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虚無僧の歴史(一般向け)

昨年末に知人の前で尺八の演奏を披露しました.普段は邦楽とは全く縁のない人たちです.その時,以下のように虚無僧と尺八について説明しました.少々乱暴な説明ですが,「虚無僧」には誤解が多いのでそれを正すという意図も含めています.ご参考まで.私のHPにもアップしておきました.

ところで,明治4年の禁止令はいつ解除されたのでしょうか?

虚無僧の歴史
尺八の起源は不明。室町時代末期、尺八を吹いて路傍でたむろする浪人が出現した。江戸時代になり戸籍管理が厳しくなると所属不明の浪人たちの一部が組織化され、普化宗という、禅宗の一派を詐称する集団を形成し虚無僧寺に住んだ。これが幕府の浪人管理対策の思惑と一致したために、その後は半ば公認、半ば黙認のような形で存続した。虚無僧は僧籍を持っていなかったので仏教儀式は行えず、尺八を吹きながら托鉢をして糊口をしのいでいた。虚無僧寺は最盛時には全国で九十か所以上あったといわれているが、ほとんどが小さな民家程度のものだったらしい。虚無僧寺=風呂屋という記録も少なからずある。尺八での托鉢の評判は極めて悪く、寺に寄進をするから集落には托鉢に来てくれるなという文書が各地に残っている。尺八の技量に優れた者は一般人に尺八を教授して生計の足しにした。これは本来は禁止されている行為である。今知られているような天蓋を被るようになったのは江戸時代後期。江戸時代初期には何も被っておらず、中期には浅い編み笠を被っていた。明治四年に、出所不明の不法集団として修験道と共に普化宗の禁止令が明治政府からだされ、普化宗と虚無僧寺の歴史はあっけなく完全に終わった。政府による宗教弾圧とは誰も考えなかったらしい。その後まもなく、尺八は庶民の楽器として復活した。そして琴・三味線との合奏も本格的に行われるようになった。

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