« お礼 | トップページ | 宮城道夫・吉田晴風(1951)「琴と尺八」 その1 »

伊勢原神宮寺の菩提寺,普済寺

伊勢原神宮寺の菩提寺といわれている普済寺(神奈川県伊勢原市)に行ってきました.

Fusaiji





同寺の二十三世として嘯山勇虎が列記されていますが,勇虎は鈴法寺で第二十六世の住職を務めたとの記録があり,その墓は伊勢原神宮寺にあるそうです(神宮寺奉賛会「伊勢原神宮寺史」).普済寺の歴代住職の肩書は全て「禅師」ですが,勇虎だけは「首座(しゅそ)」ですので,禅僧ではなく虚無僧だったのでしょう.

普済寺にはかつて伊勢原神宮寺に建立されていた多宝塔がありました.蝦夷地開拓のために厚岸(あつけし)の国泰寺の住職を務めた文道玄宋が伊勢原神宮寺に帰山後に建立したのもので,神宮寺の廃寺にあたって地元の人々の努力で普済寺に移築したものだそうです.

Tahoto








ということは,伊勢原神宮寺の住職を僧籍をもつ僧が務めたこともあるのでしょうか.伊勢原神宮寺は伊勢原大神宮の管理をする別当寺だったそうなので,純粋な虚無僧寺とは少し違ったということも考えられます.伊勢原神宮寺の廃寺は,普化宗の廃宗によるものだったか,神仏分離令によるものだったか,あるいはその両方の影響だったのかもしれません.

普済寺のすぐ近くには太田道灌の墓と菩提寺の大慈寺がありました.ただし,もう一つの墓が市内の別の寺,洞昌院にもあるそうです.

Dokan

|

« お礼 | トップページ | 宮城道夫・吉田晴風(1951)「琴と尺八」 その1 »

尺八資料」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/186472/46011361

この記事へのトラックバック一覧です: 伊勢原神宮寺の菩提寺,普済寺:

« お礼 | トップページ | 宮城道夫・吉田晴風(1951)「琴と尺八」 その1 »