かしい雰囲気づくりに「尺八の音」の語が寄与しています.個人的には,あまり浸りたく無い雰囲気.
北原白秋:「邪宗門」から「といき」
大空(おほそら)に落日(いりひ)ただよひ、
旅しつつ燃えゆく黄雲(きぐも)。
そのしたの伽藍(がらん)の甍(いらか)
半(なかば)黄(き)になかばほのかに、
薄闇(うすやみ)に蝋(らふ)の火にほひ、
円柱(まろはしら)またく暮れたる。
ほのめくは鳩の白羽(しらは)か、
敷石(しきいし)の闇にはひとり
盲(めしひ)の子ひたと膝つけ、
ほのかにも尺八(しやくはち)吹(ふ)ける、
あはれ、その追分(おひわけ)のふし。
Yatouの感想;
この場面で「追分のふし」というのには,違和感を感じます.曲のイメージより語感優先?
辻潤:「『享楽座』のぷろろぐ」
虚無の大象に跨がり 毒々しい紅百合を嗅ぐ
サルダナパロスよ!
しばらく月光の下に汝の従順なピエロオと戯れろ その時 汝の尺八は幼稚なトロイメライを奏でて 汝の胸の冷蔵庫に秘められたドス黒い心の臓に 真赤な旋律を
点火するであろう
Yatouの感想;
何を言っているのか良くわかりませんが,尺八でトロイメライを演奏すること自体が幼稚な感じがしますけど....
寺田寅彦:「蓄音機」
このような方面にはまだたくさんの探究すべき問題が残っている。ことに日本人にとっては日本語の母音や子音の組成、また特有な音色をもった三味線や尺八の音の特異な因子を研究するのはずいぶん興味のある事に相違ない。私はこの種の研究が早晩日本の学者の手で遂行される事を望んでいる。
Yatouの感想;
明治期の先駆者はたしかに先見の明があったと思います.しかし,さらに良く考えれば,バイオリンにしろトランペットにしろそれぞれ特有の音色を持っているのであって,日本の伝統楽器だけが特殊な音色を持っているわけではありませんので,海外物に比較して日本伝統物が「特殊」という見方の先駆者のひとりでもあるかもしれません.「特有」の意味を間違えていなければOKですが.
以上の原典は青空文庫HPで探してください.
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佐々木味津三:右門捕物帖
文学作品の尺八シリーズ:その8
佐々木味津三:右門捕物帖 血染めの手形
八丁堀の同心右門が突然に奉行所によばれ,幕府の密命を受け,日光に出かけて将軍家の一大事となる事件を解決します.
出発の段になって,まず,手下の伝六とともに甲州街道を西に向かい武蔵野に行き,虚無僧寺の幽光院を訪れ,二人で虚無僧の扮装をして天蓋で顔を隠してから日光に向かいます.
この「幽光院」というのは,「元和(げんな)元年の建立にかかるもので、慶安四年の由比正雪騒動のときまで前後三十年間ほど関八州一円に名をうたわれていた虚無僧寺」という設定ですから,時代と場所と位置付けから,青梅の鈴法寺を想定しているのでしょう.
伝六は虚無僧の扮装をして,「竹しらべひとつ吹けないくせに、もういっぱしの虚無僧になったつもりで、ことごとく大喜び」をしました.二人の姿は「雪駄をうがち、天蓋を深々と面におおい、腰には尺八をただ一つおとし差しにした」というものです.「おとし差し(落差)」は,「刀をきちんとささずに,刀のこじりをまっすぐに下げてさすこと(広辞苑)」とか.道中で二人が歩いていると,「ばらばらっと両三人が行く手を立ちふさぎましたものでしたから、右門もおもわず体をひらいて尺八に片手をかけよう」としたということですから,つまり尺八はすっかり武具の扱いですね.
これも江戸時代が舞台の時代小説ですから,時代考証をウルサク言うのは野暮というもの.
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坂口安吾:明治開化 安吾捕物
文学作品の尺八シリーズ:その7
坂口安吾:明治開化 安吾捕物 その一 舞踏会殺人事件
初出は1950年(昭和25年).小説の時代設定は明治18,19年.
