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石岡市(旧八郷町)「光安寺跡」

茨城県石岡市(旧八郷町)根小屋にある光安寺跡を訪問してきました.

山間に恋瀬川という小さな川が流れ,その両岸に水田が広がっています.根小屋部落から筑波山に向かい水田を西に進むと,村はずれに恋瀬川を渡る橋があり,その橋を渡って少し進むと片野集落があります.光安寺はその橋のたもとにあり,橋が光安寺橋と呼ばれています.

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寺の周囲は古くからの水田のようです.恋瀬川は小さな川ですが,南の川下で霞ヶ浦につながっていて,江戸時代には水運に使われていたそうです.

光安寺跡から500メートルほど南東方角の集落の中に曹洞宗泰寧寺があり,この寺が光安寺の菩提寺になっていて,光安寺の虚無僧の過去帳が保存されているそうです.

光安寺跡には2つの石碑が残っていますが,その一つが泰寧寺の過去帳に名前のある虚無僧の墓石のようです.もうひとつの小さな石碑には仏像がレリーフで彫られています.地元の尺八本曲愛好家によって記念の石碑が設置されていました.

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茨城県内には虚無僧寺が14寺ほどあったといわれているのですが,光安寺のように墓石が残り,過去帳も確認できるものは他にほとんど無いようです.

参考
斉藤孝介(1995)「蕭籟 普化宗小史と虚無僧寺「光安寺」に就いて」八郷町民文化誌「ゆう」No.4 182-186

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松岡明義(1884)礼節要妙 女礼部 1

松岡明義(1884)礼節要妙 女礼部 1
1884年(明治17年) 松岡明義発行

国立国会図書館でこの本を見つけました(著作権保護期間満了)

若い女性,たぶん良家の息女のために礼節一般の説明が書かれています.

著者は,東京女子師範学校で礼節科を設けて教えていたところ,授業だけでは不十分と感じてこの本を書いたとのことです.立ち居振る舞い,諸物の扱い方,食事の方法などが詳細に書かれています.この中に楽器の扱い方として琵琶,琴,笙,笛,尺八,大小鼓,太鼓の「出し様」が書かれています.「出し様」とは,保管容器(たぶん,袋等)からの取り出し方のことです.自分で演奏するのではなく,目上(特に「貴人」)の演奏者に渡すための取り出し方です.尺八については下記引用の通りです.

尺八出し樣
頭を右にして持出で,取直して進らするなり,笛尺八等袋より取出したる時は,哥口に指を當てぬ樣に扱ふべし

特段に現在と変わったことが書かれてはいません.今であれば「貴人」であっても楽器は自分で取り出すだろうと思いますが,それは当時の息女が「貴人」のために礼節を尽くすならこういうふうになるだろうということでしょう.

私の興味はこの記述内容そのものではなく,尺八が取り上げられているという,そのことです.この本が出版されたのが1884年(明治17年)なのです.明治政府による普化宗解散の太政官令が出されたのが1871年(明治4年)で,京都明暗寺が再興されたのが1890年(明治23年)です.普化宗解散からわずか13年後,京都明暗寺再興の6年前の出版です.そんな時代にもかかわらず両家の息女のために取り上げられたわずか7つの楽器の中に尺八が入っているということです.

この本とほぼ同時代に書かれた本にピゴット(1893)「日本の音楽と楽器」があります.この本には1890年頃の国内で使われていた楽器が詳細に記載されています.その楽器類のうち,琵琶,三味線,胡弓,月琴などはピゴットは詳しく記述しているのに,松岡は取り上げていません.良家の息女はこれらの楽器に接することがなかったのでしょう.一方,尺八についてはピゴットも詳しく記載し,松岡も取り上げています.それだけ,この時代に尺八が相当の地位を占めていたと言えるのではないでしょうか.

Photo

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深川ゑんま堂の「虚無僧塚」

深川ゑんま堂の「虚無僧塚」に行ってきました.

東京都江東区,地下鉄「門前仲町」の近く,深川1丁目に深川ゑんま堂として知られる真言宗法乗院があります.このお寺の境内に尺八琴古流の初代古童「豊田風憬(?~1850 or 1851)」の史蹟「虚無僧塚」があります.

富岡八幡宮の門前の近くで,江戸時代中期から門前町,また豪商たちも住んだ住宅地として栄えたようです.

