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ピリオド奏法

しばらくクラシック音楽の世界から遠ざかっていましたが,このところ新しい演奏法が大きな潮流になっているのだそうです.それは「ピリオド奏法」という奇妙な訳語で言われています.

現代の楽器を使っているにしてもできるだけ作曲された時代(=period)の奏法で演奏するというものだそうです.詳しくは理解できないのですが,モーツアルトやベートーベンの曲の演奏で目立って顕著なところでは,ビブラートをかけないとか,演奏速度が速いとかです.

演奏は微妙なバランスで成り立っていますので,尺八本曲の演奏でも体験しますが,小さな一か所でも修正すると全体に影響して結局は全体の修正になります.単にビブラートをかけないといっても,その結果で演奏方法が大きく変わり,私にとっては驚くような新しい響きになっていました.

翻って尺八本曲はどうでしょうか.同じ18世紀に起源をもつ曲が多くあります.もともと私は安易にビブラートをかけるべきではないと考えいました.では,演奏速度は? その他の手は?

単に昔の演奏に戻るべきだと言うのは安直だと思います.また,さまざまな経緯でもともとの演奏法はほとんどわからなくなっています.困ったことです.先生から学んだことを素直にコピーするのではなく,よく考えて演奏を作り上げることが必要だと,少なくともそのように感じました.

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コメント

アーノンクールのモーツァルトですね。NHK、私も見ました。
おせっかいではありますが、少し補足させてください。

新しい潮流になっているのは「ピリオド奏法」ではなくて、現代の楽器によるオーケストラが「ピリオド奏法」を受け入れ始めた、ということです。
「ピリオド奏法」とか「ピリオド楽器」という言い方、ほぼ同じことがらを昔は「古楽器」、「オリジナル楽器」とか「古楽器奏法」、「17、18世紀の演奏様式」という言い方をしていました。
ビブラートは17、18世紀も使われていたんです。「趣味の悪いビブラート」を嫌う記述が当時の文献にみられます。ただ、その使い方が、今のフルートや弦楽器、声楽のように、楽器の音質の要素としてほぼ一律のかけ方をするのでなく、強弱や表情、音色の変化を助けるために速さや振幅を変えて適宜用いたり、用いなかったりという役割を担っていたということです。
演奏速度が速いというのは、モデラート(中庸の速さ)よりテンポが遅く指定されているときの話で、モデラート(中庸の速さ)より早いときには、逆に演奏速度は遅くなります。
番組の解説は随分はしょっていたようです。

ユリについては、

   http://www.bmbnt.com/shaku8/bamboo52.htm
  『三節切初心書』を読む-その2-

「なやしとハ タにしていきを二三度吹こむをいふ也 」
とあるのですが、私はこれを信用して『三節切初心書』が書かれた貞享・元禄年間より以前に、すでにユリが使われていたと考えています。また、能の弱吟から同様に結論づけても、それほど間違ってはいないだろうと思っています。

それから最近、押し指、打ち指、アンザッツの当たりなどは装飾では無くて、尺八音楽の基本だと感じています。
理屈を言えば、押し、打ちなどの効果は5孔でないと出せません(補助孔を空けた7孔尺八も含みますが)。6孔や7孔の横笛がありながらあくまで尺八が5孔で通したのは押し、打ちなどの効果が尺八の機能としてはずせなかったからではないかと思うのです。勿論なんでもかんでも当たりを付けるというのではありませんが。

投稿: ペリー | 2006年11月28日 (火) 06時02分

返事が遅れてすみませんでした.1週間かけてやっとそのアーノンクール+ウィーンフィルの演奏を聴き終えました.

私には○○奏法と演奏者の個性とを聞き分ける耳はありませんが,この演奏はとても楽しいものでした.

一つ一つの音は空間に爪痕を残すような強い音でした.また各パートはそれぞれ際立っていて,競い合いながら協調して合奏しているようでした.

そしてそのオケを率いているアーノンクールは,特にジュピターで,いたずら坊主のように見えてきました.

投稿: Yatou | 2006年12月 2日 (土) 22時56分

わざわざお返事ありがとうございます。

ピリオド奏法というのは当然ですが、この装置を通せば当事の演奏が自動的にポンとでてくるようなものではないわけです。
アーノンクールのピリオド奏法はアーノンクール自身が研究し、工夫し開発したものなので、奏法と演奏者の個性に違いは無いと思います。
アーノンクールのモーツァルトはピリオド奏法としても変なところがあったと思うのですが、そこからキラキラとモーツァルトの真実が輝きでてくるのですからまさに、いたずら坊主ですね。
このような規格外の才能を育てるヨーロッパの聴衆の質の高さに嫉妬を覚えます。
アーノンクールは音楽の友社から著書が出ていたと思います。

投稿: ペリー | 2006年12月 7日 (木) 20時46分

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