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橘外男(1953)「棚田裁判長の怪死」

青空文庫で橘外男の短編小説「棚田裁判長の怪死」(1953)に尺八の記述を見つけました.

この短編小説は私にとって身近なキーワードが多く書き込まれていますので,のめりこんで読んでしまいました.そのキーワードは小節の本題には関係がないので,ここでは取り上げません.

主人公が棚田裁判長の不可解な死亡事件を,少年時代からの棚田との交流に遡って語ります.主人公と棚田は長崎県大村市で幼少時代を親しい友人として過ごしました.棚田は江戸時代に城代家老だった旧家の長男です.棚田は大学卒業後に裁判所に職を得て,裁判官になりました.

棚田の4代ほど前の家老に,残忍な人物がいて,若く美しい腰元が屋敷の中で密かに殺されるという事件があったと,地域で語り継がれていました.このため棚田の家には不幸が起こるとも言い伝えられていました.その腰元が殺されたあと,許嫁の若い僧が腰元の死の事実を確認するために「秘蔵の一管の尺八を携えて」家老の家を訪れて,「許嫁の腰元の魂に、せめては昔から好きであった、この尺八の音を聞かせてやりた」いとして,「泣くように、咽(むせぶ)ぶように、力ない人間の不甲斐(ふがい)なさを天に訴えている」ような演奏をしました.この僧もまた家老に惨殺されました.

棚田は作曲家としても高名でした.そのピアノ作品のひとつ「幼時の思い出」,は「轟々(ごうごう)と北風が甍(いらか)を吹き、森の梢(こずえ)を揺すっているような伴奏が聞こえ」,「その騒音に入り交じって、時々人間の呶号(どごう)が響き渡」り,「やがてどこからともなく澄み切った尺八の音が、哀韻(あいいん)切々と耳を打って」くるというものでした.

この作品の初出は1953年5月です.作品の時代設定は別としてこの作品が書かれた頃に尺八の音は「泣くように,咽ぶように」,「澄んで」,「人の心の中へ溶け入って」くるようで,「哀韻切々」と,世人に聴こえるものだったのでしょう.少なくともそのように聴く人が読者にいて,この作品に違和感を感じないということだと思います.

この作品では尺八は僧が演奏していますが,虚無僧の法器としての演奏ではなく,一つの楽器として扱われています.

尺八の音の響きについて明治初期にはこのような哀愁の記述はあまり見られないようです.その後,明治中期以降に見られるようになって,少なくともこの短編小説が書かれた昭和中期にもあったということになります.

しかし現代の世相を表すときに,もし尺八をその小道具として使ったとしても,このような哀愁の表現をすることは,よほど世相から離れた人々を描かないかぎり,少々そぐわないと思います.

尺八の音も世につれ,人につれ,ということでしょう.

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