三宅酒壺洞(1983) 「虚無僧寺一朝軒資料」

以下の本を入手しました.

三宅酒壺洞(安太郎)「虚無僧寺一朝軒資料」
1983年4月15日 磯譲山・文献出版
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この本の成り立ちは「まえがき」「序にかえて」「あとがき」に詳述されています.一朝軒史に関する章は福岡の郷土史家三宅酒壺洞氏が著述しました.資料編は博多市の西光寺(磯譲山住職)に所蔵されている一朝軒資料を読み下し校訂したもので,金丸弘子氏(福岡市民図書館)と田坂大藏氏(福岡市美術館)が担当し,筑紫豊氏が監修しました.

一朝軒史では,普化宗・虚無僧寺の由来に関する伝統的な伝承の記述に続き,一朝軒の由来・歴史,組織,活動が詳細に記述されています.江戸時代末期の一朝軒の状況を具体的に推測できます.ただこの詳しい記述の出典が明記されていないことが惜しいところです.

資料編をみると,ひとつの虚無僧寺に関するこれだけ多くの資料がまとまって残っていることに驚きました.このような資料が解読・校訂されたことにより,各資料の評価が行われていくものと期待します.


まえがき        一朝軒第二十一世 磯譲山
序にかえて       筑紫豊
博多の虚無僧寺一朝軒
一朝軒資料目録
資料編
虚鐸傳記國字解
あとがき        田坂大藏

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井關外雅(1920)「外雅流尺八樂解説 完(樂典)」

国立国会図書館で公開されています.

(著作権法第67条第1項により文化庁長官裁定を受けて公開)
井關外雅「外雅流尺八樂解説 完(樂典)」
1920年(大正9年)12月20日 阪根樂器店・十字屋樂器店
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ロツレチ式の記譜を用いた楽譜を用いた,尺八演奏法の詳細な解説書です.

第一章 総論」の「音の強弱」の項に「世間の人は間々此の高低と強弱とを混同して居る樣であります」として,例えば「此の三味線は良く鳴る・・・音が高い」,「も少し高い聲で歌ひなさい」の表現を挙げていますが,これらは音の理解の問題ではなく日本語表現の問題かと思います.それはそれで味わいのある日本語表現のように感じます.

第貮章 尺八の沿革
支那の唐時代に於て既に用ひられた樣である」,「尺八はかくの如く大昔からあつて常に禁中にて催さるゝ樂に用ひられ居る,又武人とか僧侶などに用ひられ讀經に用ひた事もある」としていて,尺八に関する伝説を採用するとともに,いわゆる雅楽尺八との混同があるようです.また「虚無僧とは禪宗であつて其の本寺は洛東妙安寺である」と記述してます.寺名が明暗寺でないのは,誤解か,誤記か,またはそのような呼称がこの時代まであったのか不明です.本書の発行は京都と大阪ですので,誤解・誤記とは思えません.

第參章 尺八の構造
本書では「二尺一寸を基準とします」とのこと.また「空筒内部面には朱漆が塗つてあつて平滑にしてあります」と記述してありますが,この記述だけでは地塗り管かどうかは不明です.管の穿孔については「全管長を十九等分し・・四の孔は下端より全管長の十九分の十の處にあります,一の孔あ十九分の四,二の孔は十九分の六,三の孔は十九分の八の處にあります,五の裏孔は下端より十九分の十一の處にあります,但し管の工合により音律を調べつゝ穴の位置を少しは調節しなければなりません」として,音律を意識した穿孔の説明をしています.
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第六章 音階、音階名(階名)
甲乙(カンオツ)」の節に「尺八を取つて弱くフーと吹いて御覧んなさい,そうすると朗かなおんもりとした音が出るでせう,此の音は乙の音です」.「今度は・・・息を強く力をいれて吹き込む時は・・・今度はこんな高い音が出たのです,・・・之が甲であります」として,息の強弱で甲乙の吹き分けを説明してます.

