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尺八獨習會・沼崎鶴岺(1926)「琴古流尺八講義録」

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尺八獨習會・沼崎鶴岺「琴古流尺八講義録」
1926年(大正15年)4月 尺八獨習會

(著作権法第67条第1項により文化庁長官裁定を受けて公開)
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手書きの原稿をそのまま印刷した教本です.

琴古流としての方針」の節には「元来音楽の進歩如何は其国の文明程度を示すといふ位に迄社会関係を含み重要視されて居ります」「無智な蛮民共が喜ぶ浅芸[?]な鳴物と文明人が尊ぶ神秘な音楽とは其處に懸隔が■[?]るか共鳴を其生存中の心理に響興させ得る」とし,社会進化論の見解をもたれていたようです.これに続き「既に我国は皇流一栄尊き国王の元に純同血種族が堅き團結を作つて居る」と書かれ,歴史的事実と異なる当時流行の社会進化論に基づく歴史観を持たれていたようです.

尺八の歴史については,「琴古流としての方針」の節に「元来尺八は冷璋[?]なるを以て吾国民性に共鳴し大自然な曲風は好く其特有を表して居ります.殊に其来歴、宗教より出て世俗を解し或時は朝廷に入つてその美を発却[?]し或時は民間に盛つて其能を普及せしむ故、その美情の流像を呼ばしめたと云ふ事は共に我国粋界唯一の誇りであります」と,従来の伝統的見解をその方向でさらに推し進めています.また「尺八概傳」の節には「尺八は漢土の洞■[ショウ]と云ふ小竪笛の変化した物だと伝ひて居ります」と書かれています.

尺八の国内の歴史については,「尺八概傳」の節に,古い文献に記述された雅楽尺八等を「尺八」として紹介した後,「彼の貞享・元禄の頃江戸浪華の地にあつて侠客男・伊達の徒が・・・」と説明し,続いて「遂に明治初年頃に至る迄は全く不慮の境にありました」「明治より大正に至りては益々其眞價を表はして来たのであります」「近来各大学では・・・学生團が尺八を学んで、此の男性的楽器による常識の向上を計ると云ふことであります」と,当時の状況を説明しています.

尺八の音色については,「尺八を初むるに就て」の節に,「尺八音の特長とするは悲淒にして、情淑綿々、余韻弱々たる所にありますので、他の楽器とは別な趣を有して居ります.自体音楽は其の主体が純悲観であり」「尺八は音そのものが既に悲観を表はして居ります」という説明で,音楽について狭くとらえているようです.「音とは何ぞ」の節には「春暁の枕に夢を破つて響く遠寺の鐘の音・・・この鐘の音こそは尺八を好む吾々が浮[?]と聞き逃してはならない物であります」と,尺八音の理想を述べています.

音の高低」の節に,甲音について「唇に力を入れて、強く吹くとピーと云ふ高ひ音が出ます」,乙音について「唇に力をぬいて息緩く吹くと、ポーと云ふ低い音が出ます.」と説明しています.

メリカリ音の説明」の「メリの方法」の節では,「今尺八の孔を指先にて細める時」「又顎を内へ引いて息を細く、少なく入れ」「「メリ」の時には右の二法を適用」すると説明しています.また「中メリ」については「[?]り指の方だけ「メリ」にして口は普通にして吹く」と区別しています.また,「時たまあります」「大カリ」は「普通音より更らに顎を出して音を高く出す」としています.


君が代」の譜が掲載されていますが,譜を辿るとメロディーになっていません.対旋律のような歌の伴奏なのでしょうか?


表題のページに「インチキ」の書き込みがあり,さらにこれに「大」も加えられていて,結局「琴古流尺八大インチキ講義録」と読めるようになっています.本文にも若干の書き込みがありますが,それほどおかしなことも書いてないので,著者に対する個人的な思いからの書き込みかと思います.


