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ヨウネン社編纂(1927)「文部省認定 日露戦役物語」

国立国会図書館で公開されている文献です.

ヨウネン社編纂(1927)「文部省認定 課外讀本 學級文庫 日露戦役物語」ヨウネン社
(著作権保護期間満了)

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日露戦争開戦直後の仁川の戦いでの日本の勝利の際の逸話に尺八がでてきます.「六,風流艦長の尺八」に書かれています.

開戦直後の朝鮮半島の仁川港付近の交戦の話です.ロシア艦,ワリヤーグとコレーツが停泊していた仁川港に日本艦隊が近づき,これに対しロシア艦から発砲があったために日本艦隊も応戦し35分位の交戦の後,ロシアの両艦が撃沈されたという話です.

ワリヤークと日本艦隊の交戦が始まってからも,浅間の艦橋では,浅間の参戦を待たせて艦長の八代六郎大佐が尺八で「千鳥(の曲)」を悠然と尺八を吹いていたことになっています.「千鳥(の曲)」を吹き終えた丁度その時に,ワリヤークが近距離に迫ってきていたので,八代大佐は同艦にむけて攻撃命令をだしました.

なかなか理解の難しい話です.名手の尺八の音色が「實に絶妙蘊奥(うんあう)を極めてゐる」のは容易に同意できるのですが,この状況で地唄の「千鳥(の曲)」が「嚠喨(りうれう)たる尺八の妙音」として聞こえるかどうかが大きな疑問です.状況と曲想があまりに違うのではないかと感じます.著者は尺八の音は聴いたことがあっても「千鳥(の曲)」は聴いたことがないのではないかと思ってしまいました.

また,交戦が始まっている中で,参戦のタイミングを見計らいながら尺八を吹くという行為について,「部下一同は今更乍ら大佐の廣大なる度量とその心事の床しさに感じる入」ったという記述ですが,私にはとても理解できません.

この逸話がフィクションかノンフィクションかを考察する意味はほとんど無いと思います.重要なことは,交戦時の砲弾が飛び交う中で嚠喨たる響きの尺八を吹くという人物に廣大なる度量を感じるという読者の受け皿が,この時代にはあったということだろうと思います.

なお,この本の冒頭部分は近代日本の歴史認識として非常に面白い書き出しになっています.私は平和運動とか反戦運動とは程遠い立場ですが,そんな私が読んでも唖然とする記述です.このblogは平和・反戦を論ずる場にはしませんのでこれ以上は書きませんが,日本人の常識を考える上では一読の価値があります.

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巌谷小波編「少年日露戰史」

国会図書館で公開されている文献です.

巌谷小波編(1906)「少年日露戰史 第一編 開戰の巻 附 軍國讀本 巻の一」博文館
(著作権保護期間満了)

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全11巻からなる「少年日露戦史」「第一編」に付録として掲載されている「軍國讀本 巻の一」の「三 敵前の尺八」に,巡洋艦浅間の艦長だった八代六郎大佐が戦闘を前にして尺八を吹いていたという逸話が掲載されています.

この「少年日露戦史」は「今から後の少年の爲にも,帝國空前の大事業を永く記憶させる爲に,日露の戰爭を書いた本」です

.附録の「軍國讀本」は「日露戰爭に干係した,美談や逸話を讀本體に書いて,忠君愛國の好模範を,永く少年に示す爲の本」とのことです.

「三 敵前の尺八」では,八代大佐は巡洋艦浅間に艦長として乗船し,日露戦争開戦の初戦である仁川の海戦において戦闘の直前まで尺八で「千鳥の曲」を吹いていて,敵艦ワリヤークを発見後,戦闘開始の号令を発し撃沈した,と書かれています.

この逸話はいろいろなところに引用されている有名な話です.今となってはフィクションか,ノンフィクションかを問う意味はないでしょう.

しかし,この逸話はどうもしっくりいかないものがあります.

巡洋艦に尺八を持ち込むことが艦長ならばできたのかどうかわかりませんが,戦闘直前にそれを吹いていたというのは普通は考えられません.普通ではないからこそ八代大佐の豪放さを表した逸話だと云われれば,そこまで言われるのならそういうことにするにしても,その時の演奏曲が「千鳥の曲」というのが,いかなる理由でも理解不能です.「事に依れば一生の中に,是が吹き納めに成るかも知れぬと,精神籠めて吹き立てた」と記述されていますが,地唄もので,曲想もそのようなものとはとても思えません.「千鳥の曲」の『君が御代をば八千代とぞ啼く』のところまで吹いたときに戦闘が始まったと書かれていますので,この歌詞を引き出すために選ばれた曲が「千鳥の曲」だったのではないかと思えてなりません.

また,戦の前に笙を吹いたという新羅三郎義光,また討死にするまで笛を離さなかったという平敦盛を引用しながら,「而も義光より敦盛より,六郎は更に強かつたのであります.」と記述しています.しかし,本編の「少年日露戦史 第一編」の仁川の海戦の章を読む限り,日本海軍がロシア海軍に勝ったのは,日本の艦船数が圧倒的に多く,さらにロシア艦船に比べて戦闘準備も完全にできていたということが理由で,個人の能力の優劣ではありません.

このように考えると,この本は,純粋な面白い逸話の紹介というよりは,日露戦争の勝利に舞い上がった世論の中で,日本人の優秀性を宣伝し,帝国主義を志向する,この種の初期の出版物だったのではないかと思われます.

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人形浄瑠璃「阿弥陀胸割」

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上越教育大学が主催した人形浄瑠璃公演「阿弥陀胸割」を見てきました.

台本だけが残っている演目の復活公演だそうです.

古代インドに設定した話ですが,江戸時代の演者(=人形),舞台設定も江戸時代,という,奇妙といえば奇妙な上演です.人形浄瑠璃はこういうものなのでしょう.ストーリーは仏教と中国の忠孝思想のミックスに基づくもので,まぁ,ありへんやろ,という展開ですから,公演全体が奇想天外なものになっているのですが・・・・・

しかし,それにもかかわらず結構な説得力があって,しかも楽しいのはどうしてなんでしょうか.それこそが,伝統芸能の力なのかと思います.

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中山啓「詩集 火星」

国会図書館で公開されている作品です.

中山啓(1924)「詩集 火星」新潮社
(著作権保護期間満了)

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序にあたる「序詩」は,このフレーズで始まります.
  熱情が燃えて火を吹くとき
  孤獨の淋しさが滴るとき
  いつもそれは凝つて詩になるのだ

尺八が出てくる詩「尺八を吹く男」では,関東大震災後の焦土の夜に瓦礫の上でひとりで尺八を吹いている男がえがかれます.関東大震災で家族も財産も失ったと云います.「冴えすんだ月」の下,男がひとり吹く尺八は「低い悲しい調子」で,これを聞いて「」は「何といふ嘆くやうな恨むやうな/めいるやうな悲しい音色であらう」と感じます.尺八吹きは「」という「訪問者」と交ることなく「月光の霞んでゐる彼方へ去つて」しまいました.

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