第七章 沈り,浮り,半月
沈りの方法」の節に,「之れは顎を下へ引きて顎と共に尺八の歌口を下げるのである,そうすると音が半音低くなるのである」と説明してます.そして,沈りにより各音が「半音低くな」ると書かれています.
浮りの方法」の節には,これと逆に「顎を突出して音を半音高くする事を云うのです」と説明してます.
半月の方法」の節には「半月とは孔を半月形に開けることである,ツの音[壹越]にて一の孔を半月形に開けば神仙の音[=半音ではなく1音下る]となり,レの音[平調]を二の孔にて半月にせば斷金の音[=半音下る]となり,チの音[下無]を三の孔にて半月にせば勝絶[=半音下る]となり,ハの音[黄鐘]の音を四の孔にて半月にせば双調[=半音ではなく1音下る]となります」としています.そして「ツとハの半月と,ツの沈りの直前にあるレの半月とは沈らなければなりません,乃ち沈りで半音と半月で半音と都合一音低くするのであります」とし,一音下げる場合の方法が書かれています.

第八章 音階表
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第十一章 尺八の管長と音律との關係
當流は只獨り二尺壹寸の尺八を基本とし之を基準管器と稱するのである」とし,音名・音階名対照表をみると,尺八の音階と音名については,特にロとツの関係およびチとハの関係を見ても,現在の尺八と同じになっています.
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第十四章 協和音
完全協和音と不完全協和音について,簡単ではありますが,言及されています.

第二十章 替笛(一名換管)
三弦又は琴の調子が數回變る時は替笛をする必要がある事があります」と説明されています.

第廿四章 結論
本書では「當流尺八に關する大要を述べた」としていて,「初學者は別に余の著したる尺八獨習録によりて實地的に遂次練習の歩を進めつゝ其の餘分に本書によりて尚詳細なる知識を得て之を助けつゝ益々深造自得せられんことを望む」と述べています.

巻末の広告に楽譜リストがあり,長唄約54冊,常磐津3冊,清元14冊,俗曲22冊,秘曲・本曲5冊,義太夫24冊,洋曲2冊,筝曲13冊という多数が掲載されてます.「秘曲・本曲」は胡弓の曲を移したものかと思います.


目次
第壹章  総論
第貮章  尺八の沿革
第參章  尺八の構造
第四章  音名(律名)
第五章  雅樂の音名
第六章  音階,音階名(階名)
第七章  沈り(め),浮(か)り,半月
第八章  音階表
第九章  特殊音階表
第十章  甲乙規定 及び連音運指
第十一章 尺八の管長と音律との關係
第十二章 尺八三絃調律表
第十三章 尺八 琴 洋樂器 調律對照表
第十四章 協和音
第十五章 拍子
第十六章 音符
第十七章 休止符
第十八章 音符及休止符圖解
第十九章 諸記號
第二十章 替笛(一名換管)
第廿一章 ナヤシの法 及掛け合ひ
第廿二章 讀譜
第廿三章 君が代讀譜圖解
第廿四章 結論


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鈴木霞山(1917)「西園流改訂音譜 尺八独習案内  第二編」

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(著作権法第67条第1項により文化庁長官裁定を受けて公開)

鈴木霞山「西園流改訂音譜 尺八独習案内  第二編」
1917年(大正6年)2月28日第4版 かすみ會

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西園流の尺八曲譜です.記譜はロツレチ式です.ただ曲譜を見ると,文字が独特で,慣れないと読めません.

印刷者兼発行者は名古屋市在住ですが,本書の発売は米国サンフランシスコ市の「かすみ會」です.本書にはサンフランシスコ市の日本人経営の商店・歯科医の広告が掲載されています.本書には近刊として筝曲・地唄23曲の音譜の広告も掲載されていますので,当時のサンフランシスコ市でも相当数の尺八愛好家がいたのでしょうか.


緒言
1914年(大正3年)に「尺八獨習案内 第一編」を出版した後,これを改訂増補した本書「第二編」を発行したとのこと.そして,「本書公刊の趣旨とする所は専ら當流尺八の普及を目的」として,そのために「音符記號を従來の音譜に比して各段の完全を保(ほ)し随て最も綿密に而も解し易く所謂(ゆえん)理想的好伴侶たらしむ」としています.一方,「本書中掲載の俗曲端唄等は稍(やや)其本領とせざる懸念なきにしも非(あらざ)れ共要は同好初學者は導くの一助として補ひたる物」と注意しています.

尺八の流派
早川衣水の序文.棚瀬栗堂の注記によると衆議院議員早川龍介(衣水)は兼友西園および内田紫山に師事し,序文としてこの節を執筆したのだそうです.これによると,「兼友西園翁が生前の時代に措てはまだ流派なる唱(となへ)はなかった」,「然れ共西園翁が尺八の音聲に於て五十餘年間苦心したるは(ウ)の音(おん)と(チ)の音(おん)なり」,「尺八は(中略)。今時に於て強(しゐ)て流派を唱ふるものとせば西園流なるものは慥(たしか)に一種の流として特色あるものである。其特色は翁が尤も苦心せられし(ウ)音(おん)なり。」,「西園翁が手付をせられし曲の譜に顕れし譜字に(ウ)音(おん)の多きを以て然り。」と,西園流での「ウ」音の重要性を述べていますが,これは実際に同流でて付されている曲の旋律を解析してみないと判断できません.