目次
第一編 琴古流としての方針
第一章 尺八概傳
      尺八を初むるに就て
第二章 尺八樂典
      音とは何ぞ
      音の高低図解
第三章 音譜
      自然音
      技巧音
      裏五表四三二一
第四章 拍子法
      図解説明
      補助線
第五章 尺八吹奏法
      取扱法

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西野錦城(1926)「都山流・上田流 尺八獨習」

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西野錦城「都山流・上田流 尺八獨習」
1926年(大正15年)8月25日 ミヤコ樂譜會

(著作権法第67条第1項により文化庁長官裁定を受けて公開)
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緒言」の冒頭に「本書は著者が日常教授の口述尺八(ロツレチ)の譜を其儘掲げたのである」と書かれていますが,この時代まで口述による教授が行われていたのでしょうか?

甲乙及び沈(メリ)浮(ハリ)の事」の節に以下の様に書かれています.甲乙については「甲(カン)とは唇を縮めて息を細く強く吹き込み高音を發する事なり」,「乙とは息を大く弱く吹き込み低音を出すを云ふ」.また「(沈)とは顎を少しく内方へ引き入れて其音小さく弱く吹くべし」,「(浮)とは顎を少しく前方へ突出し其音大きく強く吹くべし」,「(沈)とはメイルの意にして浮とはハリアゲルの意なり」と書かれています.ただ,運指表ではメリの場合には指穴の半開が指定されています.

合奏の注意」の節には「洋樂器との合奏には尺八(八寸物)には(C調)を用ひ尺八(九寸物)には(B調)を用ふべし」と書かれていますが,この部分は理解できません.八寸管と九寸管が半音の違いであることはそのとおりですが,C調とB調との当てはめはどういうことなのでしょうか?


目次
吹奏法
音譜
拍子記號
休止記號
甲乙及波浮の事
雜種記號
合奏の心得
複譜運指法
曲譜目次

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「明闇派尺八管曲譜 本曲」及び「明闇派尺八管曲譜 三」

古本屋さんで入手した手書きの譜本です.

「明闇派尺八管曲譜 本曲」及び「明闇派尺八管曲譜 三」
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明暗流の記譜法による譜本.明暗流については「明闇派」の表記が用いられています.折本に手書き.表が「明闇派尺八管曲譜 三」で裏が「明闇派尺八管曲譜 本曲」となっています.曲名の一部が一般的表記と異なっています.

メリ音には赤字で「」と付記されています.

記譜者,所有者の記入はありません.立派な蔵書印が押されているが判読できません.この譜の販売者は「洞風会」の譜と説明しています.「洞風会」は水野呂童が設立しました.

記された譜のリストは下記のとおり.なお,3曲または4曲の本曲の譜の上に紙を貼り,新たに2曲の地唄譜が書かれています.上書きされているこれらの本曲譜には修正が多くみられるので,下書きだったのかもしれません.

   参考;
   水野呂童:本名栄之助。明治13年生、昭和7年没、53歳。琴古流尺八家。三浦琴童に師事。洞風会創立。
 「尺八備忘帳HP」から



明闇派尺八管曲譜 本曲
 虚鈴 明闇派傳三虚靈之真ノ秘曲ニシテ他宗他門ニ伝授を許サズ
 瀧落の曲
 旧州鈴慕 一朝軒ノ傳
 虚空 一朝軒傳
 三谷之曲
 霧海■[ジ] 三虚之一
 豊秋田の曲
 吾妻ノ曲 一朝軒之傳
 突飛喜
 曙調子 一名二上り獅子 一朝軒ノ傳

 以下の譜の上に紙を貼り,楫枕と四季之眺が新たに書かれています.
   鹿ノ遠音
   門開  
←?
   高音  ←?
   鶴巣籠(補)

 楫枕
 四季之眺


明闇派尺八管曲譜 三
 雪
 芥子の花
 残月
 玉の臺
 新娘道成寺
 夕顔
 玉椿
 椿盡

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普化教會・稲葉一水編纂(1915)「尺八獨習案内」

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普化教會・稲葉一水編纂「尺八獨習案内」
1915年(大正4年)4月24日 克禮堂書店

(著作権保護期間満了)
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東京で出版された本です.「」では「尺八の歴史且つは尺八道の根本義を説き懇切な吹奏法を世に紹介して初學者の好伴侶たらしめやうと思う」とし,またこの本の「樂譜は西洋音譜を基としたもの」と説明しています.

