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音楽之友社「音楽芸術」

音楽之友社の雑誌「音楽芸術」から,邦楽器に関係した5冊です.

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1963年5月号 特集:日本の伝統と現代 2
日本の作曲1世紀の歩み
 揺籃期の作曲界 明治-昭和初期・・・・・諸井三郎
 戦前の作曲界 新興作曲家連盟を中心として・・・・・清瀬保二
 戦後の作曲界・・・・・富樫康
日本の作曲を育てた人たち
 信時潔先生をめぐって・・・・・長谷川良夫
 諸井三郎先生について・・・・・入野義朗
 伊福部昭という人・・・・・松村禎三

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1963年8月号 特集:日本の伝統と現代 3
日本の音素材をいかに生かすか
 技法と民謡・・・・・小倉朗
 日本音階による作曲 主として和音について・・・・・小山清茂
 日本音階について 私の体験・・・・・清瀬保二

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1974年11月号 特集:現代音楽と邦楽器
独白・<邦楽器>―<音>―<音楽>・・・・・武田明倫
邦楽器,洋楽器の融合と対立,その歩み・・・・・富樫康
<座談会>作曲家の立場からみた邦楽器・・・・・諸井誠/湯浅譲二/池辺晋一郎/丹羽正明

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1984年9月号 特集:伝統楽器と創作
伝統楽器創作活動の軌跡 邦楽の近代化から国立劇場委嘱まで・・・・・山川直治
座談会・日本の伝統的素材による創作の意味を語る・・・・・一柳慧・間宮芳生・諸井誠・丹羽正明
武満徹《秋庭歌・一具》における雅楽 おもに四十八年作曲の部分について・・・・・木戸敏郎
広瀬量平《尺八協奏曲》における尺八 「回帰」としてではなく・・・・・広瀬量平
諸井誠《竹籟五章》における尺八・・・・・矢野暢
石井眞木《モノプリズム》における和太鼓・・・・・柿沼敏江
三木稔《破の曲》における二十絃箏・・・・・石田一志
長沢勝俊《三味線協奏曲》における三味線・・・・・茂手木潔子

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1987年10月号 特集:日本の音・日本の響き
日本の音への新しい視点・・・・・木戸敏郎
邦楽と私・・・・・田辺秀雄
生きている鏡 伝統音楽の可能性・・・・・菅野由弘
伝統音楽への郷愁・・・・雑喉潤
音楽教育の中の伝統音楽 文化教育として学術・実践のチーム・ティーチングを・・・・・柿木吾郎

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天吹

天 吹 (てんぷく)

少し前に鹿児島市を訪問した際に,天吹の展示を見てきました.市内では,歴史資料センター「黎明館」と「維新ふるさと館」に展示がありました.

実際の音を聞いたことはありませんが,小さな5孔を持った楽器で,高い張りつめた音が出そうです.

幕末の薩摩藩では,武道,儒学とともに,天吹が,武家の若者たちの必須科目だったようです.


「維新ふるさと館」の天吹
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「維新ふるさと館」の入口
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桜島と桜島フェリー
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塩見鮮一郎「江戸の貧民」

塩見鮮一郎(2014)「江戸の貧民」 文藝新書

978-4-I6-660992-5

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身分制度が厳格だった江戸時代には,一方でその身分制度からはみ出した者たちがいました.街中の宗教者,芸人,そして虚無僧たちです.本書は大都会江戸の 社会を調べ,そのような者たちが,赤貧の生活をしながらも,社会の中でたくましく生きて,また社会からも必要とされていた存在だったとを説明しています. 虚無僧についての記述は,主に武田鏡村(1997)「虚無僧 聖と俗の異形者たち」を引用しているようですが,虚無僧を「身分外」に生きた者たちの中に位 置付ける見方は,その姿を鮮明にするように思います.

第Ⅰ章 水難のエルドラド
第Ⅱ章 なぜ浅草弾左衛門
第Ⅲ章 膨大な勢力の車善七
第Ⅳ章 乞胸や願人,そして虚無僧
第Ⅴ章 香具師の愛嬌


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笛(?)の薬味入れ

和食店でこのような薬味入れを目にしました.

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お店の人は「笛の薬味入れ」と言っていました.

この写真にはよく写っていませんが,左の端に尺八の歌口を模した切り口があります.右の端には竹の根のようなものが見られ,尺八の管尻のようです.ところが,指孔の数と節の数が明らかに違うので普通の尺八ではなく,敢えて言えば,一節切か雅楽尺八に近いのですが,それでも指孔の数は違うし,まさかそんなマニアックな楽器を模すとは思えません.

尺八風歌口と管尻を無視すれば篠笛に近いかと思いますが,やはり指孔の数が違うのと,右に一つ外れた指孔が不思議です.

結局,何をイメージしたか判りません.そんなことをとやかく言うようなものではないとはいえ,やはり気になります.雰囲気といっても,もう少し現物を見て作ってもらえないかなと,思います.

ちなみに,この料理は店の手作りのおぼろ豆腐で,たいへん美味しくいただきました.

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夏目漱石「行人」

青空文庫に掲載されています.

夏目漱石「行人」(1912)

主人公の独白として物語が進みます.

