今日この頃

7, 8年前に本曲吹きをめざして尺八の練習を再開したとき,そのときのイメージとしては,尺八一管をカバンの中からさっと取り出して自然に一曲を演奏する,そんなことができたらカッコいいだろうなと思っていました.そして,いつのまにか,演奏の上手下手は別として,概ねそういうことができるようになっています.カバンの中には大体いつも尺八が入っています.

しかし,今になって気付いたことは,一旦そうなっても「さっと取り出して自然に一曲を(気持ちよく)演奏する」という水準を維持するのが,結構大変だということです.日ごろの練習をちょっと休めば演奏の調子は狂うし,レパートリーの中でも演奏・練習回数の少ないものは少し経てば曲の細部がアヤシクなってしまいます.

カッコ良くあるためには,日頃の心がけと努力が必要だということ....

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尺八の練習,今日この頃

ほぼ2年間のブランクを耐えて,今,尺八の練習を再開して楽しくてしかたがないのですが,その割に,このブログに手をつけていません.この季節の平日は仕事がかなり忙しく,しかも暑く,週末は,先日書いたとおり毎週のように車で1時間の山道の先にあるオーストラリアハウスにお手伝いに出かけてていました.ブログに記事を書いていなかったのはそのためで,尺八の練習はやっていました.

2年もブランクがあって,また前記のとおり,顎と口の使い方をかつてと全く変えていると,以前とかなり違ったことになっています.

練習の最初は,簡単な音出しの後に,徹底してスケール(音階)練習.最初はゆっくり,次第に音の粒が揃う範囲で速くして続けます.最後は一息で乙ロから甲ヒまで6往復くらいできることを目標をします.尺八ではこんな練習をこれまであまりやってこなかったので,30分も続けていると,腕が発熱してきます.大抵は,私の練習はこれで時間切れです(つまり1日30分も練習していないということ).

時間があるときは,次に,可能の限りゆっくりと,曲の練習です.「可能の限り」とは,通常の演奏と息継ぎが同じに維持できる範囲,という意味で,だいたい2倍くらいが私の限界です.速度を落としても曲の緊張感を保つのは私にとっては非常に難しいですね.

このような練習を二尺管または二尺一寸管でやっています.こんな練習をやって何になるか? それは,全くわかりません.それなりに楽しいので,それでいいのだろうと思っています.難しく言えばキリがありませんが,その屁理屈が正しいかどうかは暫く先までわからないでしょう.

この間に以前に書いたPiggottの本で,明治初期の日本の音楽家の練習方法を読みました.今の私の練習との比較でおもしろかったのですが,それはまた後日に.

さて,オーストラリアハウスでのオーストラリア人フェルト作家の送別会で私が披露した演奏を,フェルト作家のパートナーのクリスが自身のブログに書いてくれました.8月16日の記事に私の演奏写真がデカデカと掲載されていて戸惑ってしまいましたが,ほとんどの人が見ないブログなのでまぁ良しとしましょう.ここからのリンクで辿る人も少ないでしょうから・・・・記事の中ほどに私(Yatou-san)へのコメントが書かれています.

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練習をそれなりに堪能

顎の調子がわりと良いので,この連休は毎日1時間半ほどの練習をしています.もっとも顎に問題がなかったとしても長くて2時間ほどしか練習時間がとれません.時間が自由だった若いころに何でもっと練習しなかったのかと残念に思いますが,何かとそんなものでしょう.

顎関節のかみ合わせを直そうとすると首の姿勢を直すことになり,首の姿勢を直そうとすると背骨の姿勢を直すことになり,背骨の姿勢を直そうとすると腰回りの姿勢を直すことになります.つまり顎を直すことは,全身の姿勢を直すことになってしまいます.肩こりにも関係しています.2週間前に激烈な肩こりに襲われましたが,椅子を姿勢矯正椅子に替えたら2日で肩こりが消えました.東西の難しい身体理論を持ち出すまでもなく,一か所の歪みを直せば他のところに歪みが移るのは当然でしょうから,全身の状態をいつも感じ取ることが重要なのでしょう.

尺八の練習をしていて悪い癖に気が付きました.できるだけ立って演奏するようにしているのですが,無意識に薄目を開けながら室内を歩きまわっているのです(薄目を開けないと物にぶつかる).曲に合わせて行進しているというのではなく,たとえば講演をしているうちに興に乗ってきて演台上で身振りを交えながらゆっくりと歩きながら話をする人が時々いますが,そんな感じです.これは格好悪いと考えて足を止めるように心がけたら,こんどはいつの間にか体がゆらゆら揺れている.下品という以外にどんな問題があるのかはよくわかりませんが,体に演奏以外の余計な力が入っているのは確かですから,こういうことはやめた方が良い.動かさないという心掛けというよりは,全身をリラックスさせるという心掛けを持ち,それを実践したいと考えています.