尺八の歴史については,「尺八の沿革」の節に,「尺八は唐の時代に出來たものである。」「日本に渡來したのは入唐の僧が盛に持ち歸つたからである。」「慶長十九年徳川秀忠の時普化宗の掟書が發せられ普化禪宗の基礎が定まつたのである」と,伝統的な言い伝えに則った説明をしています.また同じ説に明治以来の状況として「明治の初年には殆んど其の跡を絶つやうになつたのである。普化宗は廢れたけれども近來は琴絃に合奏する事が盛になり尺八なる樂器は昔時よりも珍重されるやうになつた。」「徒に琴絃附属の娯樂器として弄ぶといふのは大に考へねばならぬ。」という現状認識を述べています.さらに「普化宗」の節では「普化禪師(今より凡千五十有餘年前)が普化宗の開祖である」「法燈國師が入宗して教を受けたのは十六代の張雄である」,また「普化宗々義」の節では「明暗兩頭を坐斷し明暗不到の處んい徹底し茲に一枝の竹管を以て大法輪を轉ぜんとするのである」と説明し,また「普化宗門掟書」の節にはいわゆる「慶長の掟書」を掲載し,さらに「法燈國師覺心傳」の節に「實に國師は我尺八界の大恩人である事はいふ迄もない」と書くなど,伝統的な尺八観に忠実に則った記述がされています.

日本國中宗門本寺」の節には虚無僧寺の詳しいリストが掲載されていますが,出典は不明です.

尺八の吹奏法」の節では冒頭に「多くの種類の樂器の中で習得するに、尺八ほどむづかしいものはあるまい」と書かれ,その視点から独習への姿勢が詳細に述べられています.また「尺八の選擇」の節には「一尺八寸乃至一尺七寸の竹で指穴の大きくない尺八が初學者には吹き易い。」と書いてあります.

尺八の造方」の節には「全體を九半に割り竹の下面即ち關敷(カンジキ)から九半の二倍19/100だけ上に第一孔を穿け其れより上に九半宛隔てゝ第二孔第三孔第四孔を穿け第四孔より九半の半分を上に裏孔を穿るのである」「けれども現今は全體の長さの十分の二強を關敷から上に第一孔を穿け其れより十分の一宛順次に上に第二第三第四孔を穿け第四孔より十分の一の半分強を上に裏孔を穿るのである」と説明し,続いて「尺八造方一般の法則」の節に「現今は一尺八寸を定法とするが昔時は虚無僧尺八と稱へ二尺乃至二尺四寸の竹を吹いたものであつた」「今は老人だが越後明暗寺の門人神保政之介といふ名人は二尺三寸位の大竹で三谷といふ本曲を自在に吹いていた」「明和年間には淺草門に尺八指南を爲て居つた岡秀益といふ名家が六十七才の時自らの愛竹を淺草の御堂に納めた。此の尺八は二尺二寸である」と加えています.ここに示されている尺八の図は以下です.

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音譜解説」と「音譜圖解」では「西洋樂譜を基礎として音譜を説明する」として,音階を1(=ド,C)からの数字譜で示し,尺八での音階を下左の図で示し,ツのメリに相当する音に「1」(=ド)に当てています.独奏ならば問題はありませんが,他楽器との合奏を考慮すると二尺一寸管の音律になります.また,指穴を半開にする場合は,下右図のように穴の上を開けることとしています.メリについては言及がありません.

