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宮城道夫・吉田晴風(1951)「琴と尺八」 その2

この本の以下の部分には本当に驚きました.

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吉田:シュメー女史のヴァイオリンで「春の海」を吹き込み,ビクターから出しましたが,何か舌足らずの感があります.音階の相違なんですが,半音のところがちょっとばかり上がっているんですな.洋楽の音階でやっていますから・・・
宮城:それは尺八とフリュートの差でもありますね.曲によって,フリュートを使うと音階がはっきりしすぎることがあります.だから日本式メロディーなんかには,フリュートはうまく合わないで,何かチンドン屋のようになってしまいます.尺八でないとおかしいですな.けれどもまた,はっきりしたものをねらっているときは,フリュートでやる方がいいこともあります.やはり尺八の曲を作らねばなりませんな.

・・・・

宮城:尺八とフリュートにはまだ問題が残されています.半音にしてもそうですし,平均律と純正調の違いもありますし,またピアノの半音と邦楽の半音とこれまた違うのです.チンドンやになるのはここにあるんですな.
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「チンドン屋」については良い意味には使われていませんが,引用は原文のままとします.私は「チンドン屋」さんには独自の世界があって,それは良い悪いの問題ではないと考えています.むしろ,私は「チンドン屋」さんのパフォーマンスも「音楽」も好きです.

本題です;

一部の尺八の関係者の平均律と純正調への強いこだわりはこのあたりから始まったのでしょうか? 私は尺八の演奏で平均律と純正調は聞き分けられませんので,この問題には触れないでおきます.

それはともかくとして,吉田晴風・宮城道夫らは,「春の海」など彼らが作った新日本音楽をどういう音階で演奏していたのでしょうか? 彼らの新日本音楽は,平均律にしろ純正調にしろ,洋楽の音階ではなかったということなのでしょうか? 吉田晴風は前田佳風と共著で「尺八の楽理と実際」(1939)を書き,その中で音階の周波数を小数点以下1桁まで計算して(たぶん平均律)いますが,それは一体何だったのか?

彼らのは発言が正確であれば,琴や尺八の伝統音楽の音階が,平均律にしろ純正調にしろ,洋楽とは違うことを彼らは明確に知っていて,新日本音楽は琴や尺八の伝統音楽の音階で演奏していたということのようです.このことを今の邦楽界でも認識していて,実際の演奏に反映しているのでしょうか? 少なくとも30年前の私の学生時代は(その後に新日本音楽の演奏は聞いたことがない),琴の皆さんは,平均律にしろ純正調にしろ,洋楽の音階で演奏していたように思います.「春の海」は琴や尺八の伝統音階で演奏しなければならない・・・私にはよくわからない.

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コメント

平均律と純正律といういい方は適当ではないと思いますが、
ここで言っているのは洋楽的音程感と邦楽的音程感という程度の意味だと理解しています。(これは確かに違うので、この音程感によってバタ臭くも邦楽的なイモ臭くもなります)

新日本音楽創世期の人々はもともとが邦楽の耳であるため、邦楽的音程感が染みついているところに新しい洋楽の音程感が入ってきたものと思います。
宮城道雄、吉田晴風その頃の演奏を聴くと今の耳ではどこかどんくさい印象を受けるように思います。
私たちはもうすでに学校音楽からピアノの音を聴いて育ってしまっているので洋楽的音程感がある程度しみついてしまっています。(他方、まだ邦楽的音程感も生活の中に残っていたかもしれません)
大学のころからやった邦楽は昔の時代に比べるとはるかに洋楽的になっていると思います。
そして現代の人は、チューナーで調弦して耳も完全にそうなっているので、邦楽的音程感ということ自体が理解しにくくなっていると思います。古曲の味がなくなってくるのもそんなところに原因があるかもしれません。

純正律、平均律は尺八の場合は科学にあこがれた妄想だと思っています。もしかしたら今の耳のよい若手ならきっちり区別できる人がいるのかもしれませんが世間でそれを論じている人が尺八でそれを実現できる人は100人に一人もいないでしょう。

