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林芙美子「泣虫小僧」

文学作品の尺八シリーズ:その4

林芙美子「泣虫小僧」(注1)

初出は1934年(昭和9年)

車庫の2階に住んで,そこで都山流尺八を教えている者が出てきます.みすぼらしい生活をしています.指南所と生活が同じ部屋らしく,布団の積んである部屋に楽譜が無造作に置かれいます.尺八指南だけでは生活ができていないらしく,「時々、酒場の多い街裏を流して歩いてゆくのであろう」と書かれています.近所の飯屋で「朝飯定食八銭」を食べている,という生活.都山流ですら専業の尺八指南ではこういう状態だったのでしょうか.

注1:青空文庫HP

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夢野久作「黒白ストーリー」

文学作品の尺八シリーズ:その3
夢野久作「黒白ストーリー」(注1)

1925(大正14)年の初出.2話から成り,第1話に尺八が出てきます.お琴の名手の美少女と2人の尺八の名手の青年の話です.事件小説の形になっていますのでここではこれ以上は書きません.

この中では尺八の独奏または筝との合奏(地唄?)が描かれ,出てくる曲名は「秘曲中の秘曲『雪』」,「残月」,「鶴の巣籠(すごも)り」,「罌子(けし)の花」です.「鶴・・・」は独奏曲(=本曲?)かもしれません.こうしてみると琴古流が想定されているのでしょうか.

尺八として「秘蔵の名器『玉山(ぎょくざん)』」というものが出てきます.この楽器は「いつも(の尺八と)とまるで違って美しく清らか」な音色とされています.

この「玉山」が盗難にあい,所蔵者から発見者に「金一千円」の報奨金が提案されます.1925年には米10kgが3.11円でした(注2).現在,米10kgは3500円程度なのでこれで換算すると現在の金額で約110万円の報奨金になります.今は100万円近い尺八も市販されていますので,秘蔵の名器への報奨金としては,少々安すぎるようにも思います.それとも現在の尺八が高すぎる? ただ,消費者物価の中での今の米価はかつてより相対的にかなり安くなっていますので,この換算は安すぎるかもしれません.

注1:青空文庫HP
注2:静岡農政事務所HP

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ピリオド奏法

しばらくクラシック音楽の世界から遠ざかっていましたが,このところ新しい演奏法が大きな潮流になっているのだそうです.それは「ピリオド奏法」という奇妙な訳語で言われています.

現代の楽器を使っているにしてもできるだけ作曲された時代(=period)の奏法で演奏するというものだそうです.詳しくは理解できないのですが,モーツアルトやベートーベンの曲の演奏で目立って顕著なところでは,ビブラートをかけないとか,演奏速度が速いとかです.

演奏は微妙なバランスで成り立っていますので,尺八本曲の演奏でも体験しますが,小さな一か所でも修正すると全体に影響して結局は全体の修正になります.単にビブラートをかけないといっても,その結果で演奏方法が大きく変わり,私にとっては驚くような新しい響きになっていました.

翻って尺八本曲はどうでしょうか.同じ18世紀に起源をもつ曲が多くあります.もともと私は安易にビブラートをかけるべきではないと考えいました.では,演奏速度は? その他の手は?

単に昔の演奏に戻るべきだと言うのは安直だと思います.また,さまざまな経緯でもともとの演奏法はほとんどわからなくなっています.困ったことです.先生から学んだことを素直にコピーするのではなく,よく考えて演奏を作り上げることが必要だと,少なくともそのように感じました.

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国木田独歩「女難」

文学作品の尺八シリーズ:その2
国木田独歩「女難」

この小説は高校生時代に読んだはずですが,尺八のことは全く覚えていません.まあ,その当時はまさか自分が尺八を吹くとは思っていませんでした.当時は「女難」そのものの方に興味があった?

