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東近江市を訪問(予定)

再来週の週末に所用で彦根に行くことになっています.琵琶湖の湖東地方には鈴鹿山系の湧水があり,そのいくつかは名水として知られているようですが,その一つに「虚無僧池(こもんそいけ)」という自噴井戸の湧水が彦根市の少し南の東近江市にあります.虚無僧との関係は伝説でしょうが,せっかくなので時間を作って見てきたいと考えています.

今日,家人にたのんで尺八袋を3つ作ってもらいました.今は西陣織の伝統的な尺八袋を使っているのですが,少々使いづらいところがあります.そこで,手芸店でクッションの入った厚手のキルティング地の気に入った図柄のものを数枚買ってきました.こちらは地味めの図柄です.これを細長い袋に縫ってもらい,派手めの色でアクセントになる紐をつけました.伝統的な尺八袋から手触りのよい明るい尺八袋に変わりました.布が厚くなったので取扱いも気楽になりました.

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笑えない話・・・・・しばらくの間,尺八を封印

顎関節に異常が発生してしまいました.口を開けると左顎の関節が軟骨(?)に引っ掛かって口が閉じられなくなってしまいました.手で顎関節を押えて口を閉じると引っ掛かりがカクンと外れて口が閉じますが,その時に激痛がはしります.病院で診察をうけ,しばらくは薬での治療となりました.

原因は・・・(私の推測も含む)

1.元来の先天的な少々の顎関節の異常
 +
2.最近の強いストレス
   顎まわりの筋肉の強い緊張,昼夜の歯ぎしり,(頭を抱えての)片頬づえ
 +
3.上記ストレス解消のための尺八の吹きすぎ
   特にカリ⇔メリの集中的練習

症状発生の時期から考えると3が直接の誘因になっているみたいなので自業自得とも言えます.お医者さんには「最近,顎を使う楽器の練習をして・・・・」と言っておきました.

あくびで引っ掛かってしまいます.食事の際も口の開け方に注意が必要です.尺八の演奏では確実に引っ掛かります.笑うにしても口は開けられず,笑えません.

ということで,これからしばらく治療期間に入ります.当然ながら尺八演奏は自制して封印としました.マイッタ.

ちなみに,現在の私の尺八演奏は「Stage III:忙しくて尺八など吹いている暇はないのだけれど,吹かないと心と体の平安を保てない・・・だから,頻繁に少しずつ演奏している」に入っていました.これからどうしよう?

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最近の練習

若い時には遠慮なしに思いっきりやる方がいいとつくづく思いました.私の尺八は,習い初めに幽玄,枯淡,風流,無常などと判ったような気分で難しい味わいを目指したものですから,楽器の性能を最大限に引き出すという単純な努力をしてきませんでした.この何年か,これが限界,いやまだだと音を出してきて,この2,3か月はいよいよ私の楽器の限界までの音が出始めたように思います(が,本当にこれでいいのかは不明).ということで,このところブーブーとばかり吹いてきました.これは楽器を持った最初にやるべき努力でした.ともかく,こうなってから音を抑制して,制御した演奏を考えていきたいと思います.

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尺八演奏のイメージ

少し前から長管を吹きこなそうと苦戦しています.これまでは思うところあってほとんど1尺8寸管でしたが,これをしばらくお休みにして,2尺管,2尺1寸管,2尺3寸管にとりくんできました.これに合わせて吹奏方法も変えてきました.

目指してきたところは・・・・唇を含めて体から余分な力をなくし,唇は息を形作り息の流れを整えるだけ,その結果は・・・・奏者は息を吹き込むだけで尺八でその息が歌口に引っかかって勝手に,自然に鳴り響く,というものです.その音はかすれた音ではなく,流れて行った息がすべて自然に音に変わって響いている感じ,そんなイメージを求めていました.奏者に力みは不要です.大きな低音は太い息を流し込むだけ,弱音の高音(例:大甲)は細い息をゆるやかに吹きこむだけ.力は不要です.吹き込んだ後はその息が尺八の歌口にひっかかって自然に音に変わり,その音が竹管の全長で響く...最近,そのイメージがなんとなく捕まえられるようになったような気がしています.

私はこれまで間違っていたかもしれません.

尺八の音は竹林に吹きこんだ風が(折れた?)竹を鳴らす音・・・という表現は理解できませんでした.尺八の音は竹林のざわめきとは明らかに異なるからです.しかし上記のように,奏者は息を吹き込むだけ,その息で自然に楽器が鳴り響く・・・というのは,この表現に一致するようにも思えます.ただし,その音は竹林の竹の葉のざわめきではなく,固く,(音量にかかわらず)強く,豊かな響きを持った音です.

こんなイメージを目指していて良いのかどうか確信はありません.でも最近になって出るようになったこのような尺八の音が好きです.ということで,このところ尺八が面白くてしかたがありません.

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雅楽

雅楽の演奏会に行ってきました.演奏者は東京芸大の学生さんです.最近はこの種の演奏会は最前列で聞くことにしています.今夜は屋外で満月(?)を見ながらの演奏会.ちょっとした息使いまでわかるような最前列は良い席でした.演奏を離れて解説をすれば若々しい学生さんでした.