虚無僧塚は自然石風の長方形の石の上部に梵字,その下に丁寧なレリーフの尺八が彫り込まれています.この石が「虚無僧塚」と彫られた台座の上に建てられています.「虚無僧塚」にはそれ以外何も書かれていませんが,その横にこの塚の由来が掘られた石が建てられていて,それによると,「琴古流尺八中興之始祖初代古童 豊田風憬史蹟」とのことで,この石は「昭和46年4月 童窓会 建立」とのことです.

虚無僧塚の尺八のレリーフは丁寧で精緻なもので,細部まで良く残っています.由来を示す石よりそれほど古いものではないように見えます.

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小山峰嘯 (1977) 「尺八の作方と随想」

新潟市で,斉川梅翁師から直接に越後山谷直接に習い,明暗尺八と琴古八の演奏・教授をされていた小山峰嘯氏の私費出版「尺八の作方と随想」です.

前半は尺八の製作法です.小山氏の製作法は竹内史光氏に習ったとのことです.後半は随筆集で,越後明暗寺跡地の様子,同寺最後の住職堀田侍川十五世のご遺族の消息,越後明暗寺遺跡保存運動・墓石保存工事とその後日談,斉川梅翁師および谷狂竹師との交流などが書かれています.

グラビアページには小山氏の演奏活動の様子とともに,遠藤光州氏,竹内史光氏らの写真が掲載されています.

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越後明暗流尺八二世小山峰嘯 (1977) 「尺八の作方と随想」

一.竹材採取
二.下作り
三.調律
四.調律の原則
五.随想
     ふるさと 
     芸の道
     会津蘭氏の逝去
     越後明暗寺遺跡保存を地元から打ち出して全国に訴えている
     訃報 斉川梅翁氏逝去(越後)
     斎川梅翁と越後三谷
     弓道礼賛
     酒
     花意竹情
     学問と経験
     邦楽界の芸名
     礼法
     伊倉峰瞬師を偲ぶ
     ゆとりの心
     尺八講習会
     越後明暗時墓参会
     尺八の作り方
     新潟市音楽芸能史の発刊について
     古老の話
     尺八演奏会 新潟市邦楽連盟竹峰会
     音楽家
     禅と尺八
     唱歌は丙
     上海共同租界工部局警察
     尺八入門
     谷狂竹と阿字観


ps.これから1週間,不在になりますので,コメントにお答えできません.ご容赦を.

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CD「地無し尺八の世界 ~瞑想の奥へ、響きの彼方へ~」

志村哲氏のCD「地無し尺八の世界 ~瞑想の奥へ、響きの彼方へ~」を購入しました.「浜松市楽器博物館 コレクションシリーズ26」のCDで,同シリーズでは同氏の「コレクションシリーズ 6 古典尺八1 ~音の表情~」に続く2枚目のCDです.

購入したのは昨年末でしたが,その後,雑事にかまけてゆっくり聴いていませんでした.定価は3,045円なのですが,浜松市楽器博物館で購入すると2,200円ということで,地元の弟に頼んで同博物館で購入してもらいました.

今回の演奏は楽器の音色の鑑賞を主眼としているとのことです.このためでしょう,演奏曲目は大和調子と三虚鈴という,音楽構成としてはシンプルな曲が選ばれています.

使用されている地無し尺八は,小林照明作三尺三寸管以外は浜松市楽器博物館所蔵の稲垣衣白コレクションの三管です.それぞれの尺八ごとに個性的な音色でしたが,すべてがとても透明感のある音色でした.透明感があるといっても,それがいわゆる「澄んだ音色」ではないことが不思議で,それにもかかわらず「透明感」を強く感じました.使用管の中では私は三世俣野真龍「古可良志」二尺管の音色が最も気に入りましたが,それは単に個人的な好みです.

志村氏の演奏は,このCDの目的が地無し尺八の音色の鑑賞にあるためでしょう,一音ずつを丁寧に吹きこむという,ゆったりとした演奏でした.

