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上村雪翁「尺八独案内」

上村雪翁「尺八独案内」1895年(明治28年)矢島誠進堂

国立国会図書館の明治時代文献から上村雪翁「尺八独案内」の古典本曲関係部分を私のHPに入力しました.

明治中期の教則本です.はっきりと古典指向がみられます.初心者用の教則本ですが,地唄の譜もあり,虚無僧本曲も2曲掲載されています.「端唄雑曲ノ如キヲ吹奏セシムルハ固(もと)ヨリ本旨ニ非ズ」との記述もあります.それにもかかわらずそのような譜を掲載するのは「時ノ流行ニ伴フノ方便(てだて)ノミ」と言い,当時の尺八界の状況に忸怩たるものがあったのではないかと感じます.

それにしても,ほとんどすべての漢字に読み仮名が振ってあるのはいいのですが,「本書(このしよ)歌曲(うたの)中(うち)地方(ところ)ノ訛音(なまり)等(てう)ニ因(よ)リ」の調子で,却って振り仮名の無い方が読みやすいように思います.しかも同じ漢字熟語でも場所によって振り仮名が異なるとは...例えば「合奏」には「あは(する)」と「がつそう(す)」の2種があります.

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若原孤山「孤山流尺八入門」

若原孤山「孤山流尺八入門」1911年(明治44年)松風会

国立国会図書館の明治時代文献から若原孤山「孤山流尺八入門」の序文を私のHPに入力しました.

明治40年代の尺八教科書の序文には,「近時(中略)斯道を學ふ者亦甚多し」の意味の文章で始まるものが多いように思います.

本書では,これに続いて「然れ共其多くは尺八樂本來の樂理に反き徒に音色のみを弄するもの或は樂理に迷ひて間拍子のみを學ふもの等一方に偏し以て尺八の眞味を没却するに至るものある」と書かれています.何時の世もまさにそのとおりなのですが,問題は「尺八の眞味」が何かということについてのコンセンサスはあったのでしょうか?

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自衛隊中央音楽隊の演奏会

自衛隊中央音楽隊の演奏会に行ってきました.吹奏楽団です.君が代斉唱から始まった演奏会,全体をとおして「ブラスバンド部」出身の私にはとても懐かしい曲目,合奏の響でした.とても良い演奏でした.「軽騎兵」序曲は吹奏楽では定番のレパートリーですが,この曲で一糸乱れぬクラリネットセクションを生で聞くのは初めてのような気がします.久しぶりに吹奏楽を聞いてみると,金管,打楽器セクションはオーケストラの同じセクションのほうが随分とワイルドな演奏法のように感じます.オーケストラの場合には各楽器に独奏的な性格が強いのでしょう.今日の演奏会は楽しみました.アンコールの一曲がマーチ「双頭の鷲の旗の下で」で会場全体が大いに盛り上がりましたが,演奏者が自衛隊...何か象徴的?とは,考えすぎかな....

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チャングム

妻からの冷たい視線に耐えながらも遂にチャングム完全版全54話を見通しました.前半は豪華料理・薬膳料理が並び,後半は健康問題・医食同源の話題で楽しませてもらいました.音楽には韓国の伝統楽器がふんだんに使われていて,旋律は韓国特有にしても,楽器の音色は私の耳にはなぜか懐かしく響きました.主題歌は伝統歌謡パンソリの歌手(少女や大人)が力を込めて歌っていました.これがなかなかよかったので採譜してあります.私はコードが判らないので旋律だけです.尺八で演奏できます.

この一年間,いつも週末はこの番組を楽しみにしていたのに,これからはどうやって週末を迎えたらいいのやら.実は,全話の録画に成功したのでDVD27枚に全てを焼いてあります.これは老後のお楽しみ(?)

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越中おわら節

先日の京都芸大のSPレコード・アーカイブの中に越中おわら節のSPレコードがありました.この民謡は胡弓,三味線,太鼓が伴奏するものですが,解説書を読むとかつては尺八が加わっていたこともあるそうです.ただ,尺八の音が歌とかぶってしまうので次第に入らなくなったとのことです.ですから尺八は詩吟でのように歌に合わせるものかと思っていましたが,この音源を聞くと胡弓のパートをそのまま演奏していました.そうすると私がおわら節のCDから採譜した胡弓の譜が尺八譜として使えます.