貧しい士族の息子が田舎の老人に尺八を習い,成長のなかで「女難」を積み重ね,盲目となり,後は習い覚えた尺八を演奏して旅をし,「私」=独白者との接点でその前半生を語るというものです.尺八を教えた老人は自己流のため,村の弟子達も「ただむやみと吹くばかり」の尺八.主人公は尺八に「別段に凝り固まり,間がな隙がな,尺八を手にして」,「自然と若い者の中でも私が一番巧いということに」なったのです.

この小説では,琴は出てきませんし,尺八の演奏に他との交流も見られないので,虚無僧系の本曲が演奏されているはずです.主人公の演奏は「吹き出づる一高一低、絶えんとして絶えざる哀調」で,小説末尾で主人公が「私」との別れ際で行った演奏では「自分(=「私」)はほとんどその哀音悲調を聴くに堪えなかった。恋の曲、懐旧の情、流転の哀しみ、うたてやその底に永久(とこしえ)の恨みをこめているではないか。」と言われています.

初出は1903年(明治36年).虚無僧本曲=哀調と見られるのは不本意ですが,この当時も,虚無僧本曲は世の表舞台には居なかったということでしょうか.

出典:青空文庫HP

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島崎藤村「朝飯」

島崎藤村の1906年(明治39年)の短編に「朝飯」というものがあります(注1).これは,路銀を使い果たした旅人が「私」に助力を求めたことに対して,この旅人が尺八の心得があることを知り,尺八の芸で生活費を得るように言い尺八を買う金を与えたところ,その男は朝食に使ってしまった,というものです.この中で「粗末な竹でもいい,一本手に入れて」と言って10銭を渡しています.さて,1906年(明治39年)には米10kgが98銭です(注2).10銭で約1kgの米が買える計算になります.粗末な尺八なら米1kgで買えたということでしょうか.今,米(標準価格米)10kgは3500円前後ですので,標準的な新品の尺八を買うには約430kgの米が必要になります.なお,この短編の場は長野市近郊の測候所で,旅人は越後から来たということです.この旅人は尺八を新潟地方で習ったとも思えますが,時代的には新潟市で斎川梅翁氏が「越後明暗寺の虚無僧」から曲を習ったのと大体同じ頃になります.

注1:青空文庫HP
注2:静岡農政事務所HP

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正倉院尺八

今,奈良国立博物館で第55回正倉院展が開かれています.

今年は南倉に保管されている「牙尺八(げのしゃくはち)」が展示されています.長さ35.2cmの象牙製の尺八です.「牙(げの)横笛」と一対で保管されていたと考えられているそうです.正倉院の尺八については上野堅実(2002)「尺八の歴史」に詳しく考察されています.上野氏は正倉院の尺八は「実用的というよりは象徴的な意味が強い宝物」としています.今年の展示には,また,「国宝珍宝帳」も展示されていて,ここには正倉院が保管する8本の尺八のうち5本が記載されています.

以上,奈良特派員からの報告でした(私は残念ながら行っていないのです)

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根笹派

右腕の回復が遅く,今日は折角の休日なのに3曲ほど演奏しただけで練習は終了.

さて, 根笹派の曲は,調(+下り葉)が乙ロ,三谷清らんが乙ツで始まる以外の曲はすべてハで始まり,またそのうち虚空以外はハローになります.とても良く似た始まりなのですが,その後の音の動きは,ゆっくりと上がっていくもの(松風),甲ロ前後を周るもの(獅子,通り),チまで下がるもの(流し鈴慕)があり,虚空ではハからロを越えて甲レまで飛び上がります.曲の最初の音は良く似ていてもその後の音が少しずつ違っていて,その2,3の音の違いが曲全体の性格の違いを的確に表しているように感じます.そして,最初の音が他の曲と異なる調(+下り葉)と三谷清らんは他の曲とは大きく性格が異なります.根笹派の曲は高度な構成力を持った人(たち?)の作品群だと感じています.

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