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虚無僧寺「西向寺」跡の訪問

虚無僧寺「西向寺」跡地を訪問してきました.

JR横浜駅から京浜急行で東京方面の各駅列車に乗ると最初の駅が神奈川駅です.

その神奈川駅の北隣に本覚寺があります.これが西向寺の菩提寺です.西向寺は本覚寺の南隣にあったとのことですから,現在の京浜急行の線路のあたりにあったようです.

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京浜急行の線路とほぼ並行して旧東海道がありました.そしてこの付近が神奈川宿になり,京浜急行神奈川駅の東側に神奈川本陣,西側に青木本陣がありました.その旧東海道沿いの両本陣の間あたりに本覚寺,西向寺があったようです.

本覚寺境内に,西向寺の石碑が建てられています.

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この神奈川宿は幕末の外国への開国を条約で締結した神奈川条約(1854年)の舞台となり,本覚寺は米国の領事館に充てられハリスが滞在しました.開国後にが神奈川宿の多くの寺が諸外国の領事館が置かれたそうです.

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佐宮圭(2010)「さわり」小学館

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琵琶演奏家,鶴田錦史氏の伝記です,

鶴田錦史氏の演奏を初めて聴いたのは1975年ころにNovember StepsのLPを買ったのが最初でした.その後,間もなくEclipseのLPを入手して聴いたのが2回目.こんな演奏をする人が突然に現れるわけがないと思ったものの,November Stepsの初演(1967年)以前の話を聞くことがありませんでした.こんな演奏をする人がその後に消えるわけが無いと思っていたものの,その後の活動が私のアンテナには全く届きませんでした.

その後,私にとっての琵琶は,いわゆる新日本音楽風の和楽器合奏の中の一つのパートの楽器でしかなく,別に琵琶でなくてもいいのにと思われるような楽器でした.だからこそ鶴田氏は私にとって謎めいた人物でした.途中で女性という話を聞きました.驚いて写真を見直しても男性としか思えませんでした.まったく謎の人物でした.しかし,この本によれば,鶴田氏の謎はこの程度は序の口ですらありません.

しかし,いったい,一昔の,とは言ってもそれほど昔ではない時代の,いわゆる芸人たちは,なんという波乱の人生を送っていたのでしょうか.高橋竹山氏といい,瞽女さんたちといい,琵琶法師たちといい,そしてこの鶴田氏.彼らはとてつもない赤貧の中で,とてつもない過酷な生活の中で,楽器を打ち鳴らし続け,声を絞り出し続けたのです.

安穏とした私の尺八は,まったく別の音を求めるしかないのかもしれません.

序章  “日本の音”で世界を震わせた夜(昭和42年11月9日)
第1章 名声はジャンル,国境を越えて(昭和42年~平成7年)
第2章 辺境に生まれた闘う天才少女(明治40年~昭和4年)
第3章 生涯のライバル 美少女「富美」(明治44年~昭和6年)
第4章 夫,子ども,琵琶までも捨てた日(昭和6年~昭和20年)
第5章 焼け跡から成り上がった男装の実業家(昭和16年~昭和32年)
第6章 復活! 琵琶の新たな地平を拓く(昭和29年~昭和39年)
第7章 伝説のはじまり 武満,小澤,横山との出会い(昭和39年~昭和42年)
第8章 そして琵琶は生き続ける(昭和41年~平成23年)
登場人物相関図
「ノヴェンバー・ステップス」の琵琶と尺八の図形楽譜
あとがきにかえて
参考資料

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