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豊島与志雄「絶縁体」

豊島与志雄「絶縁体」(1952年):青空文庫

「私」と隣りに住む「市木さん」との付き合いの話です.「市木さん」は,「もう六十歳近い年配だと見えるのだったが、そのわりには幼い一男一女があった」.近所では知られた人でしたが,近所との付き合いはほとんど無く,職業も知られていませんでした.家に閉じこもっていることが多いようです.そんな人の趣味のひとつが尺八でした.

[本文]=====
出かけるのは晴れた日に限っていて、雨降りにその姿を見かける者はなかった。
 そしてたいてい、竹編みの大きな籠を、長い紐で肩からぶらさげていた。その籠の中に、たいてい、スケッチブックを入れていた。それからたいてい、太い杖か一管の尺八を持っていた。竹籠は買物のためであって、いろいろな品物でふくらんでることがあった。スケッチブックはめったに使われることがなかったが、なにか興趣ひかれる事物に出逢った場合のための用意だったろう。それから、杖はよいとして、尺八に至っては誰にも合点いかなかった。然し、近隣の人々は、深夜、嚠喨たる尺八の音を度々聞かされていたし、たぶん、手馴れてるままに彼はそれを携えていたのであろう。
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この「市木さん」の演奏する尺八曲は「追分」でした.

[本文]=====
酔ってくると、市木さんは尺八を持ち出してきて、追分節を吹いて聞かせた。
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世間離れして一人で演奏して楽しめる楽器は,やはり尺八ということになるのでしょう.

ところで,近代文学の中で尺八の曲として「追分」が頻繁に出てきますが,「追分」という曲名だけで曲が特定できたのでしょうか? 「追分」とうのは民謡の一つのグループ名かと思っていました.「○○追分」というのは沢山ありますから.そういえば,川本逸童「ヴァイオリン尺八追分節」(1912年)という譜が国会図書館アーカイブにありました.解読してみましょうか.

私のHPの「近代文学の中の尺八」

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コメント

追分はいろいろあるのでしょうが、やはり尺八の世界では余程はやった曲で誰もがまずやってみたいと思う曲のようです。
江差追分、松前追分、りんご追分(これは違うか)・・・いろいろありますが、確かに自由な息の長さによるフレージングや、尺八らしい手法がずいしょにありますし、何より一般の人も含めて人気があったのでしょうね。
本曲吹きでも追分だけは俗曲だとは思うのですが「義経恋慕」なんて呼んで吹いていたようです。
谷狂竹氏、浦本浙潮氏他多くの人が吹いておられたようですね。

投稿: ろめい | 2008年1月27日 (日) 23時57分

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