しかし・・・どうして我が国はこのように扱いにくい楽器を良しとして残したのでしょうか.笙は美し音色であるものの半端でなく扱いにくそう.篳篥は楽器と思えないほど音が出しにくそう.龍笛は音がかすれているし,音程が合っているのかいないのか・・・

いつ始まって,どのように曲が動いているのか判別がつきません.よく暗譜しているものだと感心しました.もっとも,以前のテレビで口伝と言っていたような記憶がありますので,それなら暗譜という考え方すら無いのかもしれません.もっとも,私も根笹派「流し鈴慕」を演奏した時にどうやって覚えているのと不思議に思われましたので,それぞれの世界ではそれぞれのやり方があるのでしょう.

そういえば,今日,久しぶりに根笹派の曲を練習していたところ,「虚空」を吹いているうちにいつの間にか「門附け」になってしまった....

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吉田晴風・前田佳風「尺八の楽理と実際」

吉田晴風・前田佳風(1939)「尺八の楽理と実際」(交蘭社)を古書店からの通販で入手しました.先日の「吉田晴風の一生」を読んだ続きです.予想以上にと言っては失礼ですが,ここまでしっかりした本だとは思っていませんでした.

一方,記述内容はほぼ予想どおりで,輸入された西洋音楽理論の音名を尺八の音名に置き換えたもので,「尺八の・・・実際」とは言っても,尺八という楽器に関する研究成果が含まれてはいませんでした.もちろん楽器の研究が進んでいた時代ではないのですからそれは当然ですが,そうは言っても,伝統的な製法で作られた尺八(一部の最近の尺八を除いて)は自然に音を鳴らせた場合にその音階はテレビ(当時で言えばラジオ,ピアノ,オルガン,バイオリン・・・)から聞こえてくる音楽の音階といくつかの音で違うということは聞き取れるはずです.尺八だけでなく三絃や箏の演奏音階も,素直に聞けばピアノのように安定したものではないこともそれほど困難なく聞き取れるはずです.本の記述では音階の周波数を有効桁数5で計算しながら,実際の音との比較作業がおろそかになっているところに,この時代の邦楽界の雰囲気が感じられるような気がします.

邦楽界からの音楽理論と言うより,洋楽界から邦楽界を眺め,不可解に感じられる邦楽界をなんとか説明をしようとしたという印象を受けました.西洋から輸入された理論をそのまま日本の伝統に応用してしまったことは,その時代としてやむをえなかったものの,西洋の音楽理論も当然ながらもともとは演奏音楽の分析から始めれられていることを知っている現代人としては残念という気持ちをぬぐい去れません.

もちろん明治~昭和初期の西洋文化の輸入がしばしば表面的なものだったということは音楽理論だけではありませんので,これも経過点での重要な業績のひとつとし,あとに続く者がそれを乗り越えればこの大きな業績に敬意を表することになるだろうと思います.

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演奏会

善養寺氏の演奏会の案内です.

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メリ→カリ

昨日のバスの中でうつらうつらしながら,一曲や節の終わりに出てくる最後の音のメリ→カリが,このところ気になって仕方がないのはなぜなのかと考えていました.この音はメリ[メリ音質・弱音・一音低い]→カリ[カリ音質・強音・元の高い音]の変化です.この変化のさせ方に違和感が残ってしまっています.この変化は,三要素それぞれで[メリ音質→中間→カリ音質],[弱音→やや強音→強音],[一音低い→半音低い→元の音程]と変化しますが,問題はメリとカリの中間をどのようにするかです.三要素で(便宜上)三種がありますから,組み合わせ上では中間の演奏法は27とおりがあるものの,その中には[メリ音質・強音・一音低い]など,絶対に不可能なものもあります.バスに揺られて夢うつつの中でまっとうに感じられるいくつかの候補を考えて,今日,それぞれ試してみたところ,[メリ音質・弱音・一音低い]→[カリ音質・弱音・元の音程]→[カリ音質・強音・元の音程]という割と当たり前のものが今のところ最も良いように感じました.当たり前のことを曖昧にせず明確に演奏すればよいということでしょう.

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吉田晴風

また出張みたいなものがあって往復計約5時間の高速バス乗車.先週と同様にこの時間を利用して以前に入手したまま読んでいなかった藤田俊一(1962)「吉田晴風の一生 附尺八芸談」(日本音楽社)を読みました.長い本も興味のあるところだけの摘み読みという悪い癖がこのごろついてしまいましたが,今日もこれでした.

それはともかく,尺八を志して吉田晴風を知らないのはモグリであるとつくづく思いました.そして私はまさにそのモグリでした.私は田舎の尺八吹きですから勘弁してもらいましょう.さて私は必ずしも吉田晴風らの音楽に魅力を感じているわけではありませんが,私の個人的趣味は別として,吉田晴風らは大した仕事をしたものだと思います.楽曲の演奏法解説も転載されていましたが,クレッシェンド・デクレッシェンドの意味まで説明しなければならない時代だったことがわかりました.このような時代での音楽普及活動は本当に大変だったでしょう.

それにしても吉田晴風らの海外活動をみると,戦前の先進的日本人は現代の平均的日本人よりはずっと世界を視野にいれていたのではないかとも感じます.

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