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富森虚山述「明暗尺八往古来今略記」

東日本大震災の日に発注して,週明けに入手しました.しばらく手することができないでいましたが,少し落ち着いて読むことができるようになりました.

富森虚山述「明暗尺八往古来今略記」

出版年不明(1979年の少し前) 発行者:明暗吹簫和樂禅会


Tomimori


」によれば,「 近来尺八古曲の奏法についての関心が高まりつつある」が,「 その本領と伝統に関しては一般によく知られていない」.そこで,「尺八一管の古法に収約された明暗尺八法統の伝を記して便覧に供する」としています.一方,尺八そのもの,普化宗,虚無僧などについては,次に発行する「明暗尺八通解」(1979年)に記述しているとのことです.


本文からメモ

鎌倉時代末期:天外明普が京都白川に虚霊山明暗寺を創建

室町時代:第十四世淵月了源の時に三条白川橋の畔に移建

元和7,8年頃:妙心寺妙法院内に移建

江戸時代幕末:明暗寺三十三世玄堂観妙は寺徒の素行とともに尊王派として活動し,蛤御門事件に連座し,玄堂は斬首,素行は赦免後に病死.

明治4年:普化宗廃止.当時の看守は自笑昨非は,寺の備品等を東福寺の塔頭の栗棘(りつきょく)庵に預けて還俗.

明治14年:東福寺が仏殿等が火災で消失.

明治19年:樋口孝道,三十歳で京都に移った.

明治23年:東福寺の再建の一助のために明暗教会が善慧院に設立された.樋口孝道が明暗教会の訳教(尺八指南役)になった.

昭和25年3月:宗教法人明暗寺を設立



     目次
  略説尺八縁由
  普化禅師
  法燈国師
  虚竹禅師
  楠木正勝
  明暗寺創建
  寄竹派明暗寺末寺
  明暗寺の終末
  樋口対山
  小林紫山
  明暗寺法系世代
  明暗寺の伝曲
    三虚霊
    艸三虚霊
    鶴巣籠
    伝外曲
  明暗尺八現在曲
  明暗尺八曲目表
  明暗教会
  宗教法人明暗寺
  明暗尺八と禅
    禅の字義
    ジェンナの語義
    法燈国師の指導理念
    明暗尺八の芸風
    明暗尺八の禅定の功徳
    心一曲
    明暗尺八吹奏の本領
    修行過程
  明暗寺系脈の諸流諸派
  尺八寸常規の弁

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