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松岡明義(1884)礼節要妙 女礼部 1

松岡明義(1884)礼節要妙 女礼部 1
1884年(明治17年) 松岡明義発行

国立国会図書館でこの本を見つけました(著作権保護期間満了)

若い女性,たぶん良家の息女のために礼節一般の説明が書かれています.

著者は,東京女子師範学校で礼節科を設けて教えていたところ,授業だけでは不十分と感じてこの本を書いたとのことです.立ち居振る舞い,諸物の扱い方,食事の方法などが詳細に書かれています.この中に楽器の扱い方として琵琶,琴,笙,笛,尺八,大小鼓,太鼓の「出し様」が書かれています.「出し様」とは,保管容器(たぶん,袋等)からの取り出し方のことです.自分で演奏するのではなく,目上(特に「貴人」)の演奏者に渡すための取り出し方です.尺八については下記引用の通りです.

尺八出し樣
頭を右にして持出で,取直して進らするなり,笛尺八等袋より取出したる時は,哥口に指を當てぬ樣に扱ふべし

特段に現在と変わったことが書かれてはいません.今であれば「貴人」であっても楽器は自分で取り出すだろうと思いますが,それは当時の息女が「貴人」のために礼節を尽くすならこういうふうになるだろうということでしょう.

私の興味はこの記述内容そのものではなく,尺八が取り上げられているという,そのことです.この本が出版されたのが1884年(明治17年)なのです.明治政府による普化宗解散の太政官令が出されたのが1871年(明治4年)で,京都明暗寺が再興されたのが1890年(明治23年)です.普化宗解散からわずか13年後,京都明暗寺再興の6年前の出版です.そんな時代にもかかわらず両家の息女のために取り上げられたわずか7つの楽器の中に尺八が入っているということです.

この本とほぼ同時代に書かれた本にピゴット(1893)「日本の音楽と楽器」があります.この本には1890年頃の国内で使われていた楽器が詳細に記載されています.その楽器類のうち,琵琶,三味線,胡弓,月琴などはピゴットは詳しく記述しているのに,松岡は取り上げていません.良家の息女はこれらの楽器に接することがなかったのでしょう.一方,尺八についてはピゴットも詳しく記載し,松岡も取り上げています.それだけ,この時代に尺八が相当の地位を占めていたと言えるのではないでしょうか.

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