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兵藤裕己(2009)「琵琶法師 <異界>を語る人びと」

兵藤裕己(2009)「琵琶法師 <異界>を語る人びと」,岩波新書

私は琵琶法師を,単に平家琵琶の伝統を歌い継いできた芸能者と考えていたので,この本での琵琶法師の説明には驚くとともに,その存在にあらためて興味を持ちました.

Biwa

著者は文献を駆使して謎解きをするかのように琵琶法師の出現,存在の意味,近世身分社会の中での存在位置,そして現代での消滅を描きます.中世での芸能と宗教の不可分の関係を軸にして,異形の存在である盲目の宗教芸能民として琵琶法師を語ります.琵琶法師の語りと存在は,異界への窓口となっています.

この岩波新書にはDVDが付いていて,熊本に在住した,最後の琵琶法師山鹿良之(やましか・よしゆき,1901~1996)の演奏が見られます.この演奏には怖ろしいほどに驚きました.

著者によれば「琵琶の弾き語りのみを唯一の収入源とした山鹿は,常人の想像を絶する生活苦のなかで,三人の配偶者と死別し,一人は失踪し,五人の子どもを亡くすという悲運にみまわれた.(中略)だが,(中略)盲目の芸人にたいする近代人のヒューマニスティックな思いいれや感傷などは,(中略)山鹿の琵琶演奏と語りの声のまえで,手もなくはね返されてしまう.」「異界からのざわめきのような琵琶の響きと語りの声が,ことばによって構築・編制されたこの世界に亀裂を入れ,人としてあることの根源的な哀感に私たちを向き合わせる」

著者の表現が決して誇張でないことは,このDVDに記録された15分間の演奏でも十分に判り,圧倒されて言葉を失ってしまいました.

山鹿の妻の一人は瞽女で,また琵琶法師の演目は先日の新潟の高田瞽女の演目と重なります.瞽女もまた雪に閉ざされた村人にとって異界への窓口だったのでしょう.

虚無僧はこれら異形の宗教芸能民より遅れて近世になってから出現します.尺八という楽器を演奏しながらその初めから芸能民になることを拒否し,しかし本質的な意味での宗教者にもなりきれなかった虚無僧が,琵琶法師や瞽女に100年以上もさきだって消えたのは,かならずしも明治新政府の政策のためだけではないと考えたほうが良いように思われます.では彼らの本曲とは何なのかという問いを,この視点からも問うてみたいと考えています.

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コメント

この本、私も驚きました。
平尾でしたっけ。一朝軒から近いんですよね。歩いて1時間くらいでしょうか。

投稿: ペリー | 2011年10月14日 (金) 14時05分

山鹿良之は、以前邦楽ジャーナルに本人自身や関連の琵琶演奏家が取り上げられたこともあり、名前などは知っていました。それ以外にも宮崎の永田法順のDVDなども何年か前に購入しているのですが、まだ封も開けていません。盲僧琵琶は日本の音楽の原点と言えるものなので、勉強しなければというのがあるのですが、やり出したらある程度まとめて、というのがあるので、なかなか始まりません。山鹿良之については、オーストラリア出身の民族音楽家も絡んでいて、結構情報が入っているのですが、なかなか切っ掛けがつかめずにいました。この本辺りが、いい切っ掛けになるかも。

投稿: Toorak | 2011年10月17日 (月) 09時56分

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