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巌谷小波編「少年日露戰史」

国会図書館で公開されている文献です.

巌谷小波編(1906)「少年日露戰史 第一編 開戰の巻 附 軍國讀本 巻の一」博文館
(著作権保護期間満了)

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全11巻からなる「少年日露戦史」「第一編」に付録として掲載されている「軍國讀本 巻の一」の「三 敵前の尺八」に,巡洋艦浅間の艦長だった八代六郎大佐が戦闘を前にして尺八を吹いていたという逸話が掲載されています.

この「少年日露戦史」は「今から後の少年の爲にも,帝國空前の大事業を永く記憶させる爲に,日露の戰爭を書いた本」です

.附録の「軍國讀本」は「日露戰爭に干係した,美談や逸話を讀本體に書いて,忠君愛國の好模範を,永く少年に示す爲の本」とのことです.

「三 敵前の尺八」では,八代大佐は巡洋艦浅間に艦長として乗船し,日露戦争開戦の初戦である仁川の海戦において戦闘の直前まで尺八で「千鳥の曲」を吹いていて,敵艦ワリヤークを発見後,戦闘開始の号令を発し撃沈した,と書かれています.

この逸話はいろいろなところに引用されている有名な話です.今となってはフィクションか,ノンフィクションかを問う意味はないでしょう.

しかし,この逸話はどうもしっくりいかないものがあります.

巡洋艦に尺八を持ち込むことが艦長ならばできたのかどうかわかりませんが,戦闘直前にそれを吹いていたというのは普通は考えられません.普通ではないからこそ八代大佐の豪放さを表した逸話だと云われれば,そこまで言われるのならそういうことにするにしても,その時の演奏曲が「千鳥の曲」というのが,いかなる理由でも理解不能です.「事に依れば一生の中に,是が吹き納めに成るかも知れぬと,精神籠めて吹き立てた」と記述されていますが,地唄もので,曲想もそのようなものとはとても思えません.「千鳥の曲」の『君が御代をば八千代とぞ啼く』のところまで吹いたときに戦闘が始まったと書かれていますので,この歌詞を引き出すために選ばれた曲が「千鳥の曲」だったのではないかと思えてなりません.

また,戦の前に笙を吹いたという新羅三郎義光,また討死にするまで笛を離さなかったという平敦盛を引用しながら,「而も義光より敦盛より,六郎は更に強かつたのであります.」と記述しています.しかし,本編の「少年日露戦史 第一編」の仁川の海戦の章を読む限り,日本海軍がロシア海軍に勝ったのは,日本の艦船数が圧倒的に多く,さらにロシア艦船に比べて戦闘準備も完全にできていたということが理由で,個人の能力の優劣ではありません.

このように考えると,この本は,純粋な面白い逸話の紹介というよりは,日露戦争の勝利に舞い上がった世論の中で,日本人の優秀性を宣伝し,帝国主義を志向する,この種の初期の出版物だったのではないかと思われます.

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