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尺八の掃除,右手

特段の理由もない思いつきなのですが,このところ3日間ほどかけて尺八を掃除しました.ウェットティッシュやガーゼで汚れを落としただけとはいえ,前回は25年ほど前だったような・・・きれいになりました.特に歌口とその周辺は見違えるようです.これからは爽やか気持ちで演奏します.

さて,かつて30年ほど前に,右手(管尻の方)は中指と親指で管を支えると習って忠実にそのとおりにやって来ました.先週末に,本曲で指の動作がさほど速くなく,一方,長管を操る必要がある場合,少し親指を上げて人差し指の位置に近づけたほうが良さそうだと気が付きました.誰かに習えばすぐにわかることですが,勝手にやっていてあまり変なことにならないように注意することにしましょう.

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感謝

気がつけばカウンターが2万を越えていました.驚きました,感謝します.

こんないい加減なblogにつきあっていただき申し訳ないような気持ですが,演奏向上のための悩みを少しでも共有してもらえたら嬉しく思います.

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また人前で

邦楽関係者以外の前での演奏は,こんなジャンルのしかもこんな演奏につき合わせるのは申し訳ないという気持ちがあってできるだけ自重しているのですが,かといって関係者が周囲にほとんどいないので,一昨日にまた,あるグループの前で演奏してしまいました.御苦労さんという意味のお世辞がはいっているかもしれませんが,そこそこの好評だったように思います.同じ集まりでは一昨年に初めて演奏していて,今回は2回目.「前回より格段によかった.特に弱音が美しかった.」との言葉をいただきました.「メリ」という業界用語を知らない人たちです.おそらく「メリ音」のフレーズのことを言っているのだと思います.門外漢にもわかってしまうほど良くなったのかと,非常に驚きました(以前はそんなにヒドかった?という意味も含めて).虚無僧尺八は「やっている人にしかわからない」,と言うよりは「関係者以外には興味が持てない音楽」という気持があったのですが,そんな考えは改めた方がいいのかもしれません.

先月,オーストラリアからの来客があった際に演奏したことは以前のblogに書きました.このときのグループの前では3年ほど前から数回演奏しています.このときも,実は,「ずいぶん腕をあげたね」との言葉をもらいました.自己評価では以前も上手くはないにしてもそれほど下手ではないと思っていましたので,こういう評価は非常に微妙です(以前は実際のところはどうだったの?).この2か月間に全く別の人たちからそれぞれ同じような評価を続けてもらいました.まあ,結果として門外漢が聞いてもわかる程度に技術が向上しているのなら,それで良しとしましょう.次は業界関係者からそれなりの良い評価をいただけるように精進することにしましょう.

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メリ

メリについて,虚無僧本曲,特に東北系の本曲でのメリは指孔全開で歌口でメリ込んで音色を変える,その他のジャンルの曲では歌口でのメリ込みはできるだけやらずに指孔を閉じていって音色を変えずに音程を下げる....というのを原則でやっていましたが,昨日からの練習の中で,前者でもカリ音から続くナヤシでのメリについてはあまり音色を変えずに指孔の操作で音程だけを下げたほうが自然な流れになるのかもと,感じました.もちろんこの音型はカリで吹きまくっては台無しですから,歌口でのメリ込みの気持ちは持った方がよさそうです.勝手なことをやるのもまずいので,この点についてもう少しいろいろな方の演奏に注意してみたいと思います.

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宮崎神宮にて

仕事で宮崎県と鹿児島県に行ってきました.鹿児島県は個人的に少々ゆかりのある所なので,うろついてみたかったのですがほとんど自由行動がとれませんでした.

旧島津藩下の宮崎県の一部と鹿児島県各地には虚無僧踊りというものが伝承されています.神社に関係した祭りの際に奉納される棒を持った動きの大きな棒踊りの一種で,虚無僧踊りでは棒のかわりに尺八を持って尺八をを打ち合う動作をする踊りです.かつて島津藩に虚無僧跋扈していたはずはないですから,虚無僧ゆかりの虚無僧踊りというより,「棒→尺八」という流れでの虚無僧踊りではないかと推測しています.これも現地で調べてみたかったのですが,時間がありませんでした.

宮崎市では自由な時間が少々あったので,宮崎神宮に行ってきました.宮崎神宮は神武天皇を主祭神としています.宮崎県は記紀にゆかりのある場所が多く,いってみればスピリチュアルポイントがごろごろしています.さて,宮崎神宮では丁度まったく偶然に「養正講社月次祭」というものが行われていて,その中で雅楽を聞いてきました.と,どこかで聞いた旋律・・・・ゆっくりと,ゆっくりとしていましたが,黒田節じゃないですか! 帰宅してから調べたら,雅楽の中で最もポピュラーな曲の一つ越天楽が俗楽として歌詞が付けられたものが黒田節だそうです.

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月不見池

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糸魚川市(新潟県)の山の中に月不見池(つきみずのいけ)という池があります.藤の名所としてここでは有名なのですが,夏の様子も見てみたくて,先日,ぶらぶらと行ってきました.岩山から多数の巨岩が割れながらゆっくりと崩れ落ちて積み重なった場所で,まだ風化していない割れたままの大小の巨岩が数多く並んでいます.当然ながら人が容易に入れる場所ではないのでその岩を巨木の林が覆った自然林になっています.山からの湧水が多くて巨岩の間に大小の池があり,その最大のものが月不見池です.巨岩,大木,水となればもののけが棲んでいてもおかしくないところです.私だけがそう感じるのではないらしく,池の近所にはお寺や神社や石碑が集まって並んでいます.写真のように田んぼにも巨岩が突き出していて,田の所有者も感じるものがあるのでしょう,石にお地蔵さん(?)が祀られていました.とても不思議な地域です.

ただ,もののけ・・・と言っても,ここは夏に行くところではありませんでした.

今回,木立に入ると霧がでているほど湿度が高く,小さな虫が無数に飛んでいて,そしてクモの巣だらけ.足元は水で濡れた落ち葉で敷き詰められ,むき出た岩はコケだらけ.虫を追いクモの巣を払いながら少し歩くとすぐに全身汗だくになってしまい,もののけの気配どころではなく,写真をいくつか撮ってすぐ入口にUターン.

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目をつぶった演奏

尺八を演奏するときは,たいていいつの間にか目をつぶっています.そのほうが演奏しやすいようです.特に弱音まで丁寧に旋律を作っていくには,このほうが良いように感じます.これは周りに気が散らさないようにして自分の演奏に集中するためだと思っていました.が,どうもそうではないような気がしてきました.周囲が目に入ってきて最も集中できなくなるのは自分の演奏そのものではなく,唇の感覚のようです.唇の間を息が高音・低音・強音・弱音に応じて一定の圧力と流れで動いていることを感じとって唇を調整し,またメリカリでの息の変化を感じ取って調整する,そのために目をつぶって唇に感覚を集中していたようです.音楽作りのため・・・・という高尚なものではなく,音出しのためという,いまだ何という低レベルのことをやっていたのかと,あらためてガッカリしましたが,まあ,そんなものでしょう.

今日は夏季休暇.私の職場にはそういう制度があるのですが,この3年間は取れないでいました(人事からは怒られた).休みがとれる今年の状況がうれしくて,どこかにでかけるというよりはのんびりしています.

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