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蘇曼殊の詩碑

横浜市内に蘇曼殊の詩碑があります.

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蘇曼殊(1884-1918)は,私も全く知らなかった作家・詩人・画家ですが.尺八を詠いこんだ一編の漢詩を残しています.日本生まれの中国人(国籍は日本?)で日中の教育を受け,辛亥革命にも携わった,複雑な背景,波乱の人生を送った人物です.

春雨樓頭尺八簫
何時歸看浙江潮
芒鞋破鉢無人識
踏過櫻花第幾橋

 (多分,こんな意味でしょう)
   春雨の中,建物の上階から尺八の音がする
   何時になったら浙江に戻り,浙江の潮を見ることができるのだろう
   私は,粗末な草鞋を履き,欠けた鉢を持ち,ここでは誰も私を知らない
   桜の花を踏みつつ,幾つの橋を渡ってきたことだろう.

もちろん,「尺八」は現在の中国には存在しません.

尺八,桜等が日本の風景,浙江潮,橋等が中国の風景,芒鞋破鉢での漂泊が日本人の無常観かと,私は感じます.「浙江潮」が革命の胎動を暗示するとの解釈もあるようです.

蘇曼殊は清時代の中国茶商人が日本滞在中に日本人妾の妹に産ませた子(異説あり.つまり出生の詳細は不明,ということ).幼いころから日中を不安定に往来 しました.横浜の大同学校(現横浜中華学院)を卒業後,早稲田大学,成城学校(現:成城大学)に学びました(いずれも中退).その後,日中のみならず,東 南アジアも巡り,辛亥革命時の文化・革命活動にかかわりました.1918年に35歳で上海で病死.作家,詩人,画家として高く評価されていました.

この詩は,その作られた年代から推定すると,1909年のジャワ島滞在中の作と思われます.この頃,本国では辛亥革命の革命軍が崩壊しつつあり,革命軍は 本国での拠点を失い,孫文らはマレーシアの中国人社会に働きかけを強めていました.おそらくそんなこともあってジャワ島に居たのでしょう.

蘇曼殊には日中の架け橋という意識があったようには思われず,中国人作家・革命家として活動していたようですが,不思議なことに,現代中国には存在しない 尺八をこのように詠い込んでいます.日本で青年時代を過ごしたことが感性に沁みついているのでしょうか? 尺八が現世の無常の響をもつというのも,日本人 独特の感性でしょう.

参考;
横浜市役所編集グループ(1980)「横浜・作家の居る風景 -横浜市中区役所郷土資料叢書No.6」横浜市役所福祉部

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