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木村富子「随筆 浅草富士」

国立国会図書館で公開されている文献です.

木村富子(1943)「随筆 浅草富士」双雅房  (著作権保護期間満了)

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著者(1890~1944)は劇作家で,この本では幼少時代から昭和初期頃までの著者の身の回りの出来事や著者が見聞きしたことが随筆として書かれています.この本には当時の風俗が活き活きと描写されています.時代の記録としても貴重だと思います.

著者の母方の祖父は荒木竹翁(1823~1908),当時の古童の家は元は柳橋にあり,その後「今戸八幡の向ひ側,小松宮様のお邸近くに移り住んだ.」と書かれている.また著者の叔父は二代目荒木古童(1879~1935) [「三代目」or「三世」の間違いでは?]

竹翁について,以下のふたつの随筆に書かれています.

「花火と尺八」

竹翁のところには尺八と習いに「お供を連れた舊お大名のお弟子方がいかめしい袴形で見えたりした」し,「本郷の越中樣もいらした」,また「實業家では大倉喜七郎氏なども交つて居た」.その稽古で「鹿の遠音や鶴の巣ごもりの情趣深いものから、吟龍虚空などの豪壮な竹の音色が、嚠喨(りゅうりょう)として隅田川へひゞきわた」っていたといいます.竹翁の妻については「背丈のすらりと美しい祖母は、琴よくした」と,書かれています.

竹翁の自宅の「細工場」では「 長い眉毛に白い顎髯、菊畑の鬼一法眼がかけるやうな大きな眼鏡をかけた祖父は、面つくり師伊豆の夜叉王といふ扮装で、四畳半ほどの部屋いつぱいに竹屑を散らかして、鑿や剃刀も危なげな手もとながら、一心を打ちこめては尺八を作るのであつた」,そして著者(孫)が竹翁の傍で眺めていると,「疲れる頃には一本のせた蝶足のお膳が運ばれる。それが何よりの楽しみで、孫のお酌でチビリと餘念もない」.「かうして彫り上つたものへ、調子を入れながら、幾度となく自分で漆の中塗をする。上塗りの方は薬研堀の「たいしん」とやら言つた塗師家へ廻すが、見事に蒔絵が出来上つて來ると、長押へ掛けた鹿の角へ、一管づつ刀かけのやうに並べのせ、それ\/に、變幻百出、空山雷、さをしかなどと銘がつけられた。

なお,私の近所(新潟県上越市)の前島密生地にある前島密博物館には竹翁作の尺八と折本の譜本があります.譜本は非常に丁寧にかかれたもので,すぐにでも演奏できそうなくらいです.尺八は携帯用か3つ折りのものもあり,蒔絵も描かれています.


「鶴の巣ごもり」

当時の神田三崎町にあった東京座での忠臣蔵の早春の頃の興業の話です.

七段目の茶屋場がしまつて山科へかゝると、雪おろしの太鼓の音が又しんみりと心をそゝる」,その時に「垣の外で吹く尺八の一曲・・・・・赤地に金の紋付を着た芝翫(しがん)(故人歌右衛門)の戸無瀨が」,娘に「あれを聞きや。表に虚無僧の尺八。ありや、鶴の巣ごもり」と言います.「床では太夫が―――鳥類でさへ子を思ふ―――と語る。聴かせどころ見せどころであるが、観客は知らず・・・初日には私の祖父の荒木竹翁が無理やりに望まれて一生に一度、芝居の舞臺裏で本格の鶴の巣籠りを吹奏した。尺八はもとより三次袋や天蓋の扱ひ方まで、虚無僧のやかましい作法を委しく言葉で教へられたのみでは納まらないほど、藝熱心な澤瀉屋から禮をつくして頼まれたからで・・・・・。」「ところが、鶴の巣籠りは芽出たい曲で、上品でありながら陽氣な二上り調子の氣分のものである。親鶴が子鶴をいつくしむ母性愛に、人間と鳥類との變りは無いが、九段目の場合は悲劇であるから、どうもピツタリ來ないらしい。二日目から調子をいくらか加減して門下の某がつとめる事にしたといふ」.


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