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国木田独歩「女難」

文学作品の尺八シリーズ:その2
国木田独歩「女難」

この小説は高校生時代に読んだはずですが,尺八のことは全く覚えていません.まあ,その当時はまさか自分が尺八を吹くとは思っていませんでした.当時は「女難」そのものの方に興味があった?

貧しい士族の息子が田舎の老人に尺八を習い,成長のなかで「女難」を積み重ね,盲目となり,後は習い覚えた尺八を演奏して旅をし,「私」=独白者との接点でその前半生を語るというものです.尺八を教えた老人は自己流のため,村の弟子達も「ただむやみと吹くばかり」の尺八.主人公は尺八に「別段に凝り固まり,間がな隙がな,尺八を手にして」,「自然と若い者の中でも私が一番巧いということに」なったのです.

この小説では,琴は出てきませんし,尺八の演奏に他との交流も見られないので,虚無僧系の本曲が演奏されているはずです.主人公の演奏は「吹き出づる一高一低、絶えんとして絶えざる哀調」で,小説末尾で主人公が「私」との別れ際で行った演奏では「自分(=「私」)はほとんどその哀音悲調を聴くに堪えなかった。恋の曲、懐旧の情、流転の哀しみ、うたてやその底に永久(とこしえ)の恨みをこめているではないか。」と言われています.

初出は1903年(明治36年).虚無僧本曲=哀調と見られるのは不本意ですが,この当時も,虚無僧本曲は世の表舞台には居なかったということでしょうか.

出典:青空文庫HP

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