時代は富国強兵,和魂洋才を目指し,国内にいろいろな新興勢力がうごめき始めた頃.政商加納五兵衛が自宅で仮面舞踏会を開き,その最中に殺害された.この舞踏会はもともとは鹿鳴館で開かれるものを,思惑があった五兵衛が「時代の風潮にならって立派な宴会室」を作ってあった自宅で開催したもの.時の政治家,外国大使,財界人,政商が集まった中で,虚無僧の仮装をした者が尺八の中に仕込んだ小柄(=こずか 小刀)で五兵衛の腹を刺した.だから殺人犯はその虚無僧の仮装をした者...ところが,虚無僧の仮装をした人物はもう一人いて...しかし,真犯人は...と,推理はすすんでいきます.
しかし,鹿鳴館でやってもおかしくない仮面舞踏会に,虚無僧装束の仮装とは? その他の者の仮装を探すと,「沐浴のヴィーナス」,「回教徒のサルタン」,「箱根の雲助」,「ヨロイ、カブトに身をかため軍配を片手」(大名か?),「神官」,「マスクをかけただけ」...何じゃこれ? まるでコスプレの集会.
まあ,昭和25年に書かれた明治初期が舞台の探偵小説ですから,あまり時代考証はうるさく言わないほうがいいでしょう.あえて言うなら,1950年頃の「虚無僧」のイメージの中に「犯罪」に近いものがあったということでしょうね.
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国枝史郎:名人地獄
文学作品の尺八シリーズ:その6
国枝史郎:名人地獄
初出:1925年(大正14年)
とても長くてゆったりとした風流な小説です...で,落ち着いて読んでいられないので,著者には失礼なのですが,尺八に関する要点のみです.
江戸に不思議な盗賊が横行した.屋敷で鼓の音が鳴ると賊に襲われた.主人公がこの賊を詮索しているときに,浅草で二人の虚無僧の話を聞いた.一人が言うに,深夜の善光寺で尺八を吹いたら音が違ったと感じた.これは善光寺の本堂の天井に金塊が釣るしてあるからだという.なぜなら笛と鼓は黄金の気を感じて音色を変えるから.この話を聞いて主人公は「思わずこの時膝を打った。『やれ有難い、いい事を聞いた。これで事情が大略(あらかた)解った。』」
風流な小説なので,この逸話はその雰囲気作りの一役になっています.
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夏目漱石:草枕
文学作品の尺八シリーズ:その5
初出:1906(明治39)年
主人公が画材を携えて山道を歩き,温泉宿に逗留していたとき,馬子が主人公にかつて山の中の湖に身を投げた美しい庄屋の娘の話をします.虚無僧がその庄屋の家に逗留したときに虚無僧を見染めましたが,庄屋が結婚を認めないため悲しんで湖に身を投げたというものです.この昔話が主人公がその時に逗留していた温泉宿のなにやら秘密のありそうな娘の身の上話と重層していきます.
この話では,虚無僧は「梵論字(ぼろんじ)」と言われます.さすがに梵論字では理解されないと思ったか,漱石は主人公に「虚無僧の事かい」と確認させています.「虚無僧」に恋の話では不気味になりますので,「梵論字」という摩訶不思議な言葉を使用したのでしょうか.山里にも虚無僧が来ていた(と,小説中で設定しても無理はない)こと,旅の虚無僧を庄屋が歓迎(?)して宿泊させていた(と,小説中で設定しても無理はない)こと,虚無僧が若い娘の恋の相手になるような若い男性だった(と,小説中で設定しても無理はない)こと,かといって虚無僧は庄屋が婿に迎えるような対象ではなかった(と,小説中で設定しても無理はない)ことなどが,読み取れます.
参考:青空文庫HP
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林芙美子「泣虫小僧」
文学作品の尺八シリーズ:その4
林芙美子「泣虫小僧」(注1)
初出は1934年(昭和9年)
車庫の2階に住んで,そこで都山流尺八を教えている者が出てきます.みすぼらしい生活をしています.指南所と生活が同じ部屋らしく,布団の積んである部屋に楽譜が無造作に置かれいます.尺八指南だけでは生活ができていないらしく,「時々、酒場の多い街裏を流して歩いてゆくのであろう」と書かれています.近所の飯屋で「朝飯定食八銭」を食べている,という生活.都山流ですら専業の尺八指南ではこういう状態だったのでしょうか.