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浜松市楽器博物館 コレクションシリーズ26「地無し尺八の世界 ~瞑想の奥へ、響きの彼方へ~」
志村哲 2009年10月19日~21日録音
LMCD-1920

大和調子 : 小山照明 三尺三寸管
虚鈴 : 三世俣野真龍「古可良志」二尺管
虚空 : 林虎月「秋草」一尺九寸管
霧海ジ : 三世俣野真龍「露堂々」二尺管
無題  : 古鏡「無銘」一尺六寸管

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中香

もうひとつ,話は変わりますが....

Chuuka

新潟県上越地方のソウルフードの一つのようです.

「中香(ちゅうか)」という全く意味のわからない名前のお菓子ですが,地元の多くの和菓子屋さんで作られていて,昔から好まれているようです.

丸いどら焼きの皮を半分に折って,その中に漉餡を入れ,皮の端をしっかり閉じて半円形にしたものです.どら焼きを美味しいと感じる人は美味しいと感じるでしょう.だから私は美味しいと思います.

「中香」とは,どういう意味なのか? あたかもギョーザのように包むけれどもギョーザではないので,「中華」ではなくて「中香」?

当地では比較的多くみられるのにネットで検索しても全く出て来ませんので,地元の人にこれを当地特有のお菓子という意識が全くないのでしょう.面白いのに・・・・

この時代にネットで検索しても全く出てこないというのは,それはそれでスゴイことと思います.私がここに書いたのでこれからはこの1件だけは検索にひっかかるはずです.

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「あおげば尊し」の原曲

お久しぶりです.

大雪でした.と言っても,ニュースで報道されている秋田や福井ほどではなく,当地としては平年より多かったという程度です.それでも,私の家の庭で120センチ以上の積雪でした.道路の脇に除雪されて積み上がった雪は2メートルを超え,自宅前はこの2週間ほどほぼ毎日の除雪作業が必要でした.疲れました.ガレージの屋根を除雪したところ,除雪した雪はガレージの屋根まで届いてしまいました.家の屋根はまだかなりの雪を被ったままです.写真で紹介できたら面白いのですが,とても撮影する余裕はありませんでした.今日からは少し暖かくなるので,週末までにかなり融けるはずです.

さて,先日の朝日新聞と共同通信社配信ニュースによると,永年の謎だった小学唱歌「あおげば尊し」の原曲が発見されたとのことです.

発見者は、一橋大名誉教授(英語学)の桜井雅人氏.1871年に出版された米国の小学生用歌集「THE SONG ECHO」の中の「SONG FOR THE CLOSE OF SCHOOL」だったとか.

Song_for_the_close_of_school

この歌の詞は以下の通りで,戯れに七五調擬古文で訳文を付けてみました.
(擬古文については知人のアドバイスをいただきました.)

卒業という日米ともに同じシチュエーションの歌でありながら,米国では友との別れの歌であったのが,日本では先生への感謝の歌に変わったところが,米国と当時の日本の違いでしょうか.

We part today to meet, perchance
Till God shall call us home
And from this room we wonder forth
Alone, alone to roam.
And friends we've known in childhood's days
May live but in the past
But in the realms of light and love
May we all meet at last

   この日に故郷(こきょう)を離れ行く 神が我らを呼ばるまで
   学び舎(や)に立ち 見つむるは 一人彷徨(さまよ)ふ異郷の地
   竹馬の友の思ひ出は 共に過ごせし幼き日 
   光と愛に包まれて 我らはまた会わんとや

Farewell old room, within thy walls,
No more with joy we'll meet
Nor voices join in morning song
Nor ev'ning hymn repeat
But when in future yeas we dream
Of scenes of love and truth
Our fondest tho'ts will be of thee
the schoolroom of our youth

   懐かしき学舎を離れゆく 友と過ごせし喜びも
   声を重ねし朝の唄 夕べに歌う賛美歌も
   慣れにし部屋には最早無く 我らは夢見る 将来の
   愛と真実 若き日の学び舎(や)にこそありければ  

Farewell to thee we loved so well
Farewell our schoolmates dear
The tie is rent that linked our souls
In happy union here
Our hands are clasped, our hearts are full
And tears bedew each eye
Ah, 'tis a time for fond regrets
When schoolmates say "Good bye"

   愛する者こそ汝なれ 学びの友と別れゆく 
   契りの紐は解(ほど)けんや 思ひ出の中 腕を組み
   心は満ちて涙あふるる ああ今こそがその時ぞ
   別離の痛みも愛に癒え 友が告ぐるや別れの辞

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