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なお「追分節」について,「現今の尺八界に悪風潮がある。其は追分節や端唄の吹奏を絶對に禁ずる事である。」「日本音樂の粹しかも最もよく我國民性に適したものは則ち追分節である。且又尺八ほど此曲の表情に好適なる樂器はない。」としてます.


目次
尺八の沿革
普化宗
普化宗々義
普化宗門掟書
法燈國師覺心傳
日本國中宗門本寺
音樂と尺八
尺八の吹奏法
一 尺八の選擇
二 尺八の造方
尺八造方一般の法則
吹奏心得
音譜解説
一 音譜圖解
二 音の長短
音譜練習
 君ケ代
 一つとや
 おいどこ
 四季の歌
 越後獅子
追分節
松前追分(正調)
松前追分(在郷節)
越後追分
本唄
馬子唄
春雨
梅にも春

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小林紫山(1921)「尺八秘義」

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小林紫山「尺八秘義」
1921年(大正10年)11月25日 明暗根本道場

(著作権保護期間満了)
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小林紫山(1922)「尺八秘儀」の活字本版です.
本書は小林紫山(1916)「明暗尺八解」京都・明暗流尺八本部に加筆したもので,ほぼ同様の内容になっています.

目次
緖言
尺八の由來
吹奏の心得
吹込の事
メリカリの事
餘韻の事
吹き方研究
運指の心得
結論
附録 音譜解説

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川瀬牧童(1923)「正則尺八の学び方」

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川瀬牧童「正則尺八の学び方」
1923年(大正12年)7月18日 文友社
 
(著作権法第67条第1項により文化庁長官裁定を受けて公開)

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本書は東京尺八研究会編(1921年)「正則尺八吹奏講義録」(東京尺八研究会出版部)とほぼ同じ内容です.
またこの両書は宇田川孝童・ 尺八教授會共著(1920年)「琴古流尺八講義」(教文書院)とほぼ同じ内容です.ただし,かなり簡素,平易に書き直されています.


目次
一  緒言
二  樂器としての尺八
三  尺八の特長
四  尺八と健康
五  尺八の起源
六  日本に於ける尺八
七  尺八の流派
八  尺八の作り方
九  尺八の種類
一〇 各部分の名稱
一一 音の説明
一二 尺八の音に就いて
一三 初心者の尺八撰擇法
一四 尺八の取扱方
一五 露切について
一六 中繼尺八の取扱方
一七 尺八の持ち方
一八 歌口の當て方
一九 姿勢
二〇 吹き込み方
二一 吹奏中の注意
二二 音譜の説明
二三 記號の説明
二四 最初の練習法
二五 拍子の取り方
二六 最初の唄の選び方
二七 美音を出す祕訣
二八 合奏の注意
二九 合奏の練習法
三〇 三味線と尺八の合奏
三一 尺八と琴の合奏
三二 尺八とヴアイオリンの合奏
三三 三曲合奏の祕訣
三四 終りの言葉
附録 尺八音譜集

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宇田川孝童・ 尺八教授會共著(1920)「琴古流尺八講義」

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宇田川孝童・ 尺八教授會共著「琴古流尺八講義」
1920年(大正9年)12月10日 教文書院

(著作権法第67条第1項により文化庁長官裁定を受けて公開)

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」には,「抑(そもそも)發明以來二千年、時に盛衰あれど・・・長き歴史を唱(かな)でつゝも深き不遇に置かれたる尺八が復活」して,「近時、長足の進歩をなして一躍隆盛の域に達した本邦樂壇の權威たる尺八界」と書かれています.そして本書の目的は「初めて尺八を吹奏せんとする人、又は深く研究せんとする人の斯道に迷い躓かざらん爲めに、其の研究の方針を示し、吹奏の要領を明(あきら)かにしたるもの」としています.

