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高木裕(2011)「調律師,至高の音をつくる」

この本を本屋さんの立ち読みで見つけて,購入して読みました.

高木裕(2011)「調律師,至高の音をつくる 知られざるピアノの世界」朝日新書

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著者の高木氏はピアノの調律師.本書では調律師の仕事の内容,高木氏の調律師としての経験,調律師の目指すところなどが語られています.

ピアノの調律師はピアノを調弦して音を合わせるのが仕事だと,私は思っていました.高木氏の語る調律師の仕事は,ピアノのオーバーホールから始まり,調弦の前の「整調」,「整音」も行い,様々な演奏環境に合わせてピアノを調整し,もちろん調弦もし,コンサートではピアノにまつわる様々な設定まで含まれます.このとき,ピアニストの求める様にピアノの状態を設定したり,音色を整えることもするとのことです.

高木氏の考える「弾きやすい」ピアノとは,ピアノに表現力があり,ピアニストがやりたいことがすべて音になって表れるように調整されたピアノだそうです.高度な技術と表現力のあるピアニストはこのように調整されたピアノであれば,指先の僅かなコントロールを音に反映することができるようです.車で言えばトップレーサーがF1カーを操って最高速を出すようなもので,一方,技術の十分でないピアニストであればとても弾きこなせるものではないようです.・・・・とすると,私の尺八は?・・・私の技術でも未熟さをそれなりに隠してくれる,私のお友達・・・かも?

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田中清一「詩集 生命の戦士」

田中清一(1922)「詩集 生命の戦士」南天堂書房

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国立国会図書館で公開されている作品です.
(文化庁長官裁定を受けて公開)

田中清一(喜四郎)1900-1975

当時の代表的詩人福田正夫が序文を寄せています.その序文では,本書を「若い現代人の叫びに,火のやうな生命の憧憬と燃えるがやうな戰ひの血,それらの新時代への苦悶と道程を示してゐる.」と紹介しています.

尺八が表題に含まれている詩「尺八の哀音」では,五十歳くらいの妻子を連れた老乞食が東京小石川の広い通りで尺八を吹いています.「ものうい春の暖かい一日」の「花見時」,「爛漫と咲き亂れてゐる/淡紅の櫻の花が/涯しない碧空に/くつきりと浮んでゐる」街中の「美しい丹塗の赤い門」の前で,「老乞食が/隣にゐる妻や子を/忘れたやうに/一心に尺八を吹いて」います.その音色は「りゆうりようたる尺八の哀音」「おお咽び泣く尺八の哀音」と形容されています.世俗の中にあり,しかし人の世の賑わいから外れ,家族も忘れたかのように,尺八は哀しく孤独に吹かれています.そしていきつくところ,「りゆうりようたる尺八の哀音が/春の暖かい空氣にとけこんで/寂しい響きをつたへてゆく

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石塚杏葉「石塚杏葉第一詩集 夕風に散る」

国立国会図書館で公開されている詩集です.
(文化庁長官裁定を受けて公開)

石塚杏葉(1922)「石塚杏葉第一詩集 夕風に散る」青流社出版部

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著者は本書の最初に詩「序に代ふ」の冒頭で,
 世のすべての人々の
 落ちつく所はみんな一つなのだ

 ・・・[中略]・・・
 みんな
 「死」の家に到達するのだ

として,本書での著者の基本姿勢を示します.

そして,尺八吹きが出てくる詩「尺八を吹く者」では,「死の影のやうな濃い影」の「盲目の尺八吹き」の姿が描かれ,その尺八の音は,
 世を呪ふやうな
 世を恨らむやうな
 自己を悲しむやうな
 その音を聞いてはおのづと引締まり
 涙ぐましくなる

とされています.

尺八吹きは「眞夏眞晝の太陽」の下の明るい道を,
 黒い魔の如く死の影の如く
 静かに歩みを續けて行く

社会に背をむけ,一人で尺八を吹き,消えていく・・・・
というのが,この尺八吹きに与えらえたイメージでしょうか.

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荒木精之(1944)「続 肥後民話集」

荒木精之「続 肥後民話集」1944年(昭和19年) 地平社

国会図書館で公開されている文献です.
(文化庁長官裁定を受けて公開)

Araki

 荒木精之(1907-1981)が集めた肥後の国(現在の熊本県)の民話.松村武雄の序文によれば,「肥後は古くから人文的活動の盛んな國であつたし,その上にまた國土の位置の關係から朝鮮・支那・印度支那・南洋などの民話が,流れに流れ込んで,久しい間に郷土固有のそれ等に混淆し融合して,火の國の民話界を豊富にし多彩にしてゐる」.本書は正・続の二冊で百話を掲載しています.

