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石原即聞「日本仏教史」,小川儀蔵「尺八独稽古」

私のHPの明治時代文献のページに石原即聞「日本仏教史」の普化宗の関係部分と,小川儀蔵「尺八独稽古」の本曲譜リストを記入しました.

こうして明治期の仏教書を幾つか見てみると,普化宗を仏教の一派として一定の地位を与えているものがあることがわかります.ただ,どれを見ても普化宗の宗教教義の記述は少なく,「虚無僧」集団としての扱いのように思われます.また,いずれの書籍でも,明治四年の普化宗・修験道廃止前後の明治政府の動きは,ほぼ同時代であるだけに生々しく記述されていると感じます.廃止される方に宗教弾圧という抵抗が見られないので,廃止もやむを得ないという意識があったのでしょうか.ところで,修験道も普化宗と同時に「廃止」されたことを私は知りませんでしたが,修験道はその後現在までに宗教として見事に復活していますね.

小川氏著の「尺八独稽古」には「鶴のすごもり」が外曲と本曲の各一曲の譜が掲載されていますが,いずれも実際上は尺八の独奏曲とのことです.

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コメント

小川儀蔵「尺八独稽古」はコピーで持っています。
鶴の巣篭もりはいわゆる外曲鶴の巣篭といっているもので三味線の巣篭もり地などをつけたりしてやっていたものです。
西園流では頭に八千代獅子の一部をつけたりして演奏した例もあります。八千代巣篭といったかしら。

投稿: ろめい | 2007年5月10日 (木) 21時43分

> 廃止される方に宗教弾圧という抵抗が見られない

廃仏毀釈は、比叡山麓の日吉山王社での仏像、経典、仏具などの暴力的な破壊に始まって南九州での何百もの寺院の破壊など、私たちはあまり知らないけれど、相当に激しいものがあったようです。

神道の国教化政策。三河や越前では、これに反対する農民一揆もあったそうですが、仏教界であからさまに反対したのは、真宗の僧侶のみ。

寺は当事すでに宗教組織ではなく、徳川幕府の戸籍管理および教育機関であって、いわんや普化宗においておや。ということでしょうか。

投稿: ペリー | 2007年6月 1日 (金) 05時26分

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