私はおわら節が好きなので時々演奏していますが,この譜は尺八には難しい.装飾音が多い上に音の動きが大きく,しかも大甲から乙ロまで動き回ります.この旋律を尺八でゆったりと,物悲しく,思いを込めて演奏するにはかなりの腕前が必要です.おそらくそういう理由で尺八は消えたのではないかとも思えます.

尺八なりの旋律でおわら節に参加してみたいものだとは思いますが,他流試合は生半可な気持ちではできません.私は,胡弓は胡弓にまかせておいて尺八は歌と対峙したほうがよいように思います.

参考:京都市立芸術大学・京都伝統音楽研究センター

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宮城道雄「私の若い頃」

宮城道雄「私の若い頃」(1949年):青空文庫

若い頃を振り返った随筆です.7,8歳から17歳ころまでの思い出が綴られています.9歳から筝と三味線を習いはじめ,13歳で師範免状を取得.14歳で「朝鮮」(←原文のママ)に渡り,家計を助けるために仁川で昼間は「箏を教えて、夜は(中略)、私の下手な尺八をおじさん達に教えていた」.そんな生活の中でも「朝早くみんながまだ寝ている中から起きて一人で箏の練習をしていた」.

尺八を何時,誰に習ったか,その後どうしたかは書かれていません.

なお,その頃は,本人は学校にいけなかったのですが,16歳の時,学校に通っている弟が読んでいる読本の中に水の変態という和歌があり,それを聞いて初めて「水の変態」の作曲を試みたということです.

私のHPの「近代文学の中の尺八」

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SPレコード音源

SPレコード音源を見つけました.

以下のHPにSPレコートの音源が登録されています.

 京都市立芸術大学・京都伝統音楽研究センター

 この中の「SPレコードアーカイブ」

キーワード「尺八」で検索すると現在100件程度の登録があって,その中に以下の尺八古典本曲がありました.すべて音源をダウンロードできます.

 宮川如山「調子」/宮川如山「阿字観」
 宮川如山「阿字観」/青木鈴慕「虚空鈴慕」
 第二十世 一朝軒「薩慈」
 第二十世 一朝軒「鶴之巣籠」

宮川如山の演奏は豪快です!

なお,同様なSPレコード音源は以下の個人サイトが頑張っています.

 尺八の部屋

こちらも相当なものですから,是非,訪問してみてください.

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吉村敦「琴古流尺八音譜解説」

吉村敦「琴古流尺八音譜解説」1911年(明治44年)共益商社

国立国会図書館の明治時代文献から吉村敦「琴古流尺八音譜解説」の緒言と解説の一部を私のHPに入力しました.

明治後期の文献では,この本に書かれているように「近年勃然として興り山間の僻地に於ても其の音彬々として耳朶を襲ふ」というように,民間に広まり,しかも一般の曲が演奏されていたようなことを示す記述が多いように感じます.

なおこの本では「當今は一尺八寸及び一尺九寸を多く用ゆ」としています.

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角屋可好「尺八之栞」

角屋可好「尺八之栞」1903年(明治36年)竹声会

国立国会図書館の明治時代文献から角屋可好「尺八之栞」の緒言を私のHPに入力しました.

「古來ヨリ韻士雅客ノ最モ愛玩スル樂噐ナリ」は少々身内びいきかと思います.

ところで,この緒言冒頭に「尺八ハ五穴ヲ以テ十二律ノ音聲ヲ自由ニ發スル」とあります.これに限らず尺八の教本には必ず「十二律」の説明があります.このごろ思うのですが,伝統的な演奏を虚心に聴いた場合,本当に12音でしょうか? どうも,古に中国から移入された音楽理論を日本の伝統・民間音楽に無理やりあてはめて,それからはみ出た部分を「微分音」として音名も付けずに片付けてしまっているように感じます.理論・理念が先行することは尺八では最近でも音名に限らず同じ傾向があるかもしれません.まず虚心に聴くことから始めて,それから理論・理念を考えたほうがよいかと思います.

ただ,12音について言えば,「西洋音楽」に完全に毒されてしまっている私は,何も考えないで音をだすと本能的(?)に12音のどれかにあてはめた音にしてしまっています.現代的な演奏とでも言いましょうか・・・

なお;

違星北斗「北斗帖」のページに山本由樹氏のコメントを加筆しました.感謝します.

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「古事類苑」

明治時代文献「古事類苑」の尺八の項の序文を私のHPに入力しました.

いったい何でこんな作業を続けているのかとふと自問したくなりましたが,面白いと思えば良いわけで,それが「趣味」なんですよね.

今夜も外は雪です.

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