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鈴木治助(對山)(1892)「尺八指南」

鈴木治助(對山)(1892)「尺八指南」金城堂

国立国会図書館で公開されている尺八関係文献です.
(文化庁長官裁定による公開)

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京都明暗教会の初代看首鈴木對山の尺八教科書です.京都明暗寺が再興されてから間もないころに出版された譜本です.鈴木對山は尺八の普及を目指して,明暗尺八を念頭に置きながらも,俗曲による尺八の入門を考えたようです.

鈴木對山は名古屋で,西園流に伝えられた浜松の普大寺の明暗尺八曲を習得し,その後上洛して京都明暗寺を再興しました.そんな縁があったのか,この本は名古屋の出版社から出版されています.

最初の譜として,「唱歌」として「君が代」の譜が掲載されています.ロから始まる譜ですが,そうであれば「ツ」はメリ音となるはず(正確には「中メリ」)ですが,そのような注記はありません.その他の譜にもメリ音記述はありません.



鴨川の千鳥の聲百さとの糸の音みな音聲として人のこゝろを樂しませさるはなし幽棲閑雅なる深山邊の谷間に水音に松吹風をとりませてそら焚の烟の中笙しちりき七絃をかならしぬる樂しみいと高尚なるわざなることいふまてもなきことぞかし位高き人皆このわざを好みつるかいな\/髙妙なるわざ味ひをしるさへむつかしまして朝ゆふ己かなりわいにつとめいとまなきみの此わざをしり樂み得へきや俗きわまると笑ふ人三味線のいとおもしろさに命の洗たくをなし白がの親父も大津繪をしらぬはなく權兵衛種を蒔ながら口ずささむはやり歌おさん米かす水を汲つゝうとふいよぶしなか\/にもしろし孔子もこれを捨給はす高きにのほるには底きより遠きに行には近きよりてふ聖人の教によるとにはあらねとも誰もしる歌かきあつめ吹そゆる笛の一ふしかきつけて尺八をもてあそふ人のたつきにと櫻木にほりぬこれを見て笑ふ人は人に笑はるゝ人と笑つゝすゞきうじにかわりてかき記すものは

                                       浮名の華○竹





洞■[ショウ](尺八)は和漢共に往古より有來れるものなり頗る高尚なる樂器にして精神を閑静にし心中の就癪を去り悟道の一器たり。故に古來普他[ママ]宗にては本手と云へる一種不可思議の曲を傳へ琴歌地歌の如きものさへ賤みて調ふることを許さゝりし然るを此冊子の如き戯曲を著はすは此道の本意に非さるも近日尺八の流行日を追て盛んなれども尺八は志野草笛と違ひ其音を出すことむつかしけれはしはらくは獨習をなすも此笛を學ふの早道なりさろとたゞ音をさするのみにてはおもしろからずさりとて高尚なる譜をしるしたくも初近の及はざることなり故に兒童が口すさむ卑近の俗曲をしるし深山路に入る枝折にせんとす順次號を追て黒髪、春雨、小すの戸、ゆき、袖の露、あしかり、あか月、竹生島、王照君、六段みだれ、古今の四季、三夜、しづ、戀慕、霧海路、虚せい、など著し此笛の六音六調に合ひ古樂に合するのしらべ又ヲルガンピヤノハイヲリンに合すと此笛の來歴秘訣等かきしるし出版すべし諸君此巻の号を追て大尾に至るを待て此評あらんことを冀ふ

                                            鈴木對山

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