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北海道大学キャンパスにて

尺八とは関係ありませんが・・・

札幌に出張でした.北海道大学のキャンパスに行きましたが,想像をはるかに超えた美しいキャンパスで驚きました(たしか2回目のはずですがかなり以前の前回を全く覚えていません).キャンパス内に巨木の林があり,芝生の広場があり,川(ただし半人工とか)があり,原生林(に戻そうとしている林)があり,開拓時代の文化財(または文化財級)の建物が多数ありと,とても国内の大学とは思えません.あまりに感動しましたので,また最近は尺八の練習不足なので,このblogの趣旨には反しますが北大キャンパスの写真を掲載します.「こんな美しい大学で学んだら人生が違ったかなァ」と思わすつぶやいたところ,「お前は季節が一番良いときに来たからそう言うのだ.2か月後に来たらそんなことは言わないはずだ」と,北大出身者に笑われました.

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少しだけ尺八;

平取町のパンフを入手してきました.以前,違星北斗(いぼし ほくと)の作品でこの町の名前を記憶していました.

  平取(びらとり)はアイヌの旧都懐しみ
  義経神社で尺八を吹く

  尺八で追分節を吹き流し
  平取橋の長きを渡る

以前にも書きましたが,この和歌を私は複雑な思で読んでいます.

義経神社は寛政11年ころに作られ,それ以来住民から大切にされていて,毎年例大祭がもたれているそうです.またこの町は有名なアイヌ民族の聖地「二風谷」がある町でした.

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上越フルートまつり

第3回上越フルートまつり(9月21日)を聴いてきました.知り合いが参加している趣味のグループがこの祭典の中核団体だったので,誘われました.13:30~17:30という主催者も思わず苦笑いするマラソンコンサートでした.

主催者グループの代表の知己ということで,工藤重典氏の友情出演がありました.世界的に活躍しているフルーティストの出演とのことですが,門外漢の私には有難味がわかりません.

工藤氏がすごく上手なのか,またはものすごく上手なのか私には判りませんでしたが,実は,この4時間のマラソンコンサートのうち3時間以上の演奏に工藤氏はソリストとして参加していて,その意味ではトッププロの凄さに圧倒されました.

工藤氏の演奏を聴いていて,工藤氏のフルートの音色が際立っていることに気がつきました.楽器のせいもあるのでしょうが,それだけではないでしょう.他のセミプロ・アマチュアの音色も一人ひとり異なっていたようです.フルートですらこのようであれば,尺八の音色が演奏者によって異なるのもある程度はやむをえないのかもしれません.もっとも尺八の場合は目指す音色も人それぞれ異なるのかもしれませんが.

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茨木市の「ぼろ塚」

大阪府茨木市南清水町にある「ぼろ塚」を見て来ました.

吉田兼好の「徒然草」115段の「梵論の復讐」で「しら梵字」と「いろおし」という二人のぼろが果たし合いをしたという宿河原という場所がこの場所と言われています.

京都から大阪市街を北に外れて山陽道につながる脇街道として西国街道があり,この街道は西国大名の参勤交代に利用され,現在の茨木市の付近は京都と大阪の中間地点にあたり,郡山宿本陣として栄えたそうです.その本陣の西隣に現在の宿河原町があります.宿河原町の西に南清水町があり宿河原町との境に勝尾寺川が流れています.この勝尾寺川はいくつか名前を変えて最後は大阪市街地で中島川となり大阪湾に注ぎます.西国街道が勝尾寺川を跨ぐ場所の川沿いにこのぼろ塚があります.

果たしてこの場所が徒然草の現場かどうかよくわかりませんが,道具立ては揃っています.

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尺八池(京都市)

以前にこのblogでその存在を紹介した京都市の「尺八池」に行ってきました.

京都の市街地西北の大徳寺から少し先にいった山の端にありました.もともとは農業用水の貯池として造られたもののように見受けられました.現在はこの下流に水田はほとんど残ってはいません.ネット上で調べるとこの池はかなり古いもののようですが,なぜこの池が「尺八池」という名前になっているのかは判りません.下流側の堰の上,池への入り口付近には小さな石碑がありました.私が訪問した時は土砂降りの雨だったので石碑の解読は諦めました.ネット上では解読されていますので,探してみてください.

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尺八池の畔に「尺八池開運松龍辨財天」という,なんともありがたいお名前の小さな祠がありました.弁財天は一般に技芸の仏様として信仰を集めていますので,いやしくも尺八を志す者はお参りするのが良い・・・かな?

