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虚無僧寺跡?(静岡市清水寺境内)

静岡市の清水寺(きよみずてら)にお参りに行ってきました.地元の言い伝えではかつてここに虚無僧寺があったということです.
http://www.oogosho400.jp/JP/study/13_08.htm

ところが,中塚竹禅,高橋空山らの著書にはこの虚無僧寺の記載はありません.また,地元の図書館で数冊の地元の歴史書をみても清水寺に関係して虚無僧寺の記述はありませんでしたので,この清水寺境内の虚無僧寺については良く判りません.中塚と高橋によれば,静岡市の隣の清水市(現:静岡市清水区)には虚無僧寺の福聚山無量寺があったことになっています.しかし隣とはいえ,清水市は港町で一方の静岡市は城下町で,さらに清水寺は家康が隠居した駿府城の外堀付近にある古刹ですから,清水寺→清水市と間違えられる可能性はまずありません.

清水寺は小高い丘の斜面に建物が散在する真言宗のお寺で,堂宇の一般公開はしていません.中腹に建つ建物の一つ観音堂の背面の崖の下に,虚無僧の墓と伝えられている一基(または二基?)のお墓がありました.

上記のような事情のため,正直言って半信半疑で訪問しました.そのお墓の正面には天保八年と書かれていましたので,年代は妥当です.驚いたことに左側には「普化大禅師」として「円明国師」と「古山禅師」の名前が刻まれていて,また右面には墓の由来らしきものが刻まれていて(比較的鮮明に残っているが,私には読めない)その中に「普化禅師」の文字がありました.さらに背面には和歌が刻まれ,蜘蛛と尺八のレリーフがありました.この尺八のレリーフには竹の節や指孔までしっかりと彫られていました.これは本当に虚無僧寺関係の墓(?)の可能性があります.

この墓(?)が観音堂の背面の崖の下という不自然な場所に立っていることから,この寺の多くの石碑と石仏がそうであるように,どこからか移築されたものだろうと思います.境内からの移築か,または寺外からの移築かは,地元歴史家にでも調べていただきたいと思います.

写真は順に,清水寺本堂,観音堂,虚無僧の墓(?)全景,左側面の「普化大禅師」,背面,背面の尺八のレリーフ.

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コメント

静岡市の清水寺にまつる虚無僧のお墓について、40年ほど以前
にこの墓の由来について書き物を寺から頂いたことがあります。今亡失していますので、先週寺を訪ねたが、墓の位置が違うやら寺に資料がないやらでした。その虚無僧は行倒れだったんです。長いこと喘息の神様として付近のひとから祭られていました。先週の様子ではもう過去のものになっていました。残念です。

投稿: 鈴木昇畝 | 2016年6月13日 (月) 10時01分

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