注1:青空文庫HP
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夢野久作「黒白ストーリー」
文学作品の尺八シリーズ:その3
夢野久作「黒白ストーリー」(注1)
1925(大正14)年の初出.2話から成り,第1話に尺八が出てきます.お琴の名手の美少女と2人の尺八の名手の青年の話です.事件小説の形になっていますのでここではこれ以上は書きません.
この中では尺八の独奏または筝との合奏(地唄?)が描かれ,出てくる曲名は「秘曲中の秘曲『雪』」,「残月」,「鶴の巣籠(すごも)り」,「罌子(けし)の花」です.「鶴・・・」は独奏曲(=本曲?)かもしれません.こうしてみると琴古流が想定されているのでしょうか.
尺八として「秘蔵の名器『玉山(ぎょくざん)』」というものが出てきます.この楽器は「いつも(の尺八と)とまるで違って美しく清らか」な音色とされています.
この「玉山」が盗難にあい,所蔵者から発見者に「金一千円」の報奨金が提案されます.1925年には米10kgが3.11円でした(注2).現在,米10kgは3500円程度なのでこれで換算すると現在の金額で約110万円の報奨金になります.今は100万円近い尺八も市販されていますので,秘蔵の名器への報奨金としては,少々安すぎるようにも思います.それとも現在の尺八が高すぎる? ただ,消費者物価の中での今の米価はかつてより相対的にかなり安くなっていますので,この換算は安すぎるかもしれません.
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国木田独歩「女難」
文学作品の尺八シリーズ:その2
国木田独歩「女難」
この小説は高校生時代に読んだはずですが,尺八のことは全く覚えていません.まあ,その当時はまさか自分が尺八を吹くとは思っていませんでした.当時は「女難」そのものの方に興味があった?
貧しい士族の息子が田舎の老人に尺八を習い,成長のなかで「女難」を積み重ね,盲目となり,後は習い覚えた尺八を演奏して旅をし,「私」=独白者との接点でその前半生を語るというものです.尺八を教えた老人は自己流のため,村の弟子達も「ただむやみと吹くばかり」の尺八.主人公は尺八に「別段に凝り固まり,間がな隙がな,尺八を手にして」,「自然と若い者の中でも私が一番巧いということに」なったのです.
この小説では,琴は出てきませんし,尺八の演奏に他との交流も見られないので,虚無僧系の本曲が演奏されているはずです.主人公の演奏は「吹き出づる一高一低、絶えんとして絶えざる哀調」で,小説末尾で主人公が「私」との別れ際で行った演奏では「自分(=「私」)はほとんどその哀音悲調を聴くに堪えなかった。恋の曲、懐旧の情、流転の哀しみ、うたてやその底に永久(とこしえ)の恨みをこめているではないか。」と言われています.
初出は1903年(明治36年).虚無僧本曲=哀調と見られるのは不本意ですが,この当時も,虚無僧本曲は世の表舞台には居なかったということでしょうか.
出典:青空文庫HP
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島崎藤村「朝飯」
島崎藤村の1906年(明治39年)の短編に「朝飯」というものがあります(注1).これは,路銀を使い果たした旅人が「私」に助力を求めたことに対して,この旅人が尺八の心得があることを知り,尺八の芸で生活費を得るように言い尺八を買う金を与えたところ,その男は朝食に使ってしまった,というものです.この中で「粗末な竹でもいい,一本手に入れて」と言って10銭を渡しています.さて,1906年(明治39年)には米10kgが98銭です(注2).10銭で約1kgの米が買える計算になります.粗末な尺八なら米1kgで買えたということでしょうか.今,米(標準価格米)10kgは3500円前後ですので,標準的な新品の尺八を買うには約430kgの米が必要になります.なお,この短編の場は長野市近郊の測候所で,旅人は越後から来たということです.この旅人は尺八を新潟地方で習ったとも思えますが,時代的には新潟市で斎川梅翁氏が「越後明暗寺の虚無僧」から曲を習ったのと大体同じ頃になります.
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