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演奏を披露

先日,またも(?)めずらしく人前で演奏する機会がありました.と言っても英語学習会の懇親会での余興です.私の前にはクラシックギターでフェルナンド・ソルの独奏曲.私はろくに音出し練習も無しの一発芸でしたので演奏の質は想像できるとおりですが,珍しがられて(たぶん?)好評でした.明暗対山派「吾妻曲」と根笹派錦風流「獅子」を演奏しました.場所がら軽い曲という選曲をしました.両曲はずいぶんと異なった曲想ですが,私にとっては「揺らぎ」を入れて演奏をすることを目指しているということで共通する曲です.これは私の勝手な思い入れで,それについては少々の説明が必要でしょう.それはまた別の日に...なお,根笹派のコミ吹きには違和感を持った人もいたようです.

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上村雪翁「尺八独案内」

竹兄ろめいさんが上村雪翁「尺八独案内」を入手して読んでいるそうです.私は,安直に,国会図書館でオープンになっているデータベースから同じ本をダウンロードしています.こちらは矢島誠進堂から1895年(明治28年)に発行されたもので,おそらく初版ではないかと思います.曲名の変な(?)読み方をろめいさんはご「愛嬌」と紹介していましたが,明治28年から大正期までずっとこのとおりだとすると,本気ではないでしょうか.おかしな読み方はいっぱいあります.根拠はなんだったのでしょうかね? また,古伝三曲はともかく,秘曲の区分が今とかなり違うみたいです.それにしても,いつもながら,ろめいさんはすごいですね.

解説に出てくる本曲の曲名

古伝の三曲
霧海■鈴慕(むかいこれいぼ)[■はタケカンムリにトラ:つまり「ジ」!]
虚空鈴慕
真虚霊

本曲名目
鉢返調(はちかへしのしらべ),瀧落曲(たきおとしのきょく),秋田管垣(あきたくだかき),転管垣(てんくわんけん),九州鈴慕(きうしうれいぼ),志図曲(しづのきよく),京鈴慕(きやうれいぼ),盤渉調(はんしやうちやう),琴三虚霊(きんさんきよれい),吉野鈴慕(よしのれいぼ),栄獅子(さかえじし),打替虚霊(うちかへきよれい),葦草鈴慕(ゐそうれいぼ),伊豆鈴慕(いづれいぼ),鈴慕流(れいぼなが)シ,下野虚霊(しもつけきよれい),目黒獅子(めくろじし),吟龍虚空(ぎんりようきよくう),佐山管垣(さざんくわんけん),三谷管垣(さんこくくわんけん),下(さか)リ葉曲(はのきよく),波間鈴慕(はかんれいぼ)

秘曲
巣鶴鈴慕(そうかくれいぼ),鹿遠音(ろくえんいん),曙調子(あけぼのちやうし),雲井調子(くもゐのちやうし),

本曲の譜面は以下の2曲(フホウエ式)
鶴(つる)の巣籠(そごも)
本曲鈴慕(ほんきよくれいぼ)

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虚無僧墓伝説

私のHPに,千葉県香取市(旧山田町)の虚無僧墓を追加しました.この虚無僧墓がある場所の字名が「こものはか」です.仇討ちに敗れて死んだ虚無僧の墓という言い伝えだそうです.各地の虚無僧墓はこのような血なまぐさい伝が多いですね.墓が大切にされていることは良いことです.

千葉県ホームページの該当ページ

私のHPの虚無僧伝説のページ(リンク切れが多いのはご容赦を)

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明治時代の尺八資料追加

HPの明治時代文献のリストに幾つかの文献を追加しました.
また,以下の3つの文献の尺八に関係した部分を入力しました.

しかし...こうして入力してみると,当時の文章は意外に字数がすくないものなのですね.(その割には入力が大変ですが)

「当世名家蓄音機」
荒木竹翁のインタビューです.以前に一部をこのblogで紹介しました.伝説部分はさておくとしても,普化宗廃止時に虚無僧寺に在籍した人の話です.私のパソコンでは入力できない字が幾つかありますが,虚無僧尺八関係者なら良くご存知の字です.そのうちVistaに乗り換えたら修正します.

「さへづり草」
編集者によれば,天保年間から文久三年(1863年)までの約30年間に雀庵長房が「見聞に任せて座右消閑にものしたるもの」を明治時代に井上頼■(こく)が収集したものだそうです.この中に暮露の記述があります.ただ,ここでは「暮露=ぼろ=襤褸(ボロ)」とされています.

「徒然草」
ご存知,宿河原での決闘の話.

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毎日写真グラフ記事

毎日新聞のフォトバンクで「虚無僧」を検索すると,1951年12月20日の写真雑誌「毎日写真グラフ」に虚無僧の記事があることがわかりました.同年の11月19日に京都市で撮影撮影された虚無僧(たぶん3人)の生活と托鉢の写真記事です.

「毎日フォトバンク」

実際の写真はそのHPで見てもらうことにして,11枚の写真の概要は次のようなものです.

1.月に二回,明暗協会に虚無僧たちが集る.
2.虚無僧は観光客の集まる場所にも出かける.
3.家で尺八を作り,指南している専業者.
4.旦那さんは会社員,奥さんが琴と長唄の先生.その余暇に托鉢に出る女虚無僧.
5.子供を近所に預け,食事の用意をしてから托鉢に出かける女虚無僧.
6.托鉢の後,わが家に帰ってきて初めて母の笑顔を見せる女虚無僧.
7.奥さんが入院して四人の子供の面倒を見る虚無僧.托鉢が終って夕食を買って帰る.
8.普通の家ではあまり歓迎されないが,商売人は「吹き込む」として虚無僧の来るのを喜ぶ.
9.街頭に立つ傷痍者に出会うと,托鉢した金を割いて反対に恵む.
10.虚無僧と会ったときの吹き合わせのエチケット.
11.京童は虚無僧姿をあまり怖がらない.

ところで,この人たちは何のために虚無僧姿で托鉢をしているのでしょうか? 仏教の修行や普及のためとも思えないし,演奏という演芸の対価としてお金を受取ってるとも思えません.自分の生活費の足しにしているような文脈にも読めますが...??

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