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萩原朔太郎「流行歌曲について」

萩原朔太郎「流行歌曲について」

「青空文庫」に掲載されている作品です.
初出が明確ではないのですが,昭和10年代の作品のようです.

まず,流行歌曲を;

「日本の現実する社会相と接触し、民衆のリアルな喜怒哀楽を表現してゐる芸術は、・・・・・・・町の流行唄以外にないのである。」

と,指摘します.
まず,いくつかの当時の流行歌曲を評した後,

「勝太郎の「ハア小唄」になつてくると、・・・・・年増女の淫猥な情痴感や感傷性やが、大衆の卑俗趣味に迎合するやうになつて来た。」

そして,

「この勝太郎節と同時に、並行して流行したものは所謂「股旅小唄」であつた。この股旅小唄の主旋律は、概して皆尺八的、浪花節的哀傷を帯びてるもので、日本人の民族的リリシズムとも言ふべき、旅への放浪情操をよく表現して居た。しかしこれもまた前時代の歌曲に比すれば、その品位のないことに於て、野趣的に卑俗化したことに於て、時代の文化的低落を語る一実証と見るべきだつた。」

と,「尺八」を日本人のリリシズムを表すもののひとつとしています.そして,それが卑俗なものとします.

そのように流行歌曲の「救ひがたき卑俗的低落化」を指摘しながらも,

「町の音楽を聴きながら、僕は絶えず自分自身に怒つて居る。なぜなら僕自身が、さうした音楽に魅力を感じ、大衆と共にそれを唄ふことによつて、日々に低落する現実社会の堕落の中へ、自ら環境的に引き込まれて行くことを感ずるからだ。」

と,時代に生きる詩人としての自らの矛盾を述べています.

さて,朔太郎はどんな尺八演奏をイメージしていたのでしょうか?
昭和初年代の演奏です.西洋風の新曲ではないはずで,所謂「追分」でしょうか?

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