 第七十二話に尺八が扱われています.文面をたどればかなり残酷な話になっていますが,日本の伝承民話はしばしばこのような性格があり,本書の他の話もこのような傾向がみられます.

 この物語が物語の素材に尺八を選んだのか,尺八の特性からこの物語がうまれたのか,それはわかりませんが,物語と尺八とが良く合っているのでしょう.この話では「尺八から流れてくる音色の中に自分のかなしい歌聲」を含んだものであるとしています.

 この物語では江戸の街中を「尺八ふき」が尺八を吹きながら流していたことになっています.なぜ虚無僧と明言しないのか不思議なのですが,虚無僧として限定してしまわない方が特定の宗教性を排除できるのかもしれません.

第七十二話 不思議な尺八の話

 昔,熊本のある士族の家にあつたとつたへられてゐる話.
 その家には父と母と二人の子供が住んでゐた.父親は殿樣の參覲交代について江戸にのぼつて,あとには母親と兄妹の子供が殘つてゐた.ところが二人の子供は母親にとつては上の男の子供は繼子で,下の女の子は實の子であつた.兄妹はいたつて仲がよかつた.
 母親はいつも繼子がにくくてならなかつた.母親は何かにつけて繼子をいぢめるのであつた.そしては父親のいない間に一を繼子を殺してやらうかと思ふに至つた.
 或る日,母親は二人の子供を手習にやる時,ひるめしをもたしたが,本當の子の方には毒の入つていないものを與へ,繼子には毒を入れたものを與へた.實子 は兄のにぎりめしに毒が入れてあるのを知つて,こつそりと兄に,そのおにぎりはたべるなといつて,自分のものをわけてやつた.そして兄のおにぎりを犬にく はせると,犬はころりと死んでしまつた.
 母親は繼子が死ぬものと思つてゐたら,何のこともなく歸つてきたので一そうにくにくしくてならなかつた.母親は神まゐりに連れてゆくといつて,まま子を 連れだし,神社の近邊にうづめて歸つた.妹は家にいつまでも兄が歸つてこないので,母親にたづねたが,母親は知らぬといつてそのままねてしまつた.妹は兄 の身を案じて家の外に出てあちこちとさがしあるいた.
「兄さん! 兄さん!」
といつてさがしてゐると,神社の森の近くから,「ウ・・・ウ・・・」といふ苦しげなうめき聲がきこえてきた.妹が近よつてみると穴の中に兄はうづめられてあゐたので,土を掘り出して兄をつれて家に歸つた.
 母親は繼子を見ると,にくくてにくくてならなかつた.
 この死にそこなひめが!
 このごくぬすどが!
と散々こぐきまはしては毎日いぢめつけた.繼子はそのたびに江戸に行つてゐる父親を戀しがつた.
 或る日,母親は大釜に湯を一ぱい入れて沸らした.その上に一本の木を渡して,繼子に,
「ここを渡ると江戸の父さんが見えるから渡れ.」
といつた.繼子は「いやだ,いやだ.」といつたが,母親は無理に渡らせた.するとたうとう中途でころんで湯の中に落ちて死んでしまつた.これを見てゐた本當の子が,
「私も渡る,江戸の父さんがみたいから.」
といつた.母親がびつくりして,江戸の父さんは見えないといつたが,渡るといつてきかず,たうとう湯の中に落つこちて死んでしまつた.
 母親は二人の子供の死體を畑にうめた.
 するとそこから竹が生えた.それは實に見事な竹であつた.或る時尺八つくりがそこを通りかかつて,この竹を見て,
 「これは實に立派な尺八竹だ,一つゆづつてうくれ.」
といつた.母親は,尺八竹ときいて,
「この邊で吹くなら賣つてもいいが,江戸にゆくなら賣らぬ.」といつた.尺八つくりは江戸にはゆかぬといつてその竹をひとつ買ひとつた.
 その竹でつくつた尺八は實にいい音を出した.だんだん有名になつて,轉々と江戸の方に上つて行つた.  この尺八のふくところ,みんな音色におどろいて,立止りかえつて耳をかたむけた.
 二人の子供の父親は或る日,江戸の家の中にゐたが,ふとどこからともなく流てくるかなしい歌をきいた.その歌はだんだん近づいてきた.彼は思はずひきつ けられて門に出てみた.すると尺八ふきが尺八をふきながら近づいてくるのであつた.二人の子供の父親は尺八から流れてくる音色の中に自分の子供の悲しい歌 聲をききとつた.
  江戸の父さん 戀しやな
  まま母うらめし ヒユーヒヨロヒヨロヒヨロ
 それはまぎれもない故郷にのこしてきたわが子の歌聲であつた.父親はおどろいて尺八ふきを呼びとめ.その尺八はどこから手に入れたものかときいた.する と尺八ふきは熊本から手に入れたと云つた.父親は何ごとか不吉なことが自分の不在中にあつたに相違なしと思つて,殿樣のおゆるしを得てすぐ歸つた.家にか へつてみると,二人の姿は見えなかつた.母親をせめると病氣で死んだといつた.しかし父親はそれを信じなかつた.なほも責めてゐると,まま母は遂に私が殺 しました,と白状した.父親は大いに腹を立てて,まま母の鼻をきり,耳をきり,眼玉をくりぬいて殺してしまつたといふ.


