« 富森虚山述「明暗尺八往古来今略記」 | トップページ | 古書5冊を入手(詳細は後日) »

北原白秋(1810頃) 「東京景物詩及其他」

青空文庫で公開されている詩集です.


   放埒

放埒(はうらつ)のかなしみは
ひらき尽くせしかはたれの花の
いろの、にほひの、ちらんとし、ちりも了らぬあはひとか。

かかる日の薄明(はくめい)に、
しどけなき恐怖(おそれ)より蛍ちらつき、
女の皮膚(ひふ)にシヤンペンの香(にほひ)からめば、
そは支那の留学生もなげくべき
尺八の古き調子(てうし)のこころなり。

うら若き芸妓(げいしや)には二上りのやるせなく、
中年(ちゆうねん)の心には三(さん)の糸下(さ)げて弾(ひ)くこそ、
下(さ)げて弾くこそわりなけれ。

かくて、日のありなし雲の雨となり、
そそぐ夜(よ)にこそ。
おしろい花(ばな)のさくほとり、しんねこの幽(かす)かなる
音(ね)を泣くべけれ。

放埒(はうらつ)のかなしみは
ひらき尽(つ)くせしかはたれの花の
いろの、にほひの、ちらんとし、ちりも了らぬあはひとか。

                                 明治四十三年八月

[私の感想]
「邪宗門」の後に書かれた自由律詩です.

第一段で意味の良く判らない「放埒」の形容が示されます.

第二段で,色として「蛍」,匂いとして「女の皮膚」,「シャンペンの香」が示され,これに続いて尺八が「放埒」の音として示されます.

第三段では,さらに音として,三味線の音が女性の色香に関連付けて示されます.

第四段の前半では,夏の夜のむんむんとした湿気が示されます.これに続く第四段の後半では,これまでに示された色,匂い,音,湿気が一気に重層してクライ マックスとなり,湿度の高い夏の夜に咲く色香の強いおしろい花の隣で囁き合う男女の密やかな声に,「放埒」が示されます.

終段では,第一段が繰り返され,第一段では意味の判らなかった「放埒」が,第二段から第四段を読んだ後では,爛熟して散る寸前の花のようなはかなさ,悲しさとして形容されていることが判ります.

今から約100年前の1810年(明治43年),北原白秋の耳には,当時の尺八がこのように聴こえたのでしょう.


かはたれ:薄明の時期  (cf.たそがれ:夕方)
あはひ:間
しどけなし:だらしない,なまめかしい
二上り:三味線の糸の調弦法.二本めの糸の音を高く調弦すること
三下り:三味線の糸の調弦法.三本めの糸の音を低く調弦すること
やるせなし:なす術がなく,せつない
わりなし(=理無し)≒やるせなし
しんねこ:人目を避けた男女のひそひそ話

|

« 富森虚山述「明暗尺八往古来今略記」 | トップページ | 古書5冊を入手(詳細は後日) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



« 富森虚山述「明暗尺八往古来今略記」 | トップページ | 古書5冊を入手(詳細は後日) »