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阪井弁「明治畸人伝」

国立国会図書館蔵書から
その4 阪井弁「明治畸人伝」1903年(明治36年) (「弁」は旧字)

この本の中に48人が紹介されていて,その中に尺八家として川瀬順輔があげられています.幼き頃からの尺八の名手で,富や名声を求めず尺八楽の追求に生涯を捧げた人物として記述されています.さて,そこに川瀬順輔が著者に語ったとされる言葉が引用されています.

「今や楽界の革新期なり,尺八の如きも琴古流の如きに至っては単に琴曲の伴奏者として生命を存ずる者のみ,これ豈(あに)楽器の本来ならんや,然れども其本曲に至っては,古来虚無僧なる者の読経代用の為に作曲せし者なるが為に,余りに陰気にして正しき音楽とは云うべからず,これ新たに作曲を要するの時なり,然るに世の音楽家多く姑息の状態に安んじ,少しく進取的の態度に出づる者を目するに山師を以ってす,是れ憂うべきのことなり,而して其作曲に意ある者も,衣食に資せんが為に,教授を専門とせざるを得ず,故に熟思考慮するの暇無し,歎ずべき哉」(新字で引用)

強烈ですね.三曲での尺八の演奏は「単に琴曲の伴奏」で「楽器の本来」ではなく,また本曲を「正しき音楽とは云うべからず」とし,「新たに作曲」しなくてはならないが世の中はそれができる状況ではないとのこと.川瀬順輔はどのような音楽を求めたのでしょうか? 私は地唄や本曲が悪いとは思いませんが,最近の若い演奏家の活動をみていると,私見ですが,100年たってようやく川瀬順輔のフラストレーションへの回答が出始めたかなとも思います.

なお,この本には荒木竹翁(二代古童)についても48人のひとりとして少々の記述があります.

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コメント

私の所属社の初代の言葉。もって瞑すべしです。
特に下記の
「衣食に資せんが為に,教授を専門とせざるを得ず」
このことは、私の師匠の基本です。「業として弟子を教えてはならない」が、いつも師匠が言っていることです。

投稿: @単管丸 | 2007年2月23日 (金) 14時36分

その一方で「衣食に資せんが為に,『演奏』を..せざるを得ず」も,良くはないですよね.

私は「少しく進取的の態度に出づる者を目するに山師を以ってす」の文に,我が意を得たりと,笑ってしまいました.前進しましょう.

投稿: Yatou | 2007年2月23日 (金) 14時56分

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