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大甲音

もう少し高い音が出た方がいいなと思っていたところ,大甲のレの半音上の音まで,なんとか旋律の中で使えそうな音が出るようになりました.高音が難なく出るようになれば,乙音の美しい最弱音も難なく出るだろうという考えもあります.私の尺八の練習の最初は乙音→大甲→乙音の繰り返しの音出しから始めるようにしています.もう一音上の音が出ないかという色気がでてきました.ヒの1オクターブ上の音がなんとか出るのですが,出るというだけで,旋律の中で使えるような音ではありません.これが自由に出るようになると,音域がほぼ3オクターブになって,根笹派の裏調子の変奏の幅が広がって面白そうなのですが,そうは簡単にはいきません.

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絶不調だ

尺八を吹いて音は出るものの思ったような音ではなく,いくら音をだしても思ったような演奏にならないという,絶不調の1か月を過ごしてきて,まだその最中にいるものの,なんとなく脱出の糸口が見えてきました.何回も経験していることなので,深刻には考えていません.毎日,演奏技術の細かいことは変化しているし(願わくば「進歩」であってほしい),音楽への気持ちも毎日変わるので,技術・音楽のそれぞれのバランスがとれなくなってしまうことがスランプ,不調だと思っています.

このところ,練習時間がとれず,顎も完治せず,楽器を長管に持ち替え,アンブシュアも変えて...ということなので,演奏,音楽のバランスが崩れているのは当然です.こういう時は,むやみやたらに練習を続けるのが最も良いのでしょうが,いかんせん,その時間がとれない.他に方法がないので,時間はかかるもののいずれなんとかなるだろうとのんびりと構えていました.が,結構辛いものもあります.

不調のときに「不調だ!」としてのんびりしていられるのは,アマチュアらしさ,また一人吹きの特権です.これで演奏会でも予定されていたら目もあてられない.

さて,尺八をじっくり演奏できる時間がとれるようになるのは,この先,4月半ばかと思います.

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笛吹き,ホラ吹き,ラッパ吹き

全国的に雪の天気予報になっていながら,不思議にこの地はたいして降っていなくて,今はまだ5センチくらいの積雪です.この程度は「積雪」とは言いません.

高校時代にラッパを吹いていて,かなりイイところまで技術をあげていました.その成功体験を,ひきずっていたとは言いませんが,覚えていました.尺八の音出し方法(=吹き込み方≒アンブシュア)も意識してはいませんでしたがそのラッパの吹き方を出発点にし,それをどのように変更して尺八の方法に合わせるかというやり方でやっていたようです.ラッパの吹き方と尺八(笛)の吹き方が本質的に違うということをやっと実体験したように思います.言葉で記述はできませんが,尺八の吹き方が今の方法でほぼ良いのであれば,たしかに全く違います.考えてみれば当たり前なのでしょうが,唇を使うという点では同じ楽器を体験し,一方に慣れ親しんでいると使い分けは簡単ではありません.両者で何か違うと感じてから1年かかりました.

ラッパの場合は,唇をゴムに例えれば,ゴムの両端を引っ張って緊張状態を作り,そこに空気を吹き込んでゴムを振動させるようにします.尺八の場合,今の私は,唇に緊張状態は全く作らず,唇の開口部(アパチュア)の整形だけに注意を払います.この整形は唇の制御だけではできず,中を流れる空気の外側に向かうわずかな圧力を使った唇の制御でアパチュアの形を作っているように感じます.唇は薄いより少し厚くして,唇の間に空気の通り道の短いストローのようなものが形成されると良いように感じます.これは私の印象でして,尺八家の場合,言っていることとやっていることが違うのは常なので・・・

ともかく,やっとラッパ吹きを卒業して,笛吹きになったような気がしています(「ホラ吹き」は昔から).

さて,明日から月末まで仕事がとんでもないスケジュールになりますので,尺八の方は休眠します.

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年末年始休暇の最後の練習・・・など

ある長さの尺八を吹く場合,それより長い管で練習しておくとその管が吹きやすくなると聞いていました.おそらくそうだろうとは思っていましたが,そんなことをしなくても正しく練習さえすればどの管でも吹きやすくなるはずと信じて,長管での練習は絶対にしないつもりでした.ただこのところ管を持ち替えてそれぞれの管の練習していたところ,長管を徹底して練習した後にはそれより短い管が吹きやすくなることを実感しました.長管を吹く場合の方が唇の開口部を大きくするから・・・・という単純な理由ではなさそうですが,吹きやすくなり,音が出しやすくなり,音も良くなるのですから,それを良しとしましょう.しばらくこの意味も含めて2尺3寸管の練習をして,時々2尺管に戻るという練習をしようと考えています.