尺八に就て
尺八について「這(こ)は寧ろ後節[日本固有の物との説明]に據(よ)らん」としています.「中古専ら虚無僧と云へる行脚僧の市井を徘徊して吹奏なし・・[中略]・・現今は専ら箏,三味線等と合奏するを以て主眼となすの状態にあり」と,本書発刊当時の状況を記しています.

尺八と寸法の事
普通は一尺八寸を用いるものの「吹奏曲譜の場合又は流派の相違により」一尺七寸から二尺二寸等が用いられるとしてます.また「箏,三味線等と合奏に適用せらるるは」一尺八寸または一尺九寸とのことです.

甲音乙音の事
甲音は「一段息を強く吹く」,乙音は「一段息を緩めて吹く」と説明しています.

沈(メリ)浮(カリ)の事
「沈」は「其音符に當る指頭を半月形に下部に半開すると同時に顎を少しく内側へ引いて吹く」として,メリは吹込みと孔の半開の両方の調節によるとの説明です.また「沈」は「通常大メリ,中メリの二種となす」としています.「浮」は「普通音にて吹奏するより一段顎を前方へ押し出して吹く」としています.


緒言
尺八の流派 早川衣水
  
[注記] 浪越 棚瀬栗堂
  尺八に就て
尺八と寸法の事
尺八吹奏法の事
尺八音符の名稱
甲音乙音の事
沈(メリ)浮(カリ)の事
間拍子記號の事
休止符の事
複音譜と運指法の事
雑種記號の事
尺八と三味線の調子合法
尺八と筝の調子合法
西園流改訂増補尺八獨習案内(第二編) 鈴木霞山編
  本曲竹しらべ
  
[俗曲・端唄等 26曲]
  (地唄の部)鶴の聲,黒髪,雪,六段,千鳥の曲

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尺八研究会(1917)「速成自在 尺八新式獨習録」

国立国会図書館で公開されています.

著作権保護期間満了
尺八研究会「速成自在 尺八新式獨習録」
1917年(大正6年)11月2日 尺八研究會
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本書は尺八の初心者向けの講義録の形をとっていて,それまでの他書に見られないような詳しい説明が書かれています.

尺八の故事來歴
由來」:尺八の起源・伝来については通説に従った説明がされますが,虚無僧については「所謂虚無僧(きよむそう)(是についても諸説がある)と呼ぶのは是が爲めに明治に入つてから物貰(ものもらい)の徒が尺八を利用して俗耳に入(い)り易い歌曲を吹奏しながら門づけして體(てい)よく一文(もん)の合力をせがむ樣になつた位である。」と記述しています.また国内の尺八については,「尺八は古く志那から傳來し一方には法器として僧侶(そうろ)間に傳へられ一方には樂器として中流以上の士人に好愛されて,今日に至つたものである.何故法器として用ひらるゝに至つたかは明瞭でないけれども,或(あるひ)は何(い)づれ其始めは,比較的学問があつて俗事に追はれない僧侶(そうりよ)によつて創始されて,其爲めに法器として使用せられたのであるか,或(あるひ)は往昔(むかし)日本から志那へ渡つた者の多くは僧侶(そうりよ)であつた爲に,本來普通の樂器であつた尺八も,其等(これら)の手によつて傳へられ同時に利巧[1字欠:「な」?]僧侶の事であるから,彼等のために布教の方便として利用されたものであらふ」と記述しています.
異筝及び種類」:洞簫について,「古來洞簫と稱するものとは同物であるか,將(ま)た別物であるかは頗る曖昧である」として尺八との区別を判断していません.また当時の尺八の長さについては「一般に關東主に東京を中心としては長さ一尺八寸(一と口に八寸とも呼ぶ)のを用ひ,關西並びに,九州地方(特に熊本は昔から盛な所であるでは長さ一尺九寸とも呼ぶ)のが愛用されている・・[中略]・・此他二尺[字欠?:「,」]一尺七寸なども用ひられておるが尺八は長くなる程其音調は優雅であり太くなるほど豪壮の咸(かん)がする」と説明しています.尺八の音程については「一越(えつ)ある,名稱の調子は一尺八寸の尺八の全孔を塞ぎたる時の音則ち筒音(かんおん)に相當する」,「然し是は厳正なる意味のものではなく實際に於ては上無[「一越」のひとつ(約半音)下の音]の調子は一尺九寸(くすん)強,斷金[「一越」のひとつ(約半音)上の音]の調子は一尺七寸弱でなければならぬ」と記述しています.