緒言」には,「尺八こそは全く神州男児の意氣を吐くに相應(ふさは)しい樂器であります」という認識が書かれています.しかし「[尺八はこれまで]ある因襲的な感情の支配の下(もと)に十分誇るに足るべき發展をし得なかつた」と述べています.

尺八の起源と隆盛の原因」では「普化禪師・・・は張伯の・・・竹片に虚鐸と云ふ名稱を與へ・・・此虚鐸が軈(やが)て普化宗の法器となり、我國に傳はつては虚無僧尺八の起源を作つたのであります」という伝統的な説明をしています.以下,「尺八の傳來」「普化宗の法器と虚無僧」「徳川時代虚無僧の尺八」の節においても同様の伝統的な説明が続きます.「徳川時代虚無僧の尺八」の節には,徳川時代末期に普化宗の「秩序が全く破壊」された結果、「此宗は明治四年に廢宗になりましたが、それまでに虚無僧と云へば、直(たゞち)に人々に悪感(あくかん)を催(もよほ)させ、尺八と云へばその付属物として卑しめる因襲的な悪影響を及ぼした」とし、その後「現今になつて漸くその因襲的な感情が軟化して、音樂として獨立した尊厳を保つやうになつた」と記述しています.

尺八と管の長短」には「一尺七寸管は端唄に用ひ、一尺八寸管は琴、一尺九寸管は長唄又はヴァイオリン、二尺管は義太夫」に用い,また「洋樂との合奏には大抵一尺九寸管乃至二尺管を使ひます」と書かれています.

十二音律對照表」には「洋樂のハニホヘトイロ(ハ調1234567)」に対して対照表が示されています.指使いについて指孔の「半開は指を孔の上方へ半分かけること」「翳指(かざしゆび)は孔の横を指にておふひ翳すこと」と,区別しています.
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甲、呂の説明」では「息に些(いさゝ)か力を籠めて唇を締めて強く吹く場合は甲音」「息を太く弱く些か唇を緩めて吹く場合を呂(りょ)音」としています.

カリ、メリの説明
カリについては,「腮だけ少し張り出して十分に息を入れて吹いた時の音(おん)が、カリであります。最も甚しく腮を出した時を大カリと稱します。」.一方,メリについては「孔上(こうじよう)の指の位置を換へずに、僅かに指頭(しとう)を起こして、孔上に翳し、腮を引いて歌口と唇との間をなるべく狭く、甲の時には息を細く強く、呂(りょ)の時には息を細く弱く吹くのをメリと稱」し,「メリの種類としてはメリ、中(ちう)メリ、大(おほ)メリの三種ありますが、一音に付いては何(いづ)れも二種のメリ方だけ」あるとしてます.特にツのメリについては「第一孔を半開にして、腮を引」くとし,「第一孔を開けて吹けば中メリの音が出ます」と説明しています.

補助運指法とは何か」の節に「音(おん)が次の音(おん)に移り行くときに、指で孔を一寸(ちよつと)押して明確にその音(おん)の變化を現はすこと」を「アシラフ」と言い,その指使いを「アシラヒ」と言うと説明しています.

特殊音符の説明」にレの二重甲(=「三五レ」)も説明されています.

合奏の心得」には「尺八家の普通進むべきは現今に於ては專ら外曲の法へであります。それで此合奏によつて尺八の眞價が更に優越なる發展をなし、他の合奏物に比し最も雅味ある音樂として常に上位に立つ傾があるのは眞(まこと)に喜ばしい事です」と書かれています.

ヴイオリンとの合奏心得」の節には「ヴイオリンの細き絃Eを尺八の甲レに、絃Aをリに合わせる」とし,現代の尺八で言えば二尺一寸管相当の調弦が説明されています.さらに「一尺八寸管ではその調子が高くなるのでE線が屡々(しばしば)切斷する故に常に一尺九寸管または二尺管を用ひ」るとしています.これは当時の尺八が現代の尺八より律が高かったとも読めるのですが,そうなのでしょうか? この説明の次に示されている「洋樂譜と尺八音譜」の図はです.この図はその次の「和洋音譜飜譯」の説明とも合致していません.こちらで示されている表は私の理解と合っています.