投稿: ろめい | 2009年8月26日 (水) 00時05分

>半音のところがちょっとばかり上がっているんですな

半音はめりツのことだと思いますが、吉田の録音を聞くと、一箇所以外、全部高いですね。音になっていないところもある。シュメーは今、確認できませんが、普通にFだったと記憶しています。つまり、実際は吉田の方が半音のところは高い。
吉田はめりハも高め、ツは幾分低いところがあるでしょうか。要するに楽器まかせに吹いていて、伝統音楽の音階もなにも、音程に関して雑だといって良いと思います。
吉田が「上がっている」と言っているのは音程の話ではなくて、シュメーがいわゆるメリの音色でなくて、はっきり発音しているので味わいに欠けるということを、正確に表現できていないということではないでしょうか。

宮城はこれを理解したうえでやんわりと、「音階がはっきりしすぎる」と受けているように読めます。チンドン屋のようだと言うのも、陰影がなくて、すべての音をべたっと均一にだしている例だと考えれば、話が自然に通じると思います。

「春の海」の演奏も、この会話と同様で、吉田が走っているところを宮城は上手く受け取っていて、アンサンブルの妙味は聞き所だと思います。
吉田は、技術的には雑なところもありますが、「春の海」の長閑な雰囲気の捉え方は、現在の名手も遠く及ばない優れたものがあると思います。

投稿: ペリー | 2009年8月27日 (木) 04時08分

音階の話で,実は,私が懼れていたことはそういうことでした.私自身は「新日本音楽」の演奏を確認する気力が無いのですが,ペリーさんが確認していただけたのなら,そういうことなのでしょう.

しかし,問題は,そういう音階(音楽?)が良い,さらに,そういう音階(音楽?)の方がより良いとして作られた音楽が「新日本音楽」だったということです.

ただ,邦楽の伝統として,音階と音色と旋律などが個々に区別されていなかったのかな,とも思います.

投稿: Yatou | 2009年8月28日 (金) 12時45分

8月中はほとんど家に居ませんでしたので、出遅れですが。

まず、Yatouさんの書かれている文章を読んでいると、音律と音階が混同されているような感じがしていますがどうでしょう? お箏の調弦は、原則的に協和で取るので、自然に純正調(ピタゴラス?)になります。今のようにクロマティックチューナーが無かったこのお話の当時は、むしろ平均律に調弦する方がむずかしかったんじゃないかと思います。もしやるとすれば、ピアノに合わせるぐらい?

ただし、純正調と平均律の違いは、お箏の主たる調弦の4度5度ではほとんどありませんので、聴いてどれだけ違いが感じられるかは、疑問です。長3度の違いが大きいようなので、調弦されたものをグリッサンドで弾けば、耳のいい人は違いがわかるのかも。しかし、実際に曲を弾いている時に違いがわかる人はまずいないんじゃないでしょうかね。わかったとしても、ちょっと感じが違うかな、程度。むしろ押さえの音の不確かさの方が目立つかもしれません。実際、ろめいさんがご指摘のとおり、現在は1オクターブ分の調弦をチューナー(平均律)でやっているところが多いのですが、そういうのと合奏していてもほとんど違いがわかっていません。ということで、この辺り、尺八担当では何とも言えません。

一方、当時の洋楽演奏家の場合、まだ平均律至上主義的なところまでは行っていないかもしれないですが、おそらく独奏などは普段からピアノに合わせて演奏することが多いと思いますので、こちらは自然と平均律になるかと思います。ただそれを演奏者が耳で判断しているのか、それとも指のポジションで判断しているのかということも出て来るかもしれません。この「春の海」の録音というのは、ルネ・シュメーが日本に来ている時にやっつけで演奏しているというような話ですから、アンサンブルとしていろいろな面でこなれていなかったように思います。また、現在ですら洋楽優位という考え方が日本人演奏家にすらあるわけですから、お箏の音律にバイオリン側が合わせ込むという発想はまずなかったのではないかと考えられます。