尺八の流儀
当時の尺八の流派の状況について「現時勢力のあるものは明暗流,琴古流,都山(とやま)流の三流であらふ」とし,この他の流派について「此他獨創の見地に立つて天狗の鼻を握つた樣に尺八の尻を突出し,滿腔の熱情を縷々として吹流(すいりう)す,我流は枚擧に暇めらずといふ程である」としています.

尺八の造り方
ここでの説明の中で,当時の尺八を知る上で参考になる記述を列挙します.
尺八の事を唯「竹(たけ)」と呼ぶ習慣もある。」:尺八を「竹」と呼ぶ習慣は思ったより古くからあるようです.
「[尺八の]竹の太さは管の上部に於て周囲大凡(おおよそ)四寸乃至三寸,從つて管の内腔は直徑凡そ八分乃至六分」:これによると推奨されている内径は1.8から2.4cmで,概ね現在のものと同等だろうと思います.ただし,かなりの広い範囲のものがあったようです.節の数については,見栄えの観点から述べられています.
孔の位置については,「[孔の位置]を定めるには種々の標準がある.就中解(わか)り易い一般に用らるゝ方法は竹全體の長さを,十九等分し,下方からその四巾目(はゞめ)と五巾目との境を「一の孔」の中心とし,是より順に一巾宛(づゝ)上方に測(はか)りて各部の境目を孔の中心として「四の孔」迄を定め,「四の孔」より十九等分の一に相當するを巾を更に情報に測り,其末端の正裏に相當する點を「五の孔」の中心とするのである,けれども實際に於て裏孔は是より稍々上り,「三の孔」は稍々下り目に穿(ほ)つた方がよい樣である,また三の孔を他の孔よりも心持ち小さく穿(ほ)る法もあるが一般に孔の大きさは同じく大凡直徑三分乃至三分五厘位である,孔は初めより完全に拵(こしら)え上げず心持小さい穴を穿り置き,音律を吟味しつゝ仕上げるがよい」として,音律に合わせた孔の位置と大きさの調整にまで言及があります.
このほか,「近來携帯上の便を謀つて「三の孔」と「四の孔」との中間で裁断(おりた)つて二本とし吹奏に當つて接ぐ樣にしたものが多い」「樂器店に販賣してゐる者は長さ壹尺八寸■[ならび]に壹尺九寸のものが多く」との記述もあります.

尺八曲の種類
次のような記述で始まり,当時の流行が判ります.「一般に門外漢は尺八と云へば直ぐに巣籠か追分節を聯想するのが常である・・・[中略]・・・然るに古來巣籠は本曲中の異彩あるものとせられ,追分節は外曲中の妙曲として人口に膾炙せられてゐたからである。」.これに続き以下の説明が続きます.「外曲中で最も尺八に適するものは筝(しよう)と俗曲の一部とである,・・・[中略]・・・而して一般に現時尺八の吹奏に本曲を吹くものは稀で多くは筝(しよう)曲を奏しているのである。俗曲の一部は筝(しよう)曲よりも尺八に適し他の端唄類も筝(しよう)曲同樣にてきするのであるけれども,俗曲は凡て趣味の低級なるものとして取扱はれてゐる傾向がある,是は現時尺八は一般に家庭に入込(いりこ)むだ結果であらう,長唄その他ものは尺八にはむしろ適當しない,其は尺八の音色そのものが是等の曲の性質と一致しないからである。・・・[中略]・・・端唄物では三弦に上(のぼ)せがたい抑揚のあるも例令(たとへ)ば追分節其他棹(さお)歌の類は,尺八の長所を發輝するには特に妙味がある。

如何にせば美音を發するか
ここには「尺八は俗に首振り三年と云ひまして唇の變化により音(おん)を種々に變化せしむる事が出來ますから,尺八の方は正確に出來てをつても唇を適當にあてゝ吹かぬと正確なる調律がでませぬ。・・・[中略]・・・本會専賣の尺八調子笛を以て其眞の調律を研究しますと首振り三年は僅々三ヶ月成功します。」として,「首振り三年」を音程の問題としてます.

