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保坂裕興「虚無僧の生成」

先日,保阪裕興氏の普化宗解体過程に関する論文(注)を入手しましたので,今回,保阪氏の虚無僧・普化宗に関する他の二つの論文も入手しました.一連の研究論文です.

・「18世紀における虚無僧の身分形成」 部落問題研究(1990年)105号
・17世紀における虚無僧の生成 -ぼろぼろ・薦僧・との異動と「乞う」行為のあり方- 塚田・吉田・脇田編(1994年)「身分的周縁」部落問題研究所

いずれも2000年の論文に先立つ虚無僧・普化宗の形成過程を考究した論文です.日本史の学術論文を読むのは初めてですが,さすがに専門家の論証はアマチュアとは違うと感心しました.

それはさておき,保阪氏は,「ぼろぼろ」と「薦僧」・「虚無僧」は異なるグループであって,連続したものではないと論考しました.ぼろぼろは14世紀から16世紀の「既成教団を離れた古代仏教系の(諸国巡礼をする)<行>的僧侶」としました.一方,「薦僧」はぼろぼろと共通点は持つものの連続したものではなく,15~16世紀に存在した「尺八吹奏を専業とする乞食芸能者」であり,「定住社会からの排除」を逃れるために,また精神的な結束を作るために,尺八吹奏→一休宗純・朗庵→禅宗→普化禅師と,ぼろぼろの宗教性を借りながらその存在の根拠を歴史を遡って禅宗の中に創作し,その後「17世紀初頭に普化禅師に帰依する仏教僧侶として(定住社会の中で「虚無僧」となって)立ち現れ」たとしています.

保阪氏は「三者(=ぼろぼろ,薦僧,虚無僧)を同一視してきた通説は,大きく書き改める必要があることを明記したい」と書いていますが,私は今日までこのような論考は聞いたことがありませんので,虚無僧尺八関係者の中では,あまり議論されてきていないのかと思います.

この一連の文献は専門家による学術論文ですから,私が解説するようなものではありませんので,興味のある方は是非ご自身で読んでください.

ご参考まで.

注:保坂裕興(2000)「虚無僧 -普化宗はどように解体したか-」

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