主人公が,知人の三沢が入院したという知らせを受け,彼が入院してる病院を訪問しました.その病院の雰囲気を記述するために尺八が使われています.

三沢は看護婦から病院のAという助手の話を聞かされていた。このAさんは夜になって閑(ひま)になると、好く尺八(しゃくはち)を吹く若い男であった。独 身(ひとり)もので病院に寝泊りをして、室(へや)は三沢と同じ三階の折れ曲った隅にあった。この間まで始終(しじゅう)上履(スリッパー)の音をぴしゃ ぴしゃ云わして歩いていたが、この二三日まるで顔を見せないので、三沢も自分も、どうかしたのかねぐらいは噂(うわさ)し合っていたのである。
看護婦はAさんが時々跛(びっこ)を引いて便所へ行く様子がおかしいと云って笑った。それから病院の看護婦が時々ガーゼと金盥(かなだらい)を持ってAさ んの部屋へ入って行くところを見たとも云った。三沢はそういう話に興味があるでもなく、また無いでもないような無愛嬌(ぶあいきょう)な顔をして、ただ 「ふん」とか「うん」とか答えていた。

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夏目漱石「一夜」

青空文庫に掲載されています.

夏目漱石「一夜」(1905)

男二人と女一人が宿を共にして,夜遅くまで夢の中のような語りあいをします.その時の雰囲気つくりの音に琴と尺八が使われています.

「夢にすれば、すぐに活(い)きる」と例の髯が無造作(むぞうさ)に答える。「どうして?」「わしのはこうじゃ」と語り出そうとする時、蚊遣火(かやりび)が消えて、暗きに潜(ひそ)めるがつと出でて頸筋(くびすじ)にあたりをちくと刺す。
「灰が湿(しめ)っているのか知らん」と女が蚊遣筒を引き寄せて蓋(ふた)をとると、赤い絹糸で括(くく)りつけた蚊遣灰が燻(いぶ)りながらふらふらと 揺れる。東隣で琴(こと)と尺八を合せる音が紫陽花(あじさい)の茂みを洩(も)れて手にとるように聞え出す。すかして見ると明け放ちたる座敷の灯(ひ) さえちらちら見える。「どうかな」と一人が云うと「人並じゃ」と一人が答える。女ばかりは黙っている。
「わしのはこうじゃ」と話しがまた元へ返る。火をつけ直した蚊遣の煙が、筒に穿(うが)てる三つの穴を洩れて三つの煙となる。

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岸田國士の書評:米川正夫著「酒・音楽・思出」

「青空文庫」に掲載されています.


米川正夫(1891 - 1965)は著名なロシア文学者です.これは米川氏の回想録の書評です.米川氏は筝曲家一族の一人で,箏の演奏も相当のものだったそうです.


次には音楽に関する随想が並んでゐる。
「十六の年から今日まで、まづ琴を手始めに三絃、尺八、謡、小鼓といふ順に手がけて来た」といひ「それもちよつと門口をのぞいて見たといふ程度でなく、かなりなところまで深入りしたものである」
と氏の謙遜癖にも似合はぬ口ぶりで察せられる通りに、そのうちあるものは家元の直系を伝へてゐるとは驚くべきことである。
 私も、或る日招かれて公の席における氏の演奏ぶりを「拝見」したことがあるが、実のところ、私の耳はこの古典的な邦楽器の音色を聴き分ける能力はなかつ たのである。たゞ、内田百間氏との合奏が殊にこの「桑原会」の呼び物らしいので、講堂の聴衆と共に私も小鼻に力を入れて舞台を凝視してゐたにすぎない。
 ところがこれらの随筆を読んで、私は実のところ氏の音楽的天分と薀蓄とに更めて敬意を表せざるを得なくなつたことを告白する。


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永井荷風「荷風戰後日歴 第一」

「青空文庫」に掲載されています.

永井荷風の日記です.

昭和廿一年

三月十四日。
晴。
[中略]その頃店[注:神田今川小路の筆匠玉川堂]の裏手に小庭を前にせし貸席ありて折々俳諧謠曲の會などの催しをなすものありき。余は荒木竹翁につきて琴古流の尺八を學びゐたれば翁父子及び門下の人々と一二度さらひの會に赴きしこともありしなり。[後略]

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善養寺惠介氏の新CD

善養寺氏の新しいCDを入手しました.

「虚無尺八  日本伝統音楽の粋」
Gakken    3200002211

Cdkomushakuhachi

通り・門付け・鉢返し(根笹派錦風流) 一尺八寸
鈴慕(松巌軒所伝) 二尺
三谷(越後明暗寺所伝) 二尺
鹿の遠音(琴古流尺八本曲) 一尺八寸
虚空(普大寺) 二尺
調子(普大寺) 二尺四寸
吾妻の曲(一朝軒) 一尺八寸

丁度1年前の2013年9月8日,神楽坂The Gleeでのライブ録音です.

この演奏会を私も聴きました.

小さな会場で細かな息遣いまで感じられる演奏会でしたが,ライブ録音ということで,音を立ててはいけないと,体は固まるし,咳もいけないだろうと,聴いている私がかなり緊張してしまいました.

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