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由良興国寺

1977年,学生時代に訪問しました.下はその時の本堂の写真です.

30年以上前の写真を自宅の棚の奥から見つけました.でも,写っている本堂は今も変わっていないはずですよね.お寺の周辺の写真があればよかったのですが,残っていませんでした.

Koukokuji

ところで,由良町には石灰岩が露出している海岸があって,第二次大戦中は戦時物資として石灰石の採掘が行なわれていたとのことです.海岸を歩き,岩に穿かれたトンネルをくぐると,異空間が広がっていました.

Shirosaki

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Google labs Books Ngram Viewer

前回の記事を書いた2日後に東北関東大震災が発生しました.あまりもの惨状に,言葉を失っています.ここ新潟県上越市も翌日(12日)早朝の新潟県中越地方山間部を震源とする地震で震度5の2度の揺れを経験しましたが,幸い被害はありませんでした.今は多少の物流の滞りや,計画停電への対応をせまられていますが,それは贅沢とも感じられます.

ただ,十日町市の一部は豪雪と12日の地震で被害が出ているようです.越後妻有大地の芸術祭のひとつオーストラリアハウスで2年間遊ばせてもらった十日町市浦田地区の人々にも被害が出ているようで,心配しています.春になって雪が溶けたら出かけてみたいと思っています.

さて,心配ばかりしていても仕方がないので,地震の前に準備していた素材を以下に書きます(敢えてノーテンキのお叱りを受けましょう).

Googleのサイトで"Google labs Books Ngram Viewer"を見つけました.
http://ngrams.googlelabs.com/

詳しい説明は無いのですが,Googleが電子化している文献(すでに膨大な数になっている)のすべてから,キーワード検索ができるというものです.著作権の問題でネット上で本文を読むことはできませんが,そのキーワードが含まれる文献の数が発行された年ごとにグラフ化されます.また,その文献のタイトルも表示されます(多すぎて解析不能).文献の種類は,よく判りませんが,単行本と学術雑誌のようです.

早速,"shakuhachi"と"komuso"で検索した結果が以下のとおりです.

Shakuhachikomuso

"komuso"(赤線)には一定の傾向がみられませんが,1970年から1980年にかけて突出して増えています.これはベトナム反戦運動などのカウンタ-カルチャーの流行の影響でしょうか? 一方"shakuhachi"(青線)は全体として1920年代から現在にむけて増加しています.その中でも1945年から1950年に落ち込みがありますが,これは日本の敗戦の影響でしょうか.1960年前後に爆発的増加があります.クラシック音楽界のcontenporary musicの動きのなかでの尺八に向かう興味があったころでしょうか.でもその直後の落ち込みは何でしょうか.しかし,現在に向けて確実に増加しています.以上の解析は検索されている文献のタイトル等を調べれば確実なことがわかるのですが,前記のとおり,多すぎて解析不能です.

以上,ご参考まで.

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さて,"tsunami"で検索すると以下のようになりました.津波についての記録・研究が,年々,進んでいる状況を表していると思います.これによって,さらに災害が防止できるようになることを祈ります.

Tsunami

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徳富蘇峰「閑話休題」

国立国会図書館の蔵書です.

徳富蘇峰「閑話休題」1908年(明治41年)  民友社
(著作権保護期間満了)

明治から昭和にかけてジャーナリストとして活躍した徳富蘇峰が書いた本です.蘇峰は政界に近いところにいたジャーナリストですから,その人脈で得た情報でしょう,当時の著名人の小さな逸話が書き綴られています.その中の一節です.

遞相(ていしょう)の禪と尺八
山縣遞相は何處にか超脱した所があるので禪學でも遣つたことでもありはしまいかと或る所で話が出たら或る遞相を知れる人が云ふには遞相は先年肺病の氣味が あつたので頻(しき)りと養生方(やうじやうはふ)を研究し其時に禪と尺八とを熱心に遣つた尺八は今日でも隠藝(かくしげい)の一つで尺八にかけては中々 に通達して居て講釋でも始めようなら一時間位は滔々と遣る


「遞相」の名前が書かれていませんが,年代から推察すると山縣有朋の養子の山縣伊三郎(1958-1927)だろうと思われます.山縣は逓信大臣を1906年から1908まで勤めました.

Photo

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私立多紀郡教育会編「多紀郡風俗調査」

国立国会図書館所蔵の文献です.

私立多紀郡教育会編「多紀郡風俗調査」
1916年(大正5年)  辻広三郎・私立多紀郡教育会発行
(著作権保護期間満了)

1916年(大正5年)に発刊された兵庫県多紀郡の風俗を記録した本です.兵庫県多紀郡は現在の兵庫県篠山市で中国山地の東端に位置し,京都府と隣接する場所です.山村が連なる地域です.

著者は「私立多紀郡教育委員会」とのことですが,「私立」とはどういう意味? ともかく該当地域の風俗・生活についての多岐にわたる詳細な記述です.郡内 の学校長から提出された報告書に基づいて取りまとめたものとされています.学校長がかかわっているせいか,全体的に西洋道徳的な価値観が感じられます.

尺八については「第八,娯楽」の項に以下のように記述されています.

七,琴,三味線,笛,尺八等
 琴は少数なる上流婦人のみに奏せらる.三味線は浄瑠璃に連れて往々稽古せられて居る.尚娯樂以外なれど,篠山及其附近或は路傍の飲食店などで,職業的に 三味線を弾くものは無論多い.而して篠山町及其附近では通學中の女児までが,父母に命ぜられて此の稽古をして居るのがある.横笛,尺八等は特に之れを好む 青年などが時々奏するけれど,其數は少い.


大正時代になると都会では吉田晴風らが新しい尺八音楽の運動を盛んに始めていて,海外にまで目を向け始めていた時代ですが,地方,とくに山村ではこのような状況だったのでしょう.

楽器としては,このほかに以下が記載されています(以下,大意);

  太鼓神輿:祭礼での演奏だけれど,祭礼が簡略になってきているので,太鼓神輿も幾分下火になっている.

  謡曲:維新後に顧みられることが無くなったがこのころやや復興してきた.

  琵琶歌:演奏者が少しいる

  浪花節:おもに青年が歌い,流行の兆しがある.

  浄瑠璃:維新後に衰えたが,一部の地方では相当に行われている.

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