« 善養寺惠介 尺八演奏会 | トップページ | 故岩崎俊彌氏伝記編纂会編(1932)「岩崎俊彌」 »

酒井欣(1934)「日本遊戯史」

酒井欣「日本遊戯史」

1934年(昭和9年)6月15日 建設社

国会図書館で公開されています.

(著作権法第67条第1項により文化庁長官裁定を受けて公開)

Sakai02 Sakai01

多くの文献を引用して,芸・遊戯の歴史を詳細に説明しています.尺八は中古史の項(平安時代)で説明されています.


第二編 中古史 (p245)
  (平安時代を指しています.)

第六章 尺八 (p371)
  なお,「第五章 琵琶」(p355),「第七章 箏」(p384)もこの「中古史」の項です.

「倭名類聚抄」
「(尺八は)貞觀年間魏の呂才によって創案された...後世尺八寸に寸が限られてあるところから尺八と呼稱せらるるに至つた

「呂才傳」
呂才によつて創案せられたる尺八十二本は各々長短を異にしてゐたのである。

尺八の日本への伝来は不明としつつ,「役の小角が大峯を通りし時、尺八を吹奏せしにより,山神舞ひ出しより、此所を蘇莫者の嶽と名づく」および「聖徳太子が生馬山にて蘇莫者をあそばした」との伝承を引用しています.

「類聚三代格」
雅楽寮所属の中に尺八師又尺八生なぞがあつて、雑樂を掌つてゐた」として,大同4年(809年)と嘉祥元年(848年)の記載が紹介されています.

「源氏物語」
「(尺八などは)例いの御遊びならずとことわりいへるによれば常に用ひられつつあつたのではなかつたのであらう。

「續世繼」
尺八といひて、吹たえぬる」と記載されています.このため,「(尺八は)その後久しく中絶せるを保延三年の内宴に再興された。」「(「續世繼」の記述後に)再び遊事例の中絶せる...」と,推定しています.

「虚鐸傳記」
本書の記述から「はるか後年に至つて禪家の愛玩するところとなり盛んに弄吹さるるに至つた。」と推定しています.

「嬉遊笑覧」
本書の記述から「一休禪師の禪友朗庵といふ禪僧が夙に普化禪師の宗風を慕ふのあまり、自ら風空道者と號し、尺八を以て四方を吹傳し、到る處に於いて薦の上に坐し、尺八を吹奏せるより虚無僧といひなまつたのであるといふ。」,また「朗庵の禪友といはるる一休が狂雲子と號し、俗塵を避けて字治庵にゐた頃盛んに尺八を愛玩した。」と推定しています.

「羅山文集」
宇治の狂雲子が世を避けて尺八を吹くの記述があります.

後世尺八の聲調を調へたのは、不人といふこむ僧に始まるといはれる。」として,不人という虚無僧が曲と調子を整備したと記述しています.また,この時代に「天蓋・袈裟・尺八を虐無僧の三器といつた。虚無僧は廻國にさいして袈裟をまとひ天蓋を冠り尺八を吹奏して寄謝を乞ふのであつた。」としています.

「慶長見聞集」
虚無倫廻國の一例」が記述されています.

「慶長の箇條書」
慶長十九年戊寅正月、家康ほか本多上野・板倉伊賀守・本多佐渡守の在判をもつて仰出された

ただしこの時代,「しかして虚無僧は、承應の明暦の頃は野郎頭であつた。」と付言しています.

「嬉遊笑覧説」
この時代の虚無僧の風俗として「あだかもその形状擂鉢に彷彿せるが如き深編笠に面彊をつつみ、腰に丸ぐけの帯なぞして錦の筒袋を腰に下げ、よろづ寛闊に出立つに至つたのは明和以後の事であらうといふ。」と,記述しています.

「慶長見聞集」
慶長の頃大烏一兵衛といふ男伊達が虚無僧と争論の揚旬、尺八を尻で吹いた」という逸話が記載されていることから,「この頃より次第に民衆に弄吹さるるやうになつたのであらう。」と推定しています.

「目覺草」
寛永2年(1625年)に書かれたこの本には「調子を習ふ用もありといへども、ただすきのものの集まり」の記述があります.

「賢女心粧」
この時代の風俗として「『俄かに尺八をけいこして、袖を鼠色に染めさせ、綿厚に仕立て摺鉢を見るやうなあみ笠をとのへ』等と當時の世態が如實に記されてぬる」と記述しています.

「傍廂」
「(侠客が)一尺八寸にして節あまたにして竹の根ぎはを切りて、 一刀のかはりとす」の記述があります.

その寛闊なる風はやがて劇にも採り入れられた」として,次の劇を引用して説明しています.
  「花館愛護の櫻」,「式例和曾我」,「助六廓家櫻」,「所縁江戸櫻」,「助六」,「黒手組助六」

文禄慶長の頃盛んにもてあそぱれた一節截(=一節切)は・・・恐らく古來の尺八を變改したものであらう。」として,次の文献を引用して説明しています.
  「絲竹初心集」,「糸竹初心集」,「尺八手數目」,「尺八譜引」

 

|

« 善養寺惠介 尺八演奏会 | トップページ | 故岩崎俊彌氏伝記編纂会編(1932)「岩崎俊彌」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 善養寺惠介 尺八演奏会 | トップページ | 故岩崎俊彌氏伝記編纂会編(1932)「岩崎俊彌」 »