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野地繁(1941)「盲学校物語」

国会図書館で公開されている図書です.
(文化庁長官裁定を受けて公開)

野地繁(1941)「盲学校物語」交蘭社

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著者の野地繁(1903-1988)は盲目の随筆家.この本が1941年の出版で,本書によればその20年ほど前に上京して東京盲学校に入学したとのことです.

著者と尺八との係りが,本書に以下のように書かれています.

著者は盲学校在学中に尺八の練習を始めました.盲学校には音楽科があって年二回の演奏会が開かれていました.そこに尺八の演奏家として水野呂童が出演していました.震災前のある年の演奏会では本居長世の令嬢がピアノを弾き,これに吉田晴風が尺八で合わせたことがありました.この演奏に感銘して,吉田晴風に師事することを希望しました.

音楽科の生徒の一人が宮城道雄に琴を習っていたため,宮城道雄に仲介を依頼したところ,快く繋いでくれて,吉田晴風に習うことができました.

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先生に初めてお目にかゝつた時の印象は「ノンキな父さん」といふ感じだつた.でつぷり肥つた血色のいゝ赫ら顔で頭の毛が薄くて電氣でテカ\/光つてゐた.そして終始ニコ\/してをられた.(私は其の數年先生に師事したが先生の怒つたお顔を見たことが一度も無いかつた,又先生から人の悪口をきいたことも一度も無かつた)
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この縁もあって,後日,盲学校で邦楽の演奏会を開きました.宮城道雄や吉田晴風に加え,田邊尚雄の講演があったりと,「盲學校初まつて以來」の盛会となったとのことです.

著者が最初に買った尺八は18円の尺八で,これを吉田晴風にみてもらったところ「これなら一年位は使へませう」との評をもらいました.著者はその後「此のの尺八では滿足出來なくなって新たに」70円の尺八を買いました.

著者は盲学校で2年ほど尺八を習いましたが,卒業後には尺八を続けることはなかったよ
うです.ただ,本書の初出は雑誌「三曲」の連載であるし,本書の序文を田邊尚雄が書いていますので斯界との関係は生涯続いていたのでしょう.

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坂口安吾「青鬼の褌を洗う女」

青空文庫に掲載されている尺八が使われている文学作品です.

坂口安吾「青鬼の褌を洗う女」.初出は1947年(昭和25年)です.

第二次大戦前後の時代を,社会の旧弊に背を向けるように生きた若い女性が独白する奔放な人生の物語です.

主人公の人生感は次のような一節に現れます.

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 世間の娘が概してそうなのか私は人のことは知らないけれども、私や私のお友達は戦争なんか大して関心をもっていなかった。男の人は、大学生ぐらいのチンピラ共まで、まるで自分が世界を動かす心棒ででもあるような途方もないウヌボレに憑かれているから、戦争だ、敗戦だ、民主主義だ、悲憤慷慨、熱狂協力、ケンケンガクガク、力みかえって大変な騒ぎだけれども、私たちは世界のことは人が動かしてくれるものだときめているから勝手にまかせて、世相の移り変りには風馬耳、その時々の愉しみを見つけて滑りこむ。
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そして尺八は,小説の最後,主人公が人生感をあらためて述懐する部分に出てきます.

