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国枝史郎 「剣侠」

国枝史郎 (1936)「剣侠」

江戸時代文政年間(1818年~1829年)の設定.主人公が敵を追って江戸から木曽に向かう途中の追分宿の風景です.追分宿は中山道の江戸から二十番目 (軽井沢は十八番目)の宿場で現在は軽井沢町の出来ごとです.尺八を吹く虚無僧が「旅仕度に深編笠の、若い武士」かどうかは明確ではありませんが,いずれ にせよ,深編笠は自分を隠す道具.

 旅装を解き少しくつろぎ、それから障子を細目に開けて、澄江は往来の様子を眺めた。駕籠が行き駄賃馬が通り、旅人の群が後から後から、陸続として通って行き、鈴の音、馬子唄の声、その間にまじって虚無僧の吹く、尺八の音などが聞こえてきた。
 と、旅人の群に雑り、旅仕度に深編笠の、若い武士が通って行った。
「あッ」と澄江は思わず云い、あわただしく障子をあけ、身を乗り出してその武士を見た。
 肩の格好や歩き方が、恋人主水(もんど)に似ているからであった。


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新渡戸稲造 「自警録」

青空文庫に収められている文献です.

新渡戸稲造(1929) 「自警録」

新渡戸稲造(1862-1933)の最晩年の著作です.伝記によれば,若いころは相当の武勇伝があるようですが,晩年になってもいたって意気軒昂のようです.それはさておき,男伊達を気取る若者(?)は腰に尺八を挿すという流行があったのでしょうか?

相馬泰三(1914)「田舎医師の子」でも,若者が尺八を腰にさして夜遊びに出掛けて行きます.尺八は腰に挿すには大きすぎないかとか,歌口はどうしたのかと心配になってしまいます.

わが輩(はい)はつねに男伊達(だて)の制度を景慕(けいぼ)する者である。[・・・中略・・・]任侠(にんきょう)の標榜(ひょうぼう)するところに は、些細(ささい)なる点においてまことに児戯(じぎ)に似たることも少なくない。たとえば手拭(てぬぐい)はどう持つものとか、尺八はどうさすとか、帯 はいかに結ぶとか、語尾はいかに発音するかというがごとき、愚(おろか)なことではあるが。[・・・中略・・・]これらの些細(ささい)の事柄は笑うべきではあったが、まただいたいにおいて彼らのなすところ、物騒(ぶっそう)の傾向なきにあらざりしも、その動機においてはいかにも男性的で、[以下略]

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林不忘「つづれ烏羽玉」

林不忘「つづれ烏羽玉」(つづれうばたま)

青空文庫に収められている作品です.林不忘は「丹下左膳」が有名です.

この小説「つづれ烏羽玉」の執筆年は判りませんが,林不忘の生没年が1900年~1935年であることから,1925~1935年頃,つまり大正末期から昭和初期の作品と考えられます.この小説は江戸末期,倒幕の動きが聞こえてくる頃の江戸を舞台としていて,軽妙な文体で江戸の風景が生き生きと描かれています.その一節です.・・・しかし・・・・尺八で犬を追ってはいけませんね.しかも,一応,虚無「僧」ですしね・・・・・

 名にしおう日本橋の大通りだ。
 ずらりと老舗(しにせ)がならんでいる。
 右へ向かって神田。
 焙烙(ほうろく)で、豌豆(えんどう)をいるような絡繹(らくえき)たるさんざめき、能役者が笠を傾けて通る。若党を従えたお武家が往く。新造が来る。丁稚(でっち)が走る。犬がほえる。普化僧(ふけそう)が尺八を振り上げて犬を追っている。

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無題

♪越後路に種蒔き爺ゝが田植えどき 尺八(たけ)の調子も今軽やかに♪

ということで,田植え親爺の・・・・・私

P5170200s

ネタ切れのため,気分転換でした・・・・・スミマセン.

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鈴木孝道「尺八獨習自在 全 (第三版)」

奥付では1894年発行の「第三版」となっていますが1893年発行版の「第三刷」の意味だろうと思います.鈴木(樋口)が京都に移ったのが1886年 (明治19年),東福寺善慧院に明暗教会が結成され,鈴木(樋口)が訳教(尺八指南役)になったのが1990年(明治23年)ですから,この本はその明暗 教会揺籃期の出版ということになります.

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本の標題では「尺八」となっていますが,本文ではその語は用いられず専ら「洞簫」と呼んでいます.

しかし,どこかで見た様な本だと思ったら,竹腰一朗(1893)「尺八指南」と,本のサイズも,表紙の造りも,表紙のデザインも,全体が折本であることなど,殆んど同じでした.それもそのはず,この2冊は同年の発行で,しかも同じ印刷所(たぶん製本所も同じ)でした.

いずれの本も最初に尺八の演奏法の基本の説明が書かれ,それに続いて,本の大半を使って,楽譜が掲載されています.鈴木本の楽譜リストを以下に掲載しますが,「*」の曲は竹腰本と共通の曲です.

共通の曲があるということは,当時の流行の曲を選曲したということなのでしょうが,やや明暗教会との関係で違和感のある曲もふくまれています.私の個人的感想ですけど.

鈴木本の各譜面には必要に応じて演奏法の注が付けられています.

鈴木本では最後に本曲の巣鶴曲が掲載されています.そのルビは「すうつるきよく」です.これは現在の明暗導主会譜での「鶴巣籠」です.両者の譜はほとんど同じで,段の対照は以下のとおりです.

明暗導主会譜と鈴木譜との比較

  鶴巣籠      巣鶴
   前吹  →   (なし)
   初段  →   初段
   二段  →   二段
   三段  →   二段(三段の誤植?)
   四段  →   三段(四段の誤植?)
   五段  →   (なし)
   六段  →   四段(五段の誤植?)
   (なし) →   五段(六段?)~八段は省略(注)
   七段  →   九段

   注:本書によれば,「是より八段迄ハ意味深くして譜面にてハ通し難くに付除く」


西洋の樂器は專ら巧緻を機械に要(をさ)め我邦の樂器は主(お)もに妙趣を手練に歸す故に邦樂を學ふは洋樂を習ふが如く容易ならず洞簫の如き殊に然り良師 に就き多年の練磨を經てこう初めて其妙趣を解し得(う)るなれ獨習して其(その)境(さかい)に至らん事ハいと\/難(かた)き事なりさえは此書の如きも 只斯道(このみち)に遊ばんとする人のために其端緒を開くにすきずとしるへし

十日惠美須(とうかえびす) *
權兵衛種蒔(ごんべいがたねまく) *
萬歳(まんざい) *
高イ山(たかいやま) *
算明曲(さんめいきよく)
琉球節 *
梅ケ枝 *
詠歌
棚の達磨
淺くとも
大津繪節
慰世節(うきよふし)
惚れて通ふ
京四季(きようしき)
唱歌
金毘羅船節
丹後の宮津節 *
海安寺
浮世すてゝ
今樣
巣鶴曲(すうつるきよく)

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