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林愚郷(堅蔵)(1916)「琴古流 尺八の栞 雑曲音譜集」

林愚郷(堅蔵)「琴古流 尺八の栞 雑曲音譜集」
1916年(大正5年)7月25日 岡村書店


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尺八について,またその演奏方法についてかなり詳細に説明されています.ただ,やや記述が整理されていないため,理解が難しい記述も少なからずあります.「」には古風な虚無僧観・尺八観が書かれています.

尺八の「由來」については「尺八の故事來歴に就ては種々(いろいろ)の説があるけれども確かなものがない。」としながらも江戸期の文献を紹介し,伝統的な尺八史観を紹介しています.また明治期の虚無僧について「明治に入つてから物貰(ものもらひ)の徒(と)が尺八を利用して、俗耳に入(い)り易い歌曲(もの)を吹奏しながら門つけして体よく一文の合力をせがむ樣になつた」と記述しています.これに対し江戸期の尺八については「尺八は古く支那から傳來し一方には法器として僧侶間に傳へられ一方には樂器として中流意所の士人に好愛されて今日に至つたものである」としています.

異稱及び種類」の項には「一般に關東主に東京を中心としては長さ一尺八寸のを用ひ關西並びに九州地方(特に熊本は昔から盛な所である)では長さ一尺九寸のが愛用されてゐる」と記載されています.

製管法」の項には「竹の太さは管の上部に於て周圍大凡四寸乃至三寸、從つて管の内腔(うちがわ)は直徑凡そ八分乃至六分」「管腔の太さを何處(どこ)も畧(ほ)ぼ同樣に穿(く)りぬく、而(そ)して最も下方(した)は稍々喇叭形にするがよい。」と書かれています.孔の位置については「種々(いろいろ)の標準がある、就中解り易い一般に用ゑらるゝ方法は竹全体の長さを十九等分し、」とし,下図を示しています.なお「けれども實際に於ては裏孔は是より稍々上り、『三の孔』は稍々下り目に穿(ほ)つた方がよい樣である、叉三の孔を他の孔よりも心持ち小さく穿る法もあるが一般に孔の大さは同じく大凡直徑三分乃至三分五厘位である」と加えています.

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音律」の項には,「『メル』は又『メリ』トモ云ひ『滅入る』『沈む』の意である、或音(おん)を笛の位置は其儘で腮を少し引く時に其調子は沈んで聞える、之を其音の『メル』調子または『メリ』音と云ふのである、實際に於ては・・・腮を引込めると同時に一定の孔を幾分塞いで調子をメルのである」と,顎メリと指メリを併せて使うという指定です.

拍子」の項の冒頭に「凡そ歌と謡ふ時に最も困難を感ずるものは、音の高低強弱にあらずして各音(おん)を連絡する時間的關係である、即ち曲節(ふし)そのものであって換言すれば拍子である。」と書かれていて,拍子またはリズムがそれほど難しいのかと,現代人の歌と少し違うのかと思います.




天蓋に顔を包むで俗塵を遁れし虚無僧の身は知らず、元禄寶永の昔時(むかし)懐中剣と名づけて尺八を腰間(わうかん)に忍ばせし風流は學ばずもあれ、大正のいま終日の煩勞を忘れて月影淡き夕(ゆうべ)、想(おもひ)を一管の洞■[しょう]に托し七情(こゝろ)を天地の間(うち)にのぶるも亦快(くわい)ならずや。こゝに絶えざること縷(る)の如き響音の一緒を捉へ來つて「尺八の栞」と題す、敢(あえ)て羊頭を掲げて狗肉を沽(う)らむとするものにあらず、唯是れ河鹿(かじか)よぶそら笛たるのみ。
 大正五年
    林愚郷識

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