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 私は虫の音や尺八は嫌いだ。あんな音をきくと私はねむれなくなり、ガチャガチャうるさいトロットなどのジャズバンドの陰なら私は安心してねむくなるたちであった。
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しかし,主人公がことさら無視しているのは決して日本の伝統というものではなく,むしろ明治維新以降に日本の社会に導入された西欧キリスト教社会の倫理観,社会構造だろうと思います.

一方,「虫の音や尺八」は明らかに日本の伝統美です.主人公にとっては,当時に世界に広がっていた近代社会構造を日本で日本風に色づけるものが日本の伝統美だったのかと思います.その色づけの例が「虫の音や尺八」だったのでしょう.

主人公の生活は,それまでの西欧的近代社会を無視しながら,結局,ジャズバンドに彩られた少し違った色合いの,やはり,西欧的近代社会に入っていくという,そんな生活なのでしょう.

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岡本綺堂「半七捕物帳 十五夜御用心」

またまた青空文庫に掲載されている虚無僧が出てくる文学作品です.

初出年が明確ではないのですが,おそらく1930年頃(昭和初期)の作品です.

「十五夜御用心」は半七捕物帳全69話のうちの第46話

半七捕物は江戸末期の設定です.「十五夜御用心」では江戸の向島で虚無僧が巻き込まれた殺人事件が起きます.向島といえば今ならスカイツリーのお膝元ですが,当時は「暗い森があって物騒」な場所だったようです.

事件の内容はもちろん書けませんが,「虚無僧は寺社奉行の支配で町方では迂闊に手をだせない」ことが,この小説の中で虚無僧が事件に巻き込まれる理由の一つになっています.岡本綺堂は良く調べていますね.

「半七捕物帳」も,それ以前に岡本綺堂も今回初めて読みましたが,面白いですね.一気に読んでしまいました.

=====一部引用;
 その言葉が終らないうちに、彼の襟髪は何者にか掴まれていた。はっと驚いて見かえる間もなく、彼は冷たい土の上に手ひどく投げ付けられた。いよいよ驚いた彼は、顔をしかめて這い起きながら見あげると、その眼の前には虚無僧 すがたの男が突っ立っていた。自分を投げた男ばかりでなく、ほかにも猶ひとりの虚無僧が女を囲うように附き添っていた。
 相手は二人で、しかもそれが虚無僧である以上、相当に武芸の心得があるかも知れないと思うと、元八は俄に気怯(きおく)れがして、彼らに敵対する気力もなかった。虚無僧は無言で立っていたが、天蓋の笠越しに屹(きっ)とこちらを睨んでいるらしいので、元八はいよいよおびえた。彼はからだの泥を払いながら、これも無言ですごすごと立ち去るのほかはなかった。

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岸田國士(1929)「取引にあらず」

先週末の連休に風邪をひいてしまって,それ以来フラフラしていました.ようやく昨日あたりから動けるようになりました.

さて,青空文庫に掲載されている尺八が使われている文学作品です.

岸田國士「取引にあらず」.初出は1929年(昭和4年).おそらく同時代を描写した戯曲です.

街の煙草屋が舞台です.この煙草屋にも外国製煙草の注文が入ったり,近隣の玉突屋が繁盛したり,近所にカフェがあったりと,当時の時代の雰囲気が描かれています,

戯曲のストーリーは書けませんが,尺八の評価と価格が軸になるストーリーです.たいしたことのない安い尺八の価格として1円~1円50銭,もっといい尺八として2~3円という価格が書かれています.歴史的な経緯をもつ最上級の尺八の価格として300円が示されています.300円は別として,おおむね現在の2万~3万分の1くらいの価格かと思います.

物価が比較できないので試しに米価で比較すると,1929年ころの米価が10㎏で2円くらい,これが現在おおむね3500円ですからほぼ1800倍の差異です.現在は米価は農家の経営が成り立たないくらいに安くなっていますので,米価の上昇は小さすぎると思いますが,一方,そうは言っても,尺八はかなり高価になっていると思います.

===一部引用===「バット」:煙草の「ゴールデンバット」
又蔵  いらつしやい。
若い男 あの、僕、今一寸、持ち合せがないんですが、家へ帰つてすぐ持つて来ますから、バツトを二つばかり貸しといてくれませんか、その代り、これ、尺八ですけれど、それまでお預けしときますから……。
又蔵  さやうですか。お家は、どちらで……。
若い男 すぐそこです。蓮華寺の横町です。家へ帰つて出直して来てもいゝんですけれど、僕、それまで我慢ができないんです。ぢや、一つでもよござんすから……。この尺八、まさかバツト一つぐらゐぢや放せませんよ。

===一部引用===

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