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関如来「当世名家蓄音機」その2

国立国会図書館蔵書から

関如来「当世名家蓄音機」1900年(明治33年)その2

荒木古童のインタビューが記述されていて,末期の一月寺での虚無僧の様子が語られています.古童は1844年(天保15年)から1871年(明治4年)まで一月寺と鈴法寺に用達(←これ何?)として勤めていたと言っています.

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 虚無僧と言へば,昔は誰れでも彼れでも,尺八を吹いた者だと思ふと間違いだ,尺八を吹くというのは,住持(じゅうじ=一寺の主長の僧)と外(ほか)二三人位で,あとは吹くのではない,鳴(なら)すのだ.
 さて虚無僧は朝未明に起(おき)ると,暫時(しばし)は無言の行で,往時まづ普化禅師の像に向って合掌する,次に役僧(やくそう),法弟(ほうてい),カクマイ(隠匿)・・・・これは隠匿(かくま)はれて居る浪人で,始めは直ぐ法弟(でし)とはせず,永い間カクマイという名で其人物を試し,愈々(いよいよ)これなればと見抜いた上で,本人の志により,我宗門に入れるので,これから武士は両刀を一竹にかへて,全くの虚無僧になる,・・・・と順次三十人が三十人,残らず合掌をすませて後(のち)朝餐(あさめし)にかかり,四ツ時分(今の十時)から七ツ時分(今の四時)まで,天蓋に尺八を手にして表へでるのだから,虚無僧といへば誰れでも,尺八を吹く様に思はれるが,そうではない.
 吹くといふのは,なかなか容易の事では出来ず,多年の習練に因って,初めて許されるのだが其時には必ず立寄られて,御晝餐(ごちゅうさん)の御小憩所(おこやすみところ)と定められる例となった.
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( ):「住持」以外は原注です.

「吹く」と「鳴す」の違いがよくわかりません.また,3段落目の文が前文と文意がつながっていないので何を言っているのか不明です.が,ともかく,これが江戸末期の一月寺の様子でしょう.虚無僧とその見習が概ね30人くらいいて,法器尺八の演奏が自由に(?)に許される高位の者はそのうち数名ということでしょうか.

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