各國音譜對照表
この対照表をみると,ツメは中メリを意図していると思われます.本書の後半の「尺八音譜集」に掲載されている「君が代」の譜でもツメは中メリで,ツの半音下になっています.
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十二律圖解 七音
この指使いの表と説明文には孔の半開の指示がありません.
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七音圖解
ここには「尺八は唇の加減及熟練と息の強弱によりて無數の音(おん)を發す」と書かれていて,孔の全開閉以外の音程の調整は吹込みの調節で行うように書かれているようです.図中では,ウがレの全音上,チがウの半音上,リがチの全音上と示されています.この説明が正確であれば,チが現代の尺八より半音高いことになります.
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音譜の説明
この指使いの表には前掲の「十二律圖解」の表および「七音圖解」の説明と異なり,メリは孔の半開で説明され,吹込みの角度(「唇の加減及熟練と息の強弱」)の調節の説明がありません.
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拍子
この節に,「日本在來の諸音曲中比較的完全に近い實用的音譜を有して居(を)るものは獨り尺八のみであつて」と書かれています.当時の尺八譜が「完全」とは思いませんが,当時の尺八譜が最も新しく改良されていたことは事実だろうと思います.


本書の内容

尺八の故事來歴
 由來
 異筝及び種類
尺八の流儀
 流儀
尺八の造り方
 製管法
尺八の吹奏法
 吹奏法
尺八曲の種類
 吹奏さるゝ曲の種類
第四 初歩者は如何なる尺八を求むべきか
如何にせば美音を發するか
尺八譜讀みの練習法
説明付姿製圖
 (正則なる尺八の持ち方)
 (持ち方要件)
尺八の消毒法
各國音譜對照表
十二律圖解 七音
七音圖説(普通音階)
 三味線調子合方
 音階の練習 四拍子
音譜の説明
拍子及び記號
複音(搖
[ゆす]りの事)
拍子
音符間拍子
合奏之心得
尺八音譜集 
[31曲]

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佐々木幹郎(2014)「東北を聴く」及びCD:「高橋竹山の世界」(2014)

佐々木幹郎「東北を聴くー民謡の原点を訪ねて」
2014年2月20日 岩波新書
ISBN 978-4-00-431473-8


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別の本を探していて,偶然にこの本を見つけました.

詩人である著者が二代目高橋竹山と共に,震災半年後から「被災者たちが住む仮設住宅の集会所や地区の公民館で,津軽三味線の演奏と民謡,そして詩の朗読と津軽三味線伴奏のライブ」を行い,また初代竹山の足跡を辿った旅の記録です.被災地の住民が困難な状況の中で,これまでの東北の過酷な生活の時代と同様に,民謡という芸能が生活の中で力を持っていたこと,持っていることが描かれています.

初代竹山の足跡を辿るうちに初代竹山についていろいろな証言が得られました.「かすかに一点だけ光が見えたらしい.それをたよりに三陸海岸から北海道まで,一人で門付け芸を続けた.「ボサマ」(盲目の三味線弾き)と呼ばれた,「ホイド」(乞食)稼業である」.初代竹山は回想録の中で次のように回想しています.「われわれの歩いた当時は,三味線は唄の付き物であって,三味線の独奏なんてものは,やるもんでなかった.どだい,やったって,聴くもんでねえんだ」.その後,「津軽三味線の独奏曲を編み出した.・・・悲しみが力となるような,メロディアスな津軽の音楽」.これにより,「食べるものを乞い,寝る場所を確保するために,三味線を聴きたくもないと思っている人の前で門付け芸をする世界から,三味線音楽を聴きたいという人々の前で演奏すること」になったのだそうです.


偶然ですが,今年(2018年)の3月に,二代目竹山のコンサートに行きました.久しぶりに聴いた津軽三味線でした.艶やかに強く響く津軽三味線でした.現在の私は音を聴くという姿勢を保つのが精一杯でした.その会場でこのCDを購入しました.


高橋竹山「高橋竹山の世界」
CTCT-2014 R-1420908 高橋竹山
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高橋竹山の世界

新じょんから変奏曲
津軽あいや節
津軽じょんから節ー旧節ー
三味線よされ
津軽山唄
弥三郎節
中じょんから節
紅がすり抄
鯵ヶ沢甚句
三味線じょんから
十三の砂山
ロンガ・シャーナーズ

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