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萩原朔太郎「流行歌曲について」

萩原朔太郎「流行歌曲について」

「青空文庫」に掲載されている作品です.
初出が明確ではないのですが,昭和10年代の作品のようです.

まず,流行歌曲を;

「日本の現実する社会相と接触し、民衆のリアルな喜怒哀楽を表現してゐる芸術は、・・・・・・・町の流行唄以外にないのである。」

と,指摘します.
まず,いくつかの当時の流行歌曲を評した後,

「勝太郎の「ハア小唄」になつてくると、・・・・・年増女の淫猥な情痴感や感傷性やが、大衆の卑俗趣味に迎合するやうになつて来た。」

そして,

「この勝太郎節と同時に、並行して流行したものは所謂「股旅小唄」であつた。この股旅小唄の主旋律は、概して皆尺八的、浪花節的哀傷を帯びてるもので、日本人の民族的リリシズムとも言ふべき、旅への放浪情操をよく表現して居た。しかしこれもまた前時代の歌曲に比すれば、その品位のないことに於て、野趣的に卑俗化したことに於て、時代の文化的低落を語る一実証と見るべきだつた。」

と,「尺八」を日本人のリリシズムを表すもののひとつとしています.そして,それが卑俗なものとします.

そのように流行歌曲の「救ひがたき卑俗的低落化」を指摘しながらも,

「町の音楽を聴きながら、僕は絶えず自分自身に怒つて居る。なぜなら僕自身が、さうした音楽に魅力を感じ、大衆と共にそれを唄ふことによつて、日々に低落する現実社会の堕落の中へ、自ら環境的に引き込まれて行くことを感ずるからだ。」

と,時代に生きる詩人としての自らの矛盾を述べています.

さて,朔太郎はどんな尺八演奏をイメージしていたのでしょうか?
昭和初年代の演奏です.西洋風の新曲ではないはずで,所謂「追分」でしょうか?

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尺八の練習,今日この頃

ほぼ2年間のブランクを耐えて,今,尺八の練習を再開して楽しくてしかたがないのですが,その割に,このブログに手をつけていません.この季節の平日は仕事がかなり忙しく,しかも暑く,週末は,先日書いたとおり毎週のように車で1時間の山道の先にあるオーストラリアハウスにお手伝いに出かけてていました.ブログに記事を書いていなかったのはそのためで,尺八の練習はやっていました.

2年もブランクがあって,また前記のとおり,顎と口の使い方をかつてと全く変えていると,以前とかなり違ったことになっています.

練習の最初は,簡単な音出しの後に,徹底してスケール(音階)練習.最初はゆっくり,次第に音の粒が揃う範囲で速くして続けます.最後は一息で乙ロから甲ヒまで6往復くらいできることを目標をします.尺八ではこんな練習をこれまであまりやってこなかったので,30分も続けていると,腕が発熱してきます.大抵は,私の練習はこれで時間切れです(つまり1日30分も練習していないということ).

時間があるときは,次に,可能の限りゆっくりと,曲の練習です.「可能の限り」とは,通常の演奏と息継ぎが同じに維持できる範囲,という意味で,だいたい2倍くらいが私の限界です.速度を落としても曲の緊張感を保つのは私にとっては非常に難しいですね.

このような練習を二尺管または二尺一寸管でやっています.こんな練習をやって何になるか? それは,全くわかりません.それなりに楽しいので,それでいいのだろうと思っています.難しく言えばキリがありませんが,その屁理屈が正しいかどうかは暫く先までわからないでしょう.

この間に以前に書いたPiggottの本で,明治初期の日本の音楽家の練習方法を読みました.今の私の練習との比較でおもしろかったのですが,それはまた後日に.

さて,オーストラリアハウスでのオーストラリア人フェルト作家の送別会で私が披露した演奏を,フェルト作家のパートナーのクリスが自身のブログに書いてくれました.8月16日の記事に私の演奏写真がデカデカと掲載されていて戸惑ってしまいましたが,ほとんどの人が見ないブログなのでまぁ良しとしましょう.ここからのリンクで辿る人も少ないでしょうから・・・・記事の中ほどに私(Yatou-san)へのコメントが書かれています.

