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関如来「当世名家蓄音機」

国立国会図書館蔵書から

関如来「当世名家蓄音機」1900年(明治33年)その1

各界有識者28人にインタビューして,本人談の形式で斯界の様子が記述されています.この中に二代目荒木古童の談があります.

一月寺の仙石騒動,普化宗の由来と日本への伝播と国内での展開,一月寺の歴史と同寺での虚無僧の生活ぶりなどが語られています.

古童は1844年(天保15年)から1871年明治4年まで一月寺と鈴法寺に用達(←これ何?)として勤めていたと言っています.そして1871年11月の普化宗門廃止の際に一月寺の什器類を預かって所持しているとのこと.

記述された談話のうち,歴史部分は伝聞(=伝説)がほとんどでしょうが,経歴からして末期の一月寺の様子や虚無僧の生活ぶりは実話でしょう(次回へ).

古童は一月寺の喜国(きこく),小烏(こからす)という二人の豪傑の雲水が使った尺八を持っていたそうです.喜国の尺八が長さニ尺一寸八分で周囲八寸,小烏のものが長さ二尺四寸で周囲九寸だそうです.著者のインタビュー時に実物があり,著者はそれを見て「共に煤けて割れたる,古色蒼然として三百年以上のものなり」と書いています.

「三百年前」は怪しいにしても,江戸期(末期か?)の虚無僧も長管を使ったのですね.そしてずいぶんと太い竹もあったということですね.今の尺八は周囲4寸(約12cm)くらいでしょうか,5寸(約15cm)ならかなり太いほうでしょう.

原文の一部は近日中にHPに書き込みます.

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