元日,友人に,この2尺3寸管で「瀧落」を吹きこなすのが今年の目標と言いました.あまり考えずに会話の流れで言ってしまいました.まあそれも悪くはありません.私の「瀧落」のイメージは月明かりの山奥で水が流れ始め,急流・瀞を経ながら,朝日の中で河口に至る・・・というものです(瀧は無い?).瀞と河口の演奏が私には特に難しいようです.友人にどの「瀧落」かと問われて,京都明暗教会譜と神如道譜を混ぜて良い処取りをするという不遜な回答をしてしまいました.

ところでこの友人によれば,私の持っている(彼も持っている)京都明暗教会譜はしばらく前に絶版になっているそうです.そんな貴重な譜を私が持っていたとは・・・・

吉田晴風・前田佳風「尺八の樂理と實際」(1939)の序文と目次を入力しました.

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尺八とウィンク

左目をつむってウィンクをしながら尺八を吹くと良い音がすることに気が付きました.

そんなことがあるはずが無い.

無いと思うのが当たり前ですが,確かに良い音がします.そんなバカな・・・

いろいろやってみてその理由がわかりました.私は顎を下げて口を開けるとき,顎を右下に斜めに開ける癖があるようです.これが昨秋に顎を痛めた原因か,またはその結果です.一方,尺八を吹きながら左目だけをつむると,私はウィンクが下手なので,顎もわずかに左に寄ります.そうすると顎がまっすぐかわずかに左よりに下がって,結局,口が右へゆがむことが無くなるのです.

いろいろありますね.

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一年を振り返って(その4=終)

2年ほど前から明治・大正期の尺八関連本や,尺八が出てくるその時代の文学作品を読んできました.まだその時代の人は江戸末期の虚無僧達の尺八の音を知っているのではないかと,考えたからです.それらの本の記述どおりならば,明治維新後に普化宗が廃止になって明治初期には一部に虚無僧を懐かしむ声もあり,明治中期には一般人の間に尺八愛好家が増えていたようです.その時代以降,尺八演奏家たちは伝統の枠から出て尺八の可能性を追求し,西洋音楽との融合も試み,中には世界を目指した人たちもいたようです.文学作品では,暗い遊郭でじめじめした物悲しい尺八の音が描かれる一方,若者衆が尺八をちょいと腰にさして夜遊びに出かけるようなことも描かれていました.ということで,古い伝統の尺八はどんなものだったのか,またどのような音に聞かれていたのかということは,未だにわからないでいます.ただ,結局そういうことであれば,肩肘はらずに素直に尺八の音を楽しんでいこうと思います.尺八の音に何も足さず,何も引かずに,すなおに音を聞こうと思っています.

===(「一年を振り返って」終わり)===

さて,年が明けて2日には,高校・大学の同級生であり竹友でもある知人と浜松の普大寺跡を訪問する計画を立てています.尺八については新年に向かう大志のようなものは全く持っていません.年初の意気込みもなく粛々と練習して演奏を楽しんでいきたいと思っていますが,始まってみれば何かはあるかもしれません.

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一年を振り返って(その3)

本格的な初積雪になりました.一面の雪景色です...といっても,周りでは最大5cm程度ですから,雪の「景色」だけです.

====[続き]

そんなこんなで調子にのって練習していたところ,前記のように4~5本の楽器を持ち替えての長管の練習やアンブシュアの改造の練習に加えて,仕事上の強烈なストレスと生来長年の顎の問題が加わって,9月末に顎に異常をきたしました.口をあけると左顎の関節が引っ掛かって口が閉まらなくなり,その引っ掛かりを外すときに激痛がはしりました.食事も思うにまかせませんでした.通院したものの,尺八の練習は中断せざるをえなくなりました.

尺八の演奏ができない期間は頭の中でイメージ演奏をしていました.12月中旬になって顎が回復してきて,練習を再開できるようになりました.練習の再開のときには,少し練習を休んだから技術がステップアップしているかと期待したのですが,そうでもありませんでした.そういうのは休む前に猛烈に練習した場合に限るのでしょう.今は2尺管を中心にして練習しています.

春と夏には遠方より竹友が来訪してくれました.春にはオーストラリア人の歓迎パーティー,夏には地域での大学同窓会で演奏を披露しました.尺八のレッスンは2回うけました.10月には善養寺氏の演奏会に出かけました.10月に滋賀県で「虚無僧池」という名前の湧水池をを訪問しました.この時に大津絵の中に「女虚無僧」の画題を見つけ,作家にメールを出しながら携帯ストラップを購入しました.

(まだ続く)

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