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越後妻有「大地の芸術祭」オーストラリアハウス

新潟県十日町市で開催されている「越後妻有『大地の芸術祭』」の中で,同市浦田地区にはオーストラリアハウスがあります.

オーストラリアハウスの今年のレジデンスプログラム(滞在活動)の前半は,モード・バースとクリス・タグウェルのフェルトアートでした.彼らは地元浦田地区の人々とフェルト作りワークショップを行なって,地元住民と共同でフェルトのテキスタイルアートを作りました.私はそのワークショップで通訳のお手伝いしましたのですが,通訳業をすっかり忘れてフェルト作りの面白さにはまってしまって,the first apprentice of Maude in Japan (日本での第1見習い)をモードさんから認めてもらいました.下が私の作品です(2作目ですが・・・)

Myfelt

ワークショップの私のレポートはここです.

8月は後半のレジデンスプログラムがあり,多摩美術大学の学生3人とオーストラリア・ニューカッスル大学の学生3人が3週間住み込みで作品製作をします.

7日は,モードさんとクリスさんの送別と日豪学生の歓迎で昼食会が開かれました.

P8070011s

とても楽しい昼食会で,地元のおじさんがバイオリンを弾いたりしたものですから,私も即興で尺八を演奏してしまいました.突然に吹いたものですから演奏の出来は問うてほしくないのですが,「根笹派錦風流『獅子』」を演奏しました.

モードさんとクリスさんのフェルト作品は今月中展示されています.

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また学生さん達はオーストラリアハウスで公開製作ですので,機会があれば訪問してみてください(・・・・山里ですが).学生さんには通訳サポートは必要なさそうですが(←甘やかしてはいけない!),私はスイカでも持って激励を兼ねて見物に行くつもりです.

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顎関節症,その後

一種の顎関節症を発症したのが,ほぼ2年前.口を開けると下顎の骨が顎の関節部分で軟骨部分に引っかかってしまって閉まらなくなり,手で下顎を横から押さえながら口を閉めると涙が出るほどの激痛が走るという症状でした.原因はいろいろありますが,ともかくそんな症状でした.

病院に駆け込んで投薬とお医者さんの指導・観察で症状は改善して,2か月ほどで一応の治療を終了したものの,お医者さんからは「治ることはない」,「また痛くなったら来てください」と言われていました.

その後,口を大きく開ける練習と,首から顎にかけての様々な筋肉を伸ばして顎まわりをほぐす練習を日々続けて来ました.痛みは消えていたのですが,下顎が関節部の軟骨か何かに引っかってカクンカクンとなる症状は一向に改善しませんでした.

尺八は最初の1年は封印しました.昨年から少し吹いてみましたが,一息でも吹くと顎関節が引っかかって吹くたびにカクン,カクンとなり,嫌気がさして殆ど吹いていませんでした.尺八を気持ちよく吹くことは,今後,無理かもしれないということも頭をよぎりました.

結局,アパチュア,顎の使い方を含めて,これまでの音の出し方を根本的に変えないとダメだろう,大きく変えてしまえばなんとかなるかもしれないと考え,先月あたりから試行錯誤をしてきました.その結果,最近,なんとなく今の顎の状態に負担をかけないで,結構な音がでるようになりました.ひょっとしたら発症前より良く鳴るようになったかもしれません.

そんなわけで,今,尺八の音を出せることが嬉しくて仕方がありません.今は,自称「絶叫系の本曲」として,自分なりの最高音量を出すことが気持ちよくて仕方がありません.いずれ60%くらいの音量をよく制御して演奏を作っていきたいとは思っています.今だってもちろんそれはできないことはないのですが,今は,思いっきり吹く方が楽しいのですから,素直にそうしています.

ただ,一方・・・・・
この2年間,このblogでは,実際に尺八を吹けないために過去資料などを読んで高尚(?)っぽい文章を書き連ねてきましたので,今後,このblogの文章はかなり低俗になっていくかもしれません.悪しからず.

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