ルネ・シュメー版の「春の海」は私も音源を持っていますが、引用文章で二人が指摘していることとおそらく同じことを私も感じています。ただ、それが音律の違いなのか、それとも他の要素なのか、というところまでは判断できていません。一番感じるのは、音に対する概念の違いというか、一緒に演奏するに当たっての音質の違いということですね。実のところ、これは現在でも何ら変わっていないのですが。

吉田晴風が指摘している半音については、ペリーさんのコメントとほぼ同意見なので言及しませんが、この曲ではツのメリはあまり多くなく、4拍(全音)の長さのところが2回あり音程を出すのが大変ですが、その他は16分音符のところがいくつかで、これらの音はあまり目立ちません。むしろこの音の第三オクターブの「タ、ハ三など」の方が高い音だけに目立ちます。また、ツのメリが高いであろうことも、そうだろうと思います。

この頃の尺八奏者の音痴ぶりは、おそらく手孔のチューニングにあるんじゃないでしょうかね。初代中尾都山もよく似た感じだったように思います。尺八を始めた頃はとても聞けませんでしたし、その後彼らは音痴なんだという意識が染み付いていました。ただ、三世荒木古童の音源を聞いてからは、かなり認識が変わりましたが。また、最近Web上に載せられた都山の音源を聴いてみましたが、今では結構聴けるようになったみたいで、この辺り、私自身の音感覚も変化しているようです。

ペリーさんのコメントと重複しますが、上記の音感覚の違いはあるものの、吉田晴風の「春の海」の演奏は秀逸だと思います。私もいつかはコピーしてみるか、と考えてはいるものの、相当以前から山本邦山の音源を基本にしてコピーしてしまったので、ちょっとあの感じを出すのは無理のようです。また、この曲は人前で演奏することが多く、どうしてもアピール度の高い演奏をしてしまいがちですね。

投稿: Toorak | 2009年9月 3日 (木) 21時39分

皆さん,たくさんのご教示をありがとうございます.大変に勉強になります.

この本への私の感想はかなり婉曲な表現にしてあります.邦楽関係者の話を聞いていると,言っていることとやっていることが全く違うということがしばしばありますが,吉田・宮城もその例外ではないのかな,と感じています.

音律がどうあれ,作曲の意図がどうだったかということが重要ではないかと思うのです.残された譜にたよってそれを現代的に演奏するというやり方もあるでしょうが,譜になる前に音楽があったのですから,「新日本音楽」とはいえ,そのもととなった音楽を訪ねることも当時の価値観を学ぶためには重要ではないかと思います.

地方で歌い継がれている民謡が五線譜に乗らないからといって,その伝承者がオンチとは言えず,むしろその逆ではないかと思うのです.

投稿: Yatou | 2009年9月 4日 (金) 23時35分

大変面白いけれど、素人のわたしには論点の意味がよくわからんです。宮城道夫は知っているが、吉田清風は知らんですよ。
何故このブログを読んだかと言うと、先ほど「フリュート」を買って来たからです。

実は、かつてちょっとかじったことがあって、古いフリュートは持っていました。何故新たに買って来たかというと、筝曲を長くやってきた家内の琴に合わせて、「春の海」なんぞを吹いてみようと思ったからです。

本当は尺八がいいのですが、今更習うのは面倒くさいし、若い頃習った茶道で本邦の芸事はもう結構。面白いけれどしきたりやら時間に縛られ、加えてかかる費用も半端ではない。

さてわたしの本業は「旅キチおじさん」なのでしたが、旅をし過ぎて資金が枯渇しました。リタイアしてしばらくはテニス三昧でしたが、ハードにやりすぎてひどい腰痛になり、空いてしまう自由時間を、フリュートで遊んでしまおうということです。

クラシックの「名曲」もいいけれど特にこだわりはないし、
昔のように、ギターに合わせて「イパネマの娘」も何だし、
もともと好きであった「春の海」に気持ちが行き着いたのですが、やはり、【チンドンや】になってしまうでしょうか。

スタートに当たり少々モティベーションが下がりそうですが、
まあ、チンドンやから始めようかと思います。
広い世界を地球の果てまで旅してみれば、邦楽も洋楽もまあその中のひとつですから。

投稿: 旅道楽のすーさん | 2010年2月22日 (月) 17時59分

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