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弁財天はインド土着の神様集団の出身で,はやくから仏教活動に参加し,中国での活動を経て日本に渡ってきました.約700年前の室町時代に結成された異分野融合開運活動グループ「七福神」に仏教側を代表して紅一点(注)の琵琶・ボーカルの音楽担当として参加しました.その後現在までグループ活動の傍らソロ活動も続けています.ということで,ここ「尺八池開運松龍辨財天」では祠におられますが,上越市高田の天林寺では仏教を代表して琵琶を抱かれた御本尊として座しておられ,高田瞽女の信仰を集めています.

注:もともとは性別を超越した存在でしたが,中国を経て日本に帰化するまでに女性として活動を始めたようです.

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「尺八小史」・「正則尺八吹奏講義録」

国立国会図書館の近代デジタルライブラリーに尺八関連の本として以下の2冊を新たに見つけて,ダウンロードしました.

 市村富久「尺八小史」1919年(大正8年)一成舎
 東京尺八研究会「正則尺八吹奏講義録」1921年(大正10)東京尺八研究会出版部

「尺八小史」は私家本らしくて,著者が尺八の歴史を調べた知識を書き下ろした小冊子のようです.

「正則尺八吹奏講義録」は,尺八の演奏法を体系的に説明したものですが,演奏技術を言葉で説明するのはやはり少々無理があります.誰かの寄贈本のようで,最終ページに書き込みがあり,曰く「此の書より 吉田晴風の本がずうとよい 大正のは古いぞ 今は昭和だ!!」.当時の熱気が伝わるようです.

この本に以下の記述がありました.
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尺八とヴァイオリンの合奏
洋楽器にもいろいろありますが尺八によく合ふのはヴァイオリンであります,それで,合奏しようとする時には,尺八の甲音のレにヴァイオリンの細い糸Eを合せ,尺八のリに絲のAを合せるのでありまして(以下略)
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バイオリンと尺八が良く合うかどうか別として,尺八のレ→E,リ→Aとは?

ページを戻ると以下の記述がありました.
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尺八の種類
(前略)まづ一尺八寸のものが標準とされています.(略)合奏する時には,一尺七寸の物は端唄に用い,一尺八寸は琴に,一尺九寸は長唄又はヴァイオリン,ずっと長い二尺といふのは義太夫といふことになるので,洋樂との合奏には一尺九寸から二尺を用います.(以下略)
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1尺九寸がなぜヴァイオリンに合うのかよくわかりませんが,前述のリ→Aなら,二尺1寸管ではないでしょうか?

そういえば,先日このblogに以下のように藤田鈴朗(俊一)(1919,1929)「趣味研究 改訂 尺八通解」を引用しました.
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2.バイオリンと合奏
音合わせの方法として;
 尺八の「レ」を,バイオリンの「ミ(E)」 (←「ソ(G)」ではないの?)
 尺八の「り」を,バイオリンの「ラ(A)」 (←「ド(C)」ではないの?)
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この本にはさらに五線譜に尺八の音名が書きこまれていて,それによれはロはシ(B)になっていますから二尺1寸管のはずです.こちらの本では合奏用の尺八の長さは書かれていません.

当時と今のバイオリンの律が多少違うにしても,これは違いすぎ.リの音にバイオリンのAを合せる(両書にはそう書いてある)のではなく,実際は,バイオリンのAに尺八のリの音が合うような長さの尺八を,バイオリンと尺八の合奏に用いた・・・ということでしょうか? でも,なぜ?

ちなみに「書込みさん」が言っている吉田晴風が書いた本(前田佳風と共著)「尺八の楽理と実際」(1939)では,尺八のロはD(レ)となっています.

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仲田勝之助「古尺八について」

美術系の学術雑誌「東洋美術」のバックナンバー第2号(1929年6月)を入手しました.この中に,仲田勝之助の論文「古尺八について」が掲載されています.この論文は,当時(1929年=昭和4年)までの一節切,法隆寺蔵尺八,正倉院尺八の研究を総説したものです.またこの論文には東大寺大仏殿八角燈籠の尺八を吹く天人像のコロタイプの美しい写真(全図,拡大)が付いています.

驚いたことに,この写真に限らず掲載されている写真はすべて非常に美しい写真で,ほとんどはコロタイプ印刷,巻頭の数葉の写真は本当の写真が貼り付けてありました.

なお,「斯界の大先輩」として